人造人間と天使見習いとセックス。あと殺人事件。
嘘野スロウ
プロローグ
第1話 1-1
彼女に苗字はありません。
それは冗談でいっているわけでも、彼女がどこか苗字のない文化圏から来たということを示すわけでもなく、この文明社会の日本にあって、まさしく苗字がない存在だったということです。
名前はマコト。
つまり彼女は、ただのマコト。名前だけの単なるマコトなのです。
当時の彼女は成績優秀で、僕らの育った施設のナンバーワンでした。訓練では常にトップ。やっぱりそれ以外でも何をやらせてもトップ。女性の身体をハンデとしない脅威の運動能力で、同世代の男子を圧倒し続け、さらに馬鹿にし続け、茶化し続けていました。
つまりマコトは最悪ということです。
「カオルちゃんさー」
マコトはいつも僕のことをちゃん付けで呼びます。たぶん僕を馬鹿にしていたんだと思います。僕はマコトのことを呼び捨てにしていましたが、彼女はそんなことを気にする様子もなく、いつもいつも「カオルちゃんさー、カオルちゃんねー」と僕のことを呼び続けました。
だけど、それも十二歳のときまででした。
就寝時間をとっくのとうに過ぎた深い夜。施設と外の世界を隔てる正門の前。マコトと僕は包囲され、そして――。
マコトは死んだのです。
あっけなく。
本当にすぐ死にました。
あまり苦しむわけでもなく、額を撃ち抜かれて、すぐに絶命。
僕はマコトが死んだとき、どう思ったのか。
実はよく覚えていません。
あの時、僕は確かにそこにいて、拳銃を握っていて、マコトが死んでいった。
何も感じなかった、それが一番確率が高いことはわかっています。
僕はそういう生き物で、きっとこれからもそうなのです。
だからでしょう。マコトが死んだ後も、特に再会したいとは思いませんでした。
もちろん、せいせいした、とまでは言いません。なにか僕の心につっかえていたものが取れたような感じでした。
いや、もしかしたら穴があいた――のかもしれません。
とにかく僕は再会なんて望んでいなかった。それが重要で、どうしてそれが重要なのかと言えば、マコトが戻ってきたからです。僕が高校一年生になったとき、すっかり別人となって帰ってきたのです。
死んだのに、望んでもいないのに――、マコトは戻ってきてしまった。
マコトは僕に銃口を向け、ものすごい風圧の割りに一メートルくらいしか空を飛べない不思議で不完全な特殊能力を持ってカムバックしたのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます