お好み焼き DEAD or ALIVE

三宅 蘭二朗

お好み焼き

DEAD

 つまみ食いというのは、なぜあんなにも美味しいのだろう。

 あのときのつまみ食いも、それはもう甘美な味だった。

 1人で赴いた飲み屋で、同じく1人だった女性と意気投合した僕は、その晩、一夜の関係を持った。

 社会人になったことで、勝手に大人になったと自惚れていたのかも知れないし、初任給に浮かれていたのかも知れない。

ちょっとしたおイタであったのだが、自分としてはどこか誇らしげにも感じていた。

 ただ、大抵のつまみ食いは行儀が悪いと叱咤される。僕の場合、叱咤どころで済まなかったが。

 思いがけないことに、そのつまみ食いは、み食いであり、妻とはつまり極道のおんなだったのである。

 その女性の醸し出す大人の雰囲気は、たかだか隣の家のお姉さんってくらいだと思っていたが、まさかヤクザの若妻だったなんて。


 その事実は、お好み焼き屋の4人席に1人で座っていたところを、後からやって来た強面の男たちに取り囲まれてご合席になって、ようやく知ることになった。


「ど、どちら様でしょうか?」


 僕は上ずった声を振り絞るので精一杯だった。

 対面に座った一層強面の男性がずっと睨みつけている。

 パンチパーマに金ネックレス。紫で統一された三つ揃えのスーツという、極道以外の職業が似合わないその男を、回りの人たちが口々にアニキと呼ぶため、僕もそう呼ぶことにする。


「レイナをヤったんはおまえか」


 アニキは僕をまるで鉄砲玉か何かであるように言って、殺気のこもった視線を向け続けていた。もはや視線の暴力だった。

 レイナとは僕がつまみ食った女性であり、アニキの若妻である。

 その事実を伝えるアニキの丁寧な説明に、熱を帯びる鉄板と反して、僕の背中は冷えていった。


「知らんかったではすまされへんど。のう?」

「すまされへんぞ! コラァッ!」


 アニキが言って、子分たちが声を合わせる。僕はおでこがテーブルと癒着したのかというくらい、ただずっと頭を下げていた。前髪が鉄板で焦げていたかも知れないが、どうでもよかった。

 すると、ずっと僕を捉えていたアニキの視線がふっと外れた。僕の頼んだ豚玉を持って来た店員さんが通路でうろたえていたからだ。


「えろお、すんまへんな」


 アニキはそう言って店員さんから豚玉を受け取り、僕の目の前に置いた。

 店員さんが運んできたものは豚玉と言っても完成品ではなく、タネである。

 金属製のカップの中に水で溶いた小麦粉と千切りキャベツ、小口切りされたアサツキと紅ショウガが入っていて、生卵が1玉乗っかっている。

 これを自分で混ぜて目の前の鉄板で調理する。店員さんが焼いてくれる店が主流になる中、このお店はセルフ焼きを貫く硬派な店だった。


「お好み焼きか。ええランチやのぉ。ソースが鉄板で焼ける匂いはたまらんよなあ」


 だが、僕はこの豚玉を食べることはおろか、焼くことすらできず、何なら僕自身が美味しく焼かれる側かもという思いで満たされていた。

 するとアニキが突然、妙なことを言い出した。


「なあ、兄ちゃん。腹減ってきたわ。ワシのために豚玉焼いてくれや」

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