第6話-04(終) 真に恐るべきもの
ところ変わって、第2ベンズバレン北方30kmの山中。ここに、2匹目の母竜が作った卵塔があった。
このあたりは地形が入り組んでおり、背の高い木々にも恵まれていて、身を隠すには絶好であった。彼女はこの場所に目をつけるや、先に営巣の準備を進めていた同族に喧嘩をふっかけ、個人的武勇をもって追い払い、ものの見事に奪い取った。
彼女らの種族は10年前魔王によってこの地に連れてこられたが、あの時の戦争を通じて痛いほど或る事実を悟っていた。最も恐るべきは人間である、というシンプルな事実だ。
人間は強い。そして極めて好戦的である(人間の多くが「自分は平和主義者だ」などと根も葉もないことを信じ込んでいるのは、全くもってお笑い種だ)。ゆえに、繁殖時に最も警戒せねばならないのは、人間による妨害なのだ。そのため、人間に見つかりにくい営巣場所は奪い合いをせねばならぬほど重大な価値を持つのだ。
卵の産み方にも工夫をこらした――半径を大きくとり、そのぶん塔の高さを低く抑えた。この高さで、木々の中に隠してしまえば、そう簡単に見つかるものではない。
人間の街は、旨い。これは彼女らの種族にしか分かるまい。土や石を好んで食べる彼女らであったが、人間が加工した建材は、自然の中に転がっている岩くれとは比べ物にならないほど美味なのだ。卓越した技術で正確に切り出され、美しく磨き上げられた大理石。カリカリに焼き上げられた香ばしい煉瓦。そしてヒンヤリと舌触りも滑らかな金属器! ああ!
それらを思う存分味わうために、彼女は多くの策を巡らせた。それらはことごとく図に当たった。たっぷり時間をかけて
心血注いだ子育ての反動か、目の前の美食の魔力によるものか、母竜はつい、自堕落な生活を続けてしまった。狩りのことは子供たちに任せっきりで、新たな指示を送ることも、状況を確かめることもしなかった。その必要はないと思われたのだ。
だから、彼女が異変に気づいた時にはもう5日が経過しており、事態は、すでにのっぴきならないところにまで進行してしまっていたのである。
おかしい。
その日、母竜の頭に、そんな言葉がふと浮かんだ。はじめにあったのは正体不明の違和感だけ。ゆっくりと状況を確かめ、ようやく彼女は何がおかしいのかに思い当たった。
子供たちの数が、少ない。
狩りから戻ってきた子供たちの影を遠くの空に認めたとき、異様な群れの小ささに母竜は疑問を抱いたのだった。
母竜は子供たちに波動を送り、全員一斉に、自分の頭上で旋回させてみた。その密度と面積からおおよその数を計算する――結果は、約1300匹。おかしい。はじめの10分の1以下ではないか。そして、子供たちが持ち帰った食料の量も、初日とは比較にならないほど少なくなっていた。
――まさか!
翌日、いてもたってもいられなくなり、母竜は久方ぶりに自らの翼で空に飛び上がった。目指す先は人間どもの都市。確認しなければならない。子供たちに何が起きたのか? その答えは人間の街にあるに違いない。
小一時間の飛行で第2ベンズバレンに辿り着き、そこで母竜は見てしまった。
信じられない光景を。
都市の広場には人だかりができており、そこらじゅうに何か異様なものがうずたかく積み上げられていた。子供たちだ。子竜たちが、首を落とされ、羽毛を抜かれ、すっかり血抜きも済んだ状態で、食肉となって積まれているのだ。
広場に集まった人間どもは、みな一様に、串焼きの肉に食らいついていた。誰も彼も恍惚の表情。ああ、また人間が硬貨と引き換えに焼き肉を手にした。手際よく肉を配り歩いているのは、威勢のいい女店員と、目つきの悪い小さな子供。
そしてその喧騒の中心で、額に汗して肉を焼き続けているのは、ねじり鉢巻も似合いの男――
「へい、いらっしゃい!!」
ヴィッシュであった。
*
ヴィッシュがやったことは、極めて単純。
仕留めた竜を食材にして、広場で炭火串焼き屋台を出店したのである。
はじめは新しいもの好きの酔漢たちが興味を持った。ひとくち食えば「旨い!」と叫ばずにはいられない。そして、そうと聞けば黙ってはいられない食通たちが、この街には何万人と存在するのだ。次第に客が集まりはじめ、串は飛ぶように売れだした。こうなれば後は芋づる式だ。2匹目のドジョウを狙う酒売り、果物売り、ポン引きにスリ、その他もろもろの人間がどこからともなく湧いてきて、またたく間に広場はお祭り騒ぎになってしまった。一夜にしてヴィッシュの屋台は大評判となったのである。
さて、そこでヴィッシュは、客たちにこんなことを吹き込んだ。
「これは今朝やってきた竜の肉なんだ」
「奴らは大して強くない。2、3人で囲んでしまえば、素人でも簡単に狩れる」
「竜は明日も明後日もやってくるだろう……」
「つまり、捕りほうだいだ!!」
噂はその夜のうちに街中に広がった。串焼きにありつけたものは、その素晴らしい味わいを力説した。食えなかったものは、まだ見ぬ味わいに無限の想像を巡らせた。
結果。
一夜が明け後、再び街に飛来した竜たちを迎えたのは――
眼を食欲にギラつかせ、手ぐすね引いて待ち構えていた、総勢30万の狩人たちだったのである!
*
狩りが、始まった。
人々は竜が街に舞い降りるや、先を争って棍棒で殴りかかった。あっちこっちで血の花が咲き、竜の悲鳴がこだました。
「あっちだー! あっちに出たぞー!」
「逃がすな!」
「ぶっ叩け!」
「おお“神”よ、そっちに逃げた!」
「あわれな“子羊”よ、挟み撃ちだ!」
「ああ……“堕落”した我が身を赦し給え」
「そう言いながら食ってるじゃないか、旨そうに」
「おい、まだ居たぞ!」
「よし囲め!」
「殺せ!」
「引きずり出せーっ!!」
*
かくして――
2万匹いた竜の子らは、みるみるうちにその数を減らしていった。
無論、竜とてただやられっぱなしではなかった。人間の側にも多少の怪我人や死人は出たことだろう。だがそれがなんだというのだ。美食を求める狩人たちにとって、そんなものは瑣末な問題に過ぎなかった。目の前に素晴らしい人参をぶら下げられたこの状態では、“誰か他人が怪我をした”なんていうどうでもいい情報には、誰も興味を示さなかったのである。
食への欲求は大きいものだ。行く手に肉ひと切れさえ待っているなら、人は相当な地獄にも耐えられる。
死の危険? それがなんだというのだ。究極の食材を前にしては!
*
『馬鹿な……』
母竜は、呆然と滞空したまま、弱々しい声で囁いた。
それから、下から迫り来る殺気に気づき、視線を向けた。何かが地面からせり上がってくる。あれは……
「《石の壁》。」
カジュの術。その名の通り、分厚い石壁を生やす術だ。なぜこんな魔法を? と疑問を抱いた直後、母竜は人間の狙いに気づいて震え上がった。
壁の上に誰かが立っている。猛禽のごとき眼光が、噛み締めた犬歯が、そして鞘から半ば抜かれた、太刀の煌めきが、伸び上がる壁を踏み台にして、まっすぐこちらに近づいてくる。
「オラァ!!」
跳躍と同時に閃いた刃が、ついに、母竜を縦一文字に両断したのであった。
*
後の世。
この事件について、ある歴史学者が記録を取りまとめたが、そのとき彼はこう感想を述べたという。
「真に恐るべきは、捕食者たる竜などではない。
その捕食者さえ捕食してしまう、したたかな
THE END.
■次回予告■
時は3年前。“
次回、「勇者の後始末人」
第7話 “ハロー、ワールド。 前編”
hello, world.(Part 1)
乞う、ご期待。
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