ラッキーナンバー

根古

第1話 災難で幸運な一日の始まり

「乙女座の第二四半期のラッキーナンバーは15です!」


 7月8日の朝。

 俺はそんな朝の占いをボーっと眺めながら、母が焼いてくれたトーストを齧っていた。

 ってか、四半期って微妙!


「まあ! 15ですって」


 そんな事を口にしたのは母。

 占い好きの母らしい反応だ。

 ただ当の俺は占いなんて全く興味はないので、


かける、あんたも何か持っていったら?」


 と巻き込まれるのだけは勘弁して欲しかった。

 しかし時既に遅し。もう母の射程に捉えられている。

 俺は顔を顰めるという、最低限の意思表示をし、母の気概を削ぎにいく。


「あら不幸顔、ならますます必要ね」


 母は強しとは誰が言ったのか。

 まるで勝てる気がしない。


「えぇ……いいよ俺は」


 なので今度は声に出し、首を振って断った。

 そうすることで母は無理強いしてこない。いつもはそうだ、だが今日の母は一味違った。


「いいじゃない、減るものじゃないんだし」


 とワケの分からない言い分を通そうとしてきたのだ。

 予想外である。


「だとしても何を持っていけば良いか分かんないし」


 そもそもこの占いはラッキーアイテムではなく、ラッキーナンバーだ。

 物ではなく、数字。

 物ならばまだしも、数字なんていう実体がないものを持ち歩くなんて普通に考えて出来るわけがない。

 それが俺の解釈。

 こればかりは占い好きの母でも論破することが出来まい。 

 そう内心ドヤ顔で母を見ていたのだが、母はそんな俺に対して満面の笑みを浮かべ口を開いた。


「じゃあ渡せば持ってくれるのね?」

「え?」


 またしても母の反応は予想外だった。

 まさか母は数字を実体化する力を備えていたのかと。


「これを持っていきなさい」


 母が差し出してきたのは何の変哲もない定規。

 実体化した数字でも、数字を模した玩具でもなくただの定規だ。もしかすると物差しかもしれないが、この際はどうでも良い。


「これが何?」

「これは15センチなの」

「……あぁ、そういうこと」


 一瞬ポカンと思考が停止したが直ぐに察した。

 確かに定規は15センチと相場が決まっている。

 そして15と言えば先ほどのあれだ。

 まさか占いを見て、15センチの定規を思いつくとは、我が母ながら、その占い熱には頭が上がらない。


「それに今日数学でしょ?」

「あ、そうだった!」 


 母から言われて思い出した。

 今日は数学の授業で線を引くから定規を持ってこいと言われていたのだ。

 俺はそのことを今の今まですっかり忘れていた。

 そんな俺に母は満足げな顔で、


「ほら、占いも案外当てになるでしょ?」


 と言ってきた。

 俺は何も言えなかった。



――――



 そんな一悶着あった朝を経て、俺は今学校に来ている。

 ちなみに例の数学の授業は五時間目。

 今が三時間目の歴史の授業なので、まだまだあの定規を使う機会はない。

 今あの定規は俺の胸ポケットの中で、己が使われる時間を今か今かと待っているのだ。

 なんて下らない回想をしていると、


「ではここ、五島ごしま!」


 突然、先生から指名を受けてしまった。


「は、はい!」

「この空欄に入る数字を答えてみろ」


 黒板に書かれていたのは、本能寺の変。

 その後○○82年と書かれている。

 問題を聞かずとも分かる。

 あの丸の中に数字を入れろと言っているのだ。

 だが、生憎と俺は歴史が苦手だった。

 特に年代を覚えることが。

 焦る俺。

 間違えることが恥ずかしいのはもちろんだが、一番は隣の席にいる三田茅乃みたかやのに頭が悪いと思われることが何より恐ろしい。「え、五島君って、本能寺の変がいつ起きたのかさえもしらないの? 嘘、信じられない、焼き討ちにあえばいいのに」、なんて言われた日には、夜に枕を涙で濡らすことになる。


「どうした、分からんのか?」


 先生からの恐怖の言葉が遠慮なしに飛んでくる。

 そんなことを言われたって、知らないものは知らない。今から教科書を猛烈な勢いでめくれば答えにたどり着けるだろうが、それこそ無知アピールをしているに等しい。

 そうしてひたすらに焦った挙句、走馬灯のように記憶が流れた。

 ――15。

 それは今日の朝の記憶。

 興味も関心もない占いの記憶だ。

 もうこれに賭けるしかなかった。

 

「せ、1582年、ですか?」

「おお、正解だ」


 先生のその言葉を聞くなり、俺は椅子に深く座り込んだ。

 心の底から安堵した。

 それこそ今年一の幸福感に包まれているといっても過言ではない。

 そんな浮かれた気持ちがある行動を引き起こした。

 俺は半ば無意識にチラリと隣を見た。


「あ……」


 間が悪かった。

 なんと彼女もこちらを見ていたのだ。

 目が合う二人。

 ドキリと心が高鳴り、顔に熱を帯びた。

 しかしそれ以上のことはなく、彼女はただ不思議そうな顔をして視線を前方に戻した。

 先ほどとは違う安堵と、少し残念な気持ちが残った。

 もちろん何かが起こるだなんて期待したとしても、そんなことはあり得ないのだ。

 何しろ勝手にこちらが好きになって、勝手に意識してるだけであり、完全な片思いなのだから。

 先ほどの高揚感が一気に萎んでいく。

 勝手に盛り上がって勝手に落ち込む面倒くさい男がそこにはいた。


 俺はそれから授業そっちのけでただただボーっと思案に耽るのだった。


「あれ? いつの間に……」


 気が付けば授業が終わっていた。 

 集中すると周りが見えなくなるタイプ、それが俺だ。

 自慢することではないがな。


「どうした五島?」


 声をかけてきたのは、俺の親友と言っても過言ではない男、千葉景也ちばかげや

 中々に整った顔つきに明るい性格が合わさり、そこそこのモテ男と俺の中で有名である。


「いや、いつの間にか授業が終わっててビックリしただけ」

「……すまん、何を言っているか分からん」

「少し考え事をしてた」

「相変わらずだなぁ、ってか授業を終えるまでって全然少しじゃねえだろ!」


 細かいことを気にする男だ。

 そんなんじゃモテな……やっぱりなし。

 現実として俺よりも何十倍もモテている男に向かってそんなことは言えない。

 身の程を知れ、俺よ。


「そういえば、お前よく先生に当てられたところ答えられたよな」

「ん? 何だっけ?」

「おいおい、本能寺の変だよ、お前確か歴史苦手じゃなかったか?」

「あぁ、それは……」


 占いのお陰です。

 なんて恥ずかしくていえない。


「勘だよ、勘」


 なのでそう言ってごまかした。


「勘で当たるもんか?」


 ごもっともである。


「いいだろ当たったんだから」

「ま、そうだな」


 一応の名誉が保たれた瞬間である。

 なんてこいつの中にある俺の名誉なんてほんの少ししかないんだろうけどな。


「それで、何のようだ?」


 俺がこう聞いたのにもちゃんとした理由がある。

 俺の席は窓際、対して景也の席は廊下側。

 そして景也は休み時間にわざわざ俺のところに来るタイプではない。

 次の授業が移動教室なら話は別だが、次は確か現代文でこの教室のはずだ。

 やはり景也が俺のところに来る理由が分からない。


「おいおい、お前は話しながら寝てるのか?」

「失敬な、俺でもそんな芸当は出来ないぞ」

「だったら周りを見てみろ」


 景也が呆れた顔でそう言った。

 ……あれ? 周りに誰もいないぞ?

 次この教室で授業のはずなのに、あの真面目な印象のある三田さんさえもいなかった。


 これはまさか……ストライキ!? 俺が呆けている間に打ち合わせが成されていたのか! ……んなワケはない。


「次って現代文だよな?」


 この状況に不安を覚えた俺は、目の前で怪訝そうな顔をしている景也様に確認する。

 するとなんということでしょう。彼の顔がますます呆れていくではありませんか。


「お前ホームルーム寝てたな?」


 とド直球に言われた。

 いや、確か起きてたはず……多分。


「今日の現代文は身体測定があるからなくなるっていってだろ?」

「身体測定……あっ!」


 そういえばそうだ。

 今日は身体測定の日だと担任が言っていたような気がする。

 慌てて立ち上がる俺。もはや反射である。

 確か身体測定の場所は、


「体育館だからな」

 

 そうだ、だからこそこんなにも俺は慌てているのだ。

 ここから体育館までかかる時間は5分弱。

 そして今は授業5分前。言ってみればかなりギリギリだった。

 だが一つだけ安心材料があるとすれば、目の前のこいつだ。


「ま、お前がいれば大丈夫か」


 ホッと呟きを漏らす。

 景也はこう見えて、クラス委員長なのだ。

 そんな彼と一緒に行けば遅刻の一つや二つ、何てことないだろう。


「ん? 俺は保健室に言ってチェック表を貰ってくる仕事があるぞ?」

「え?」

「マジ」

「嘘だろ……」


 嘘だといってくれ。

 いくらなんでもそれはあまりにも……


「だから早く行けって」

「クソおおおおお!」


 俺は叫んだ。

 俺は走った。

 この際廊下は静かに歩きましょう、なんてルールは破り捨てた。

 今は緊急事態だ。

 廊下を騒いで走るしか活路は見出せない。


 それは高校に入って一番の走りだったと思う。

 それぐらい必死に走った。

 そしてこの曲がり角を曲がれば後は体育館へ向けて一本道。希望を胸に俺はコーナーを曲がった。

 見事なコーナリングだったと思う。芸術点を与えてもいいぐらいだ。


 しかし予想外の出来事が一つ。

 コーナーを曲がった先に人がいたのだ。

 それも顔見知り。

 それは俺の片思い相手、三田茅乃だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る