■第19話 “死を賭すワケは。”

第19話-01 灰色の魔女



 第2ベンズバレン――焼け付くような活気で満ちあふれていたあの街が、今、恐怖の坩堝るつぼと化している。

 かつて人混みでごった返していた大通りを、骸骨スケルトンの軍勢が洪水の如く蹂躙する。見渡す限り立ち並ぶ三角屋根の上空を、骨飛竜ボーンヴルムが我が物顔に旋回する。魔族の術士に操られた鬼兵の群れが大聖堂の門を打ち破り、中で震えていた避難民たちを無残な肉片へと変えていく……

 昨夜ついに総攻撃を開始した魔王軍は、またたく間に城門を突破して都市内部に侵入した。王国全土から掻き集められた2万の抵抗軍レジスタンスは必死の抵抗を試みたが、圧倒的な戦力差はいかんともしがたい。大通りが、広場が、港が、街の要所が次々に敵の手に落ちていく。逃げ遅れた住人が刺され、千切られ、腸を食い荒らされて、その惨状を目にした人々が恐慌に陥りさらなる混乱を引き起こす。

 5ヶ月前に王都を襲った恐怖の渦が、ついにこの街をも飲みこんだのである。

 その街の一角。左右を煉瓦造りの住宅に挟まれた路地を、必死の形相で逃走する3人の女たちがいた。いずれも髪を千々に振り乱し、埃にまみれた衣服をはだけさせ、裸足の裏から石畳に点々と血の跡をつけながら、痛みも苦しみも忘れて走っている。顔面を恐怖に歪め、ひきつるような悲鳴を断続的に漏らし、心臓を破裂せんばかりに高鳴らせながら、それでも足を止めることができない。

 象獅子ベヒモスが、狭い路地に巨体を無理矢理ねじ込んで、左右の壁をぶち破りながら執拗に追ってきているのだ。

「はっはァー! もう一発っ」

「ずるいぞ、俺の番だろうが! 替われっ」

 象獅子ベヒモスの背にまたがった3人の魔族がやんやと騒ぎ立てる。うちのひとりが仲間を押し退け、片目をつぶって狙いを定め、《火の矢》を撃ち出した。矢はわずかに的をはずれ、女の足元へ突き刺さる。女が恐怖に絶叫する。足を速める。魔族が手を叩いて爆笑する。射手は顔を赤くして弁明した。

「いや、今のは練習。ノーカン! な?」

「1回交代だよ、当てたやつが総取りなんだから」

「なんだよ! じゃあ1巡したからジャンケンな」

「しょうがねえな……はい、じっけった! あーらった! たっ……」

 遊んでいるのだ。玩具にしているのだ。逃げる女たち3人を誰がかを、賭けの種にしてふざけているのだ。しかし魔族どもに問えば、何が悪いと開き直ることだろう。第2ベンズバレン攻略作戦に従事する彼らは略奪勝手を言い渡されている。すなわち、財産を見れば奪ってよい。男を見れば奴隷にしてよい。女を見れば犯してよい。生かすも殺すも意のままだ。これは魔王から認められた正当な権利であり、給与報酬の一部なのである。

 だが奪われる側はたまったものではない。息せき切って逃げ走る女たちの前に、不意に明るく視界が開けた。大通りに飛び出たのだ。ここまで来れば抵抗軍レジスタンスが陣をはっているはずだったのだ。

 だが彼女らがそこで出会ったものは、通りを埋め尽くさんばかりの死霊アンデッドと鬼兵どもだった。大通りに陣取っていた抵抗軍レジスタンスは、とうに潰走した後だったのである。

 脇道から突然飛び出てきた3人の女たちを、鬼兵どもが血に飢えた目で一斉に捉える。女たちはその眼光にすくみ上がり、希望の光を完全に見失って、抱き合うようにへたり込んだ。その後ろから象獅子ベヒモスがひょっこりと顔を出す。

「あ。大通りに出ちゃった」

「貴様ら! 何を遊んでおるかッ!」

 魔族たちを叱り飛ばしたのは、この方面を任されている魔族の部隊長である。部隊長は居並ぶ鬼兵を掻き分け、隙間から身をひねり出して部下たちを睨み上げる。だがその怒りの形相に、象獅子ベヒモスの上の魔族たちはへらへらと浮ついた笑いを返すのみ。

「しかしですねえ隊長どの、これは魔王様から認められた正当な……」

「後にせい! こちらへ迫ってきているのだ」

「何がです?」

「“灰色の”……」

 と、忌々しげに口にしかけた、その時。

 天空から降り注いだ《光の雨》が、部隊長と周囲の鬼兵十数匹の頭蓋を撃ち抜いた。

 たちまち巻き起こる轟音。怒号。戦慄の雄叫び。一撃必殺の高等攻撃魔術《光の矢》、それを数十本単位でまとめて叩き込む超高等術式《光の雨》。防ぐ間も逃げる間もありはしない。竜の咆哮を思わせる炸裂音と共に、閃光が心臓を、脳を、さもなくば脚を焼き貫き、軍勢を玩具の兵隊でも蹴散らすかのように薙ぎ倒していく。

「なんなんだァ!?」

「奴だ! 魔女だ!」

「逃げろ!! “灰色の魔女”――」

 頭上、ぶ厚い暗雲の隙間からのぞく太陽の中に、死神の大鎌がきらめく。

「――カジュ・ジブリールだあッ!!」

 !!

 鈍い音を立て、カジュは象獅子ベヒモスの脇を飛び抜けた。その直後、一軒家ほどもある象獅子ベヒモスの胴が横一文字に両断された。

 カジュが手にした身の丈に数倍する長杖、その先端から三日月を思わせる光の刃が伸びている。《死神の鎌》――かつて企業コープスの尖兵として戦わされていた頃、幾多の罪なき人々を地獄へ落としてきた、呪わしい近接攻撃魔術。その威力のほどはこのとおり。

 死の大鎌を担いつつ《風の翼》で稲妻の如く飛び回り、灰に汚れたローブの下で不気味に眼光ぎらつかせるその姿は、まさしく“灰色の魔女”。

 魔族たちは半狂乱となり、空中のカジュへ目掛けてありったけの術を打ち上げた。大通りのいたるところから連打される《火の矢》、《火の矢》、《火の矢》。さらには上空で旋回していた骨飛竜ボーンヴルムが3匹ばかり、カジュを狙って急降下してくる。驟雨しゅううの如き猛攻を、カジュは網の目を縫うように潜り抜けながら魔族へ《光の矢》で撃ち返し、骨飛竜ボーンヴルムに鎌を振るう。倒れる魔族。墜落する竜。次々巻き起こる爆発と死が、魔王軍に恐怖を伝播させていく。

「畜生、止まれェ!」

 と、魔族が声を裏返して絶叫した。見れば人間の女性――象獅子ベヒモスに追われていた3人のうちの1人が、魔族に羽交い締めにされている。魔族は指先に《火の矢》の魔法陣を光らせ、人質のこめかみに乱暴に押し当てる。

「動けばこいつの命は……」

 要求の言葉はそこで止まった。

 一切の躊躇なくカジュが放った《光の矢》が、魔族の心臓を撃ち抜いたのだ。

 のけぞり倒れる魔族。だがそのとき、絶命した魔族の指から術式が発動し、《火の矢》が人質の頭を撃ち抜いた。頭蓋を破られ、脳を焼き潰された女性は、魔族ともつれあった倒れ付す。残る2人の女性が死体にすり寄り泣き叫ぶ。

「エミリア! エミリアァー!」

「人殺し! 魔女め! どうして見殺しに!」

 非難に耳を貸している暇はない。その間も敵の軍勢からカジュに集中砲火が浴びせられているのだ。カジュは戦い続ける。避け、弾き、撃ち、潰す。ゼンマイ仕掛けの機械人形のように淡々と魔族を殺す。骸骨スケルトンを粉砕する。骨飛竜ボーンヴルムを斬り捨てる。カジュの乾いた唇が微かに震え、不可解な呟き声を漏らしたことに気付くものはない。

「……四百七。」

 と。

「うーっ!!」

 突如、頭上から飛び込む甲高い雄叫び。恐るべき殺気に背筋を凍らせながら、カジュは目を引き剝いてその場を飛び退く。

 聖堂の屋根から襲い来たのは細身の鬼女。その手には竜骨から削りだした長大な棍棒が握られている。棍の先端から乱杭歯のように突き出た棘を、鬼女は飛び降りざまにカジュの脳天目掛けて振り下ろした。

 間一髪。すんでのところで身をかわしたカジュは、空中を後退しながら《光の矢》を撃ち返した。鬼女はこれを竜骨棍で弾き飛ばし、そのまま四つ足で身軽に着地。

 カジュが追い打ちをかけんとしたその時、さらに別方向からもうひとりの敵が出現した。カジュの背後の建物を粉砕し、石壁を下生えの草のように蹴散らしながら、大通りへと踏みでてくる巨大な影は、屋根をも越える背丈の骸骨巨人ボーン・ジャイアント

『ごら!!』

 天地を揺るがす大音声と共に、巨人が剣を、いや、あまりの大きさのために鉄柱としか思えぬものを、容赦なくカジュ目掛けて振り下ろした。カジュは《風の翼》をひるがえして全速回避。どうにか巨大剣の下をくぐり抜けるが、そこへ鬼女の竜骨棍が襲いかかる。

「チッ。」

 回避は無理。迎撃している暇もない。カジュは舌打ちと同時に《光の盾》を発動、かろうじて竜骨棍を弾き返し、そのまま敵に背を向け距離をとった。完全に間合いの外まで後退してから屋根の上に着地。大通りに並ぶ2人の強敵を一瞥いちべつし、めんどくさそうに目を細める。

「うっう――――っ!!」

 鬼女が天高く吼え声を響かせるや、その号令に応えて、そこらじゅうの路地から、建物から、屋根の上から、おびただしい数の鬼兵どもが姿を現した。知恵もなく、社会性もなく、ただ我執と暴力のみに生きるはずの鬼が、まがりなりにも軍隊の形を保っているのはなぜか? あの鬼女が統率しているからだ。“誰よりも強い”、ただその一事のみによって。

 魔鬼兵隊筆頭――魔王軍四天王、契木ちぎりぎのナギ。

 魔王の紋章入りの目隠し布を巻いた顔。ひとならざる血筋を物語る、左右一対の小さな角。かつてヴィッシュや緋女が狩り逃した盲目の鬼娘が、どういう巡り合わせで今の立場にのし上がったのか、カジュは知りもしないし興味もない。重要なのは、この5ヶ月で4度に渡って衝突しながら、一度も決着をつけられなかったという事実。厄介な相手だ。数万の雑魚を相手にするより、奴ひとりのほうがよっぽど怖い。

 そしてもう一方はなおさら性質たちが悪い。

『ごれ……? ごわ……ごな……』

 首をかしげてしきりに唸り続けている骸骨巨人ボーン・ジャイアント。彼の剛力はカジュも我が身で味わった。あの豪腕で振るう鉄柱剣の一撃は、《光の盾》の5枚重ねでも受けきれるかどうか。奴にかかれば城壁などはあってないようなもの。万の軍勢とてたちまち踏み潰されてしまう。

 緋女に倒された巨人戦士ゴルゴロドン……その死骸の成れの果て。死術士ネクロマンサーミュート配下の死霊アンデッドの中でも、文句なしに最強の1体である。

 ――さて、どうするかな。

 油断なく敵に目を配りながら、カジュは小考した。四天王クラス2人に加えてあれだけの数の鬼兵を相手取るのはさすがに辛い。全力を出せば勝てないことはないかもしれないが、巻き添えで街を荒野に変えては防衛戦の意味がない。といって手を抜いていられる相手でもない……

 ちょうどそこへ、味方からの《遠話》が届いた。

〔カジュさん! 第2ベンズバレンは現時点を以て放棄。全軍撤退します。そちらも!〕

「……負けか。」

〔避難民はあらかた収容済み。やれるだけのことはやりました。生き延びてください〕

 ちら、と目を遣れば、友の死骸にすがり付いて泣きじゃくっていたあの2人の女性の姿はもはやない。カジュが敵の目を引き付けている間にうまく逃げおおせたようだ。

了解アイコピー。」

 淡々と返答すると、カジュは敵に背を向け、第2ベンズバレンから飛び去って行った。



   *



 企業コープスにいた頃カジュが住んでいた個室は、石棺のようなものだった。安らぎなどとは無縁の、冷えた混凝土コンクリート壁。金属製の書き物机と、恐ろしく硬いベッド。衣服も、食事も、毎日決まった時間に届く。洗い物とゴミは決まった所に置いておけば、専門の職員が浚っていく。トイレは廊下の向かい側に共用のものが一ヶ所。他人と顔を合わすことはない。合わせたいとも思わない。目覚め、仕事に向かい、片付け、戻り、食事を喉に捻じ込み、倒れ、眠り、また目覚める。ただそれだけの日々。身体が痒い。皮膚はひどく荒れ、自分自身の爪でえぐった場所に数え切れないほどの瘡蓋かさぶたができている。食事の味は半年ほど前から分からなくなった。暑くないのに汗が止まらなくなった。寒くないのに震えが来るようになった。

 のに、涙が溢れるようになった。

 ある日、人体に必要な栄養素を全て練り込んだ味のないクラッカーを口に押し込んでいると、不意にのドアを開く者があった。

「やあカジュくん! どうしたんだい、最近スコアが落ちてるみたいじゃない」

 ニコニコと明るい笑顔で許しも得ずに入ってきたのは、カジュの直属の上司、部長コープスマン。彼はカジュが座るベッドへさも親し気に並んで腰を下ろし、大げさに身振り手振りしながら流暢にまくしたてた。

「ニキエの住民掃討のとき体調不良で遅延しちゃったんだって? うーん、いけないねえ、報告書を見る限りじゃあ、そのせいでざっと300人は殺し損ねてるじゃないか! まあ誰にだって不調はある。君ほどの天才も例外じゃない。でも僕は期待しちゃうんだな。リッキー・パルメット、ホムンクルス・ロータス、その他君と同格の実力を持つ社規違反者をもことごとく片付けてきた強行市場開拓部のエースじゃないか! 君ならもっとやれるよ! 僕は信じてる。ねっ、カジュくん?」

「……はい。」

「今日はね、リハビリにぴったりな仕事を用意してきたんだよっ」

 うきうきと声を弾ませて、コープスマンが書類数枚の束をカジュの膝の上へ乗せた。

「ほらここ、ホウシァンの自治体と高度ホタル石の採掘権で揉めててね。1000人ほどのちっちゃな町だし、戦力らしい戦力もない。君にとっては半日で片付く簡単な仕事さ。ぱぱっときて! なんなら全滅させたって構わないし……聞いてるかい?」

「……はい。」

「これは僕の親心だと思ってほしいな。どんなに成績が悪くたって、君を処分するようなはめにはなりたくない。君のことは、実の子のように思っているんだからね。

 じゃ、出発は今夜だよ! カージュくん、がーんばってー」

 コープスマンはひらひら手を振りながら隙間風のようにするりと去っていった。カジュは手の中に握り込んでいたクラッカーの残りを口元に持ち上げた。指が震えた。何かひどく大きなものを喉に捻じ込まれたように思えた。と、カジュは呻き、部屋を飛び出てトイレに駆け込んだ。

 亡者の呪詛のように唸りながら、カジュは吐いた。

 食べたばかりのクラッカーを残さず吐き出し、胃が痙攣けいれんするほどに胃液を絞り出し、それでも悪心おしんは収まらなかった。もう何も残っていない体の中から、ただ、嗚咽ばかりを吐き出して、カジュは便器にすがり付きながら、ただひたすらに震え続けた。

 ――何のために生きてるんだろう。

 百万回も繰り替えし、一度たりとも答えを得られなかった問いが、えた体液の臭いと共にこみ上げる。

 ――ボクは一体、何のために生まれてきたんだろう……。



   *



 ――つまんないこと思い出したな。

 第2ベンズバレンから遥か北西、森の中にひっそりと設営された抵抗軍レジスタンスの仮拠点で、カジュはひとり、吐いていた。

 木々の狭い隙間に捻じ込むように建てられた幕舎の裏に隠れ、草むら目掛けて胃液を吐き下す。何年ぶりだろうか、臓物を万力で締め上げられるようなこの感触は。出したくもない呻きが漏れる。口の中が不快な粘液にけがされていく。口許から糸を引いて滴り落ちる己の体液が耐えがたく汚いものに思えて、カジュは狂ったように何度も唾を吐いた。

「カジュさん……」

 その背に声をかける男があった。木の葉で口をぬぐって振り返れば、後始末人協会のコバヤシが難しい顔をして立っている。彼も今や抵抗軍レジスタンスの同志。カジュが遊撃術士として大立ち回りをしているのと同様、彼も物資の調達やら分配やらの裏方仕事で軍を支えているのだ。

「かなり消耗したようですね」

「問題ないっす。」

「みえみえの嘘はやめてください。時間の無駄です」

 コバヤシが差しだしてくれた水筒を、カジュはひったくるように受け取った。乱暴に口をゆすいで吐き捨て、食道につっかえた吐瀉物としゃぶつ残滓ざんしを、水で胃袋に押し戻す。決して目を合わせようとしないカジュへ、コバヤシは大上段から斬りつけるように詰め寄った。

「今日はもう休みなさい」

「休んだ分だけ人が死ぬでしょ。」

「あなたが倒れればそれ以上に死にますよ!」

 そこへ、ふたりの話し声を聞き付けてか、ひとりの兵士が駆け寄ってきた。この拠点に疲れていない者などひとりもあるまいが、彼もまた例外ではなかった。すがりつくような目の周りには、今にも倒れそうなほどに色濃くくまが浮き出ていた。

「カジュさん、ここにいたんですか! 診療所の方を助けてもらえませんか、お願いしますっ」

「行きます。」

 コバヤシの横をすり抜けて行こうとするカジュ。その肩をコバヤシが固くつかんで引き留める。

「もう3日も寝てないはずだ。食事だってろくにとってない。これ以上無理を重ねれば……」

「コバさん。」

 カジュは彼を睨み上げ、水筒を胸に突き返して、黙らせた。

「時間の無駄。」

 大股に去っていくカジュを為すすべもなく見送りながら、コバヤシは軋むほどに歯噛みした。

 トップクラスの技量を持つ術士はどこでも引っ張りだこになる。敵の撃滅、都市の防衛、味方の援護、偵察、遠方との連絡、怪我人の治療や陣地の設営まで、何でもできるということは、あらゆる仕事が舞い込んでしまうということでもある。カジュの負担を減らすためにコバヤシはあちこちの勢力との調整に駆け回り、可能な限り仕事を他へ回して、組織の潤滑剤としての役割を十全に果たした。この5ヶ月、彼は彼なりにやってきたつもりだ。

 だがそれでも日一日と戦況は悪化し、ついに第2ベンズバレン陥落の憂き目をみた。当然、困難な案件はますます増える。カジュでなければ対応しきれない、カジュならばどうにかしてしまえる仕事が、到底こなしきれないほどに積み上がる。そして誰よりも責任感の強いカジュは、迷いなく――悪く言えば安直に――我が身を削る道を選んでしまう。

 ――もう彼女は限界だ。

 水筒を握り締め、コバヤシは北の空を仰ぎ見た。

 ――まだですか、ヴィッシュさん。早く……早く!



(つづく)

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