犬と猫の恋人ごっこ

ふわり

第1話


 昔から「かわいいねえ」と言われながら育ったあたしのあだ名はポチ。名付け親の友達の女の子(もう名前も覚えてない)に「どうしてポチなの」って聞いたことがあるけど、ちゃんとした理由は教えてもらえなかった。

 「なんとなくポチっぽいから」、そう言って小首をかしげた女の子の微笑みを今も覚えてる。


 それ以来ずっと、あたしは誰かの犬を演じてる。バカにされてるのかなあと思うことはあるけど、それでもあたしは健気に尻尾を振って愛想を振りまいてしまう。だって不特定多数に愛されたいから。可愛がられることが、あたしが愛されるたった一つの方法だから。


 お姉ちゃんはとても頭が良い人だった。都内トップクラスの名門私立高校に合格したことで、職員室の先生たちをどよめかせた。お姉ちゃんが褒められるといつもお母さんは、「そんなことないですよ〜」なんて言いつつ、どこか誇らしげだった。お母さんは妹である私を「第二のお姉ちゃん」にしたがっていたのだけど、あたしのIQと勉強に対する熱意はものすごく低かったので、お母さんと先生たちはすぐに失望させられることになった。


 「いいのよ、ポチはかわいいんだから」


 赤点間際の点数がついた答案用紙を見せると、お姉ちゃんになれなかったあたしを慰めるように、お母さんは優しく言った。確かにあたしは気づいていた。えへへと笑うと、周囲のみんながとっても幸せそうな顔をすることに。

 可愛がられることが私の生きる手段なんだと気付いてから、あたしはずっとポチの仮面をかぶっている。誰かの足元をぐるぐる駆け巡り、可愛くわんわん鳴いてみせ、必要ならお手だってしてみせるのだ。


「ポチー。何処行ってたの、こっちだよ。こっち」


 トイレから戻ってくると、幼馴染のおけいに手招きされた。おけいの後ろには「英文学科」という看板のかけられた教室。中を覗くとびっくりするくらい多くの女の子たちが座っていて、華やかなオーラに、思わず圧倒されてしまう。


「うわあ。女子大って、女子しかいないんだね。へんなの」

「何言ってんの、当たり前じゃん」

「そうなんだけど、ちょっと怖くなってきたかも。ねえ、いじめられたりしたらどうしよう、おけい」


 おけいは呆れたような顔をして、「そんなの、あるわけないじゃん」と唇を歪めた。その言葉の一瞬の自嘲的な響きを聞かなかったことにして、「どうして」と尋ねると、おけいは不自然な笑顔をつくった。


「ポチが嫌われるわけないじゃん。こんなにかわいくて、いい子なのに」


 あたしはその言葉に満足して、とびっきりの笑顔を見せてあげた。おけいはたちまち赤くなって目を伏せる。あたしの幼馴染は何処までもウブで純情でわかりやすい。

 ねえ、おけい。「ありがとう、おけい」と言いながらぶるぶる振るあたしの尻尾が、おけいにも見えていますか。


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