第4話 月が綺麗だね

「じゃ、また後でな」


 先に景也と和ペアが観覧車へと乗った。


「では、次のお客様、どうぞ」


 観覧車の係員が俺たちにそう指示をした。

 き、緊張。

 

 係員の誘導。

 そうして俺たちはゴンドラに入った。



 静かな空間。

 そりゃあ突然二人きりになったんだから、こうなりますよ。


「あ、あの!」


 俺は耐え切れず言葉を発する。


「な、なに?」


 ビクッと体を跳ねさせる三田さん。


「えぇっと……」


 なんということでしょう。

 俺は話題も無いのに彼女に声をかけたのです。


「……つ、月が綺麗だね」

「……え?」


 丁度視界に入った大きなお月様。

 日がすっかり暮れたこともあり、お月様は綺麗に輝いている。


 そんな俺の言葉に、三田さんはポカンと口を開いたまま固まった。


「ご、ごめん、丁度視界に入ったから」


 だからなんだよ。

 俺ならこう思うね。


「た、たしかに綺麗だもんね」

「ま、満月なのかな?」


 まだぎこちない。


「ううん、た、確か今日は満月の一日前だったかな」

「へぇ、詳しいね」

「月とか星座とか好きだから」


 ほうほう、見事に俺の興味の範囲外である。

 月も星座もほとんど知らない。


「星座といえば、三田さんは何座なの?」

「私は乙女座だよ」

「え!? 俺も!」


 まさかの一致。

 凄い偶然だ。


「そうなんだ!」

「まあ男で乙女座っていうのも何か変なんだけど」

「ふふ、そんなこと気にする人いないよ」


 俺が意識しすぎなだけ?


「そうかな?」

「ふふ、そうだよ」


 すっかりと緊張が解けた。

 お月様様である。


 もう直ぐ頂上。

 

 決着の時は近い。


「あ、あの」


 再び緊張が体を包み込んだ。

 だがその言葉を遮るかのように、三田さんが口を開ける。


「あのね、私、結構前から五島君のこと知ってたの」

「え?」


 その言葉が意味する事など分かるわけがない。 


「和ちゃんから良く話を聞いてて」

「あ、なるほど」

「でもまさか、あの五島君と今年同じクラスになって、それも隣の席になるなんて思ってなかったなぁ」


 あの・・五島君って……和よ、俺のことをどう紹介したんだ。


「そ、そうなんだ」


 俺は苦笑いしか浮かべられない。


「でもそれだけじゃなくてこんなに仲良くなるなんて、予想外だよ」

「俺もだよ」


 本当にそうだ。

 ただ遠くから見るだけの存在だった三田さんが今、目の前にいる。


「それでね、五島君」

「な、なに?」


 俺と目を合わせて言葉を発する三田さん。

 ただならぬ態度に俺は背筋を伸ばす。


「ごめんなさい」

「……え?」


 唐突に謝られた。


「私は五島君と付き合えません」


 何もいえなかった。

 最初から全て彼女は知っていたのだ。

 俺の気持ちを。

 

 なら、


「……俺のこと嫌いになった?」


 ズルをして三田さんとペアになったことも、察しているはずだ。

 そんな男、嫌いになってもおかしくない。


「……うん」

「そう……か」


 でも、なんでそんなに悲しそうな顔をしてるんだよ。

 そんな顔をしたいのはこっちだってのに。

 

「……ごめんなさい」

「いいよ、もう」


 これ以上彼女の苦しむ顔は見たくなかった。

 振られた原因なんて分からない。

 ただ俺が卑怯で、ダサい男だったというだけだろう。


 そうして観覧車は一回りを終え、俺たちを地上へと戻した。


 そこには既に景也と和がいた。

 だがその二人の表情も俺たちのように暗い。


 あぁ、何となく分かった。


「お、五島、戻ったか」


 痛々しい笑み。


「お互いダメだった見たいだな」


 俺も同じような痛々しいであろう笑みを浮かべて景也にそう言った。

 それから何を話して帰ったのかなんて覚えていない。


 とりあえずいえること、それは俺の恋は今日を持って終わった。


 ただそれだけだ。





 あれから約1ヶ月。

 

 時の流れというものは凄いもので、もう立ち直っている。


 ただ三田さんとはあれ以来ほとんど話していないし、景也の方も、和とはあれ以来話していないらしい。

 本当、あの出来事さえなけりゃ、もっと楽しい高校生活だったんだろうなぁ。


「また考え事か?」

「まあな」


 前の席に座る景也が呆れた顔で俺を見ていた。

 流石にこの話題は口に出来ない。

 気まずくなるのは目に見えている。


「それで? 何のようだ?」


 例によって例に如く、景也が休み時間に俺の席に来るというのは何かがある時だ。

 そういえばあの日もこんな感じのことがあって、三田さんと知り合ったんだよなぁ。と感慨深く感じながら尋ねる。


「ああそうだ、五島、一生のお願いだ!」


 パンッと手を合わせて俺を拝む景也。

 この男がそこまでするということは、かなりの一大事らしい。


「定規を貸してくれ!」

「……は?」


 次は確かに数学。

 そしてこれまた例によって定規が必要なやつだ。


「ちょっと待て、もし俺がお前に貸すとしよう、俺はどうなる?」

「また注意を受けるだろうな」

「他人事みたいに言うんじゃねえ」


 こいつは俺のことを何だと思ってんだ。


「だって俺、クラス委員長だし」

「権力を振りかざすな」

「えー」

「こっちのセリフだ」


 こんなのがうちのクラスの委員長だとは、一体誰が選んだのやら。


「他のクラスの奴から借りて来い!」


 こればかりは譲れない。

 これ以上忘れたら、そろそろ数学の先生から指導が入りそうなのだ。


「……隙あり!」


 急にそんな事をいった景也は、素早い動きで俺の筆箱を奪い取った。


「おいこら!」


 それはもはや犯罪だろ。


 俺はそんな友の姿を見たくない、という建前で奪い返しに奮闘する。

 もつれあう腕。

 それによって筆箱から中身が噴出された。


 散らばるシャーペンやらボールペン。

 そして摩擦を感じさせない鮮やかなスピードで定規が遠くに滑っていく。


「片付けとけよ!」


 俺は景也にそう言い残し、定規を取りに行く。


「すまん、定規が椅子の下に……あ」


 定規が滑ってたどり着いたその席は、


「み、三田さん」

「五島くん……」


 席替えによって移動した三田茅乃の席だった。


 ……気まずい。


「あ、定規」


 すると三田さんが席から立ち上がって、席の下に落ちている俺の定規を手に取った。

 そして渡してくる。


 受け取る。


 15センチ。

 これが俺と彼女の今の距離である。


「あ、ありがとう」

「い、いいよ、前はこっちが助けてもらったんだし」

「そ、そうだよな……ははは」


 ぎこちない会話。

 痛々しいな。


 その時、チラリと目の端に映ったのは、和だ。

 教室の扉からこちらを見ていた。

 恐らく三田さんに何か用があるのだろう。


 それに入るのは気まず過ぎる。

 俺は急いで立ち去った。


 その際、少しだけ彼女達の会話が聞こえてくる。


「五島――――なの?」

「え?」


 俺の話題があがったような気がするが、触らぬ神にたたりなし。

 俺はそさくさとその場から離れる。

 その時、


「だから!」


 和が怒鳴り声をあげた。


 教室のざわめきが一瞬にして静まる。

 みんなの注目はもちろん和だ。


「ご、ごめんなさい」


 和はみんなの方を見て頭を下げる。

 何事だよ。


 その後、二人はまだ何か話しているようだったが、俺の耳には届かなかった。




 あれからまた二週間ほど過ぎた。


 いつもの代わり映えしない日常。

 そう思っていた俺の元に、突然変革が起こった。


「み、三田!?」


 俺の目の前に三田茅乃が現れたのだ。

 夢なのか? 俺は彼女を思う余り幻想を生み出してしまったのか?

 精神疾患ものじゃねえか。


「ご、五島君」

「ほ、本物?」

「え?」

「い、いや、なんでもない」


 本物だった。

 安心したぁ……って違う! 何で三田さんが俺の目の前にいるんだよ!?

 それに話しかけてきてるし。


「今日空いてるかな?」

「きょ、今日?」


 今日は放課後部活だ。

 もちろんその後は空いてるけど……


「ぶ、部活がある」

「な、ならその後でもいいから」

「わ、分かった」


 俺の心の平穏は消え去った。


 約束された場所は、学校の正門。


 実際気になりすぎて、部活が全く身が入らなかった。


 そうして約束の時間と場所。


 もう既に三田さんがいた。


「は、早いね」


 ぎこちないながらもそう挨拶をする。


「来てくれてありがとう」

「行かないなんて選択肢なんて無かったって」

「ふふ、ありがとう」


 つかみは成功だ。


「それで、何か用かな?」

「うん、あの遊園地での話をしたくて」

「ゆ、遊園地……」


 もしかしなくてもあの告白の件だろう。

 え、なに、また振られるの、俺。


「和ちゃんに怒られちゃって」

「え?」


 心当たりはある。

 あの昼休みの件だろう。

 しかし怒った理由そのものは知らないが。


「私ね、和ちゃんに遠慮してあの……こ、告白、断ったの」

「え……」


 つまりどういうことだ!?


「でもそれで和ちゃんに怒られちゃった」


 今は何もいえない。

 でもこれは……


「だから……」


 三田さんが顔を上げる。 


「ちょっと待った!」


 これから先は男である俺の役目。

 あの時は、言えなかったあの言葉を……

 

 やっぱり緊張が半端ない。

 

 俺はテンパリあの時とまた同じ事を口にした。


「つ、月が綺麗だね」

「……え?」


 あの時と同じ表情。

 しかし彼女は笑って、こういった。


「今度はちゃんと意味を分かって言ってるの?」


 その言葉の意味。

 もちろん知っている。

 正確には最近学んだ。

 

「もちろん」


 あれから馬鹿みたいに勉強したのだ。

 三田さんに認められるように、三田さんに吊りあうような男になるために。

 

 今度こそはしっかり告げる。

 この想いを。


「俺は三田茅乃さん、あなたのことが――」


 この満月に誓う。


「――好きです」


 10月4日。

 十五夜と呼ばれる日だった。

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