8話 不幸な事故


 今日は大雨。ザァザァと煩く音を立てる大粒の雨が傘にバタバタと叩きつけられ、アスファルトに跳ね返った水がズボンを濡らし。傘を差す意味について考えていた朝。

 その日はいつもより早く起きる事が出来た為、早くから準備をして学校に向かっていた。


 雨の音は好きだが大雨は嫌いだ。普段はうるさい車の音も雨によって掻き消される。

 こんな雨の日くらい家でゆっくり女装させてくれと頼みたい所だが、働き者の日本人達はそんな事は許してくれない。


 憂鬱に顔を下に向けた時だった。


「きゃあああああ!!」

 叫び声が聞こえたような気がした。大雨だからそんなのも聞こえにくい。

 別に俺には関係ないだろうと歩いていると、地面に溜まった水溜りが鏡のように俺の姿を写し、その上に銀色の大きな鉄の柱が2本見えた。


──ガーーンガンガラン!

 鉄の打ち付ける音が、真っ赤に染まった視界で最後に聞こえた音だった。





──ピッ……ピッ……ピッ……

 ここはどこだろう。

 一定のリズムで音を発する機会の音と、誰かが泣いているような声。自分の息が聞こえる。


 まだ意識がはっきりしていないのだが、現状を理解する為にゆっくりと目を開く。

 白い天井、カーテン、口には呼吸器。


「────ッ!」

 声が聞こえるけど何言ってるかさっぱり分かんねぇ。


 じっと天井を見つめていると、視界に1人の顔が映り込んできた。シズキだ。

 泣きながら俺に話しかけてるみたいだが、今はちょっと疲れてるんだ。何言ってるのか分からねぇしもう少し寝させてくれ。


 再び目を瞑ると、あっという間に眠りについた。





 また目を覚ますと部屋は暗かった。

 しかし意識もはっきりしてきたので、身体を起こそうと右手を動かす。


「っ──!」

 痛い。布で固定されていた右手を動かしただけで物凄い激痛が走った。


「はぁ〜……」

 溜め息を吐いて左腕で身体を起こす事にした俺は、呼吸器を外して部屋を見渡す。


 どうやらここは病室のようだ。俺は右腕と左足が白い布で固定されており、どちらとも上手く動かすことができない。

 最後の記憶が正しければ、俺は鉄骨に潰されて骨折か何かしてるって所だろうか。


 窓の外を見ると夜だった。まだ雨が降っているが、不思議と朝のような憂鬱な気分にはならなかった。


 と、その時病室の入り口の扉が開けられて部屋に光が差し込んだ。


「何よあの男……偉そうに…………」

 シズキが不機嫌そうに部屋の扉を閉める。


「どうした?」

「っ!? マコト君!?」

 シズキは俺の名前を呼んで勢いよく振り返り、身体を起こしている俺の姿を見て氷のように硬直した。


「……だっ、大丈夫……なの?」

「あ? 何がだ?」

「身体……動かせなくなるって……医者に言われて……」

「はぁ?」

 試しに腹筋やら左手でパンチしたりして見せる。


「動かせるけど?」

「…………」

 シズキは再び動きを止めると、ゆっくりと部屋の扉を開け始めた。


「せ、先生呼んでくる」

「お、おう」

 なんだアイツ。





 しばらく部屋で待っているとシズキ達がやってきた。

 医者のような人とシズキ、トモキに……少し離れた方に何故か"アイツ"がいた。


「せ、先輩なんでここにっ!?」

 金色に染めた長い髪をオールバックにして、目だけで人を殺しそうな程の鋭い目付きと高い身長を持つ男。

 『高谷佳(たかやけい)』。4歳年上で、俺に喧嘩を教えてくれて中学時代お世話になった他校の先輩だ。


「トモキに連絡受けて来たんだよ。間抜け」

「んなっ! いっ……痛ぇ……」

 動いたせいで左足に痛みが走った。


「こらこら、しっかり横になって寝てなさい」

 医者のおっさんが俺を横にさせてきて、仕方なく横になる。


「驚きましたね……ここまで元気だとは……」

「さ、流石マコトね!」

「……俺ってどういう状態だったんですか?」

 身体を動かす事ができなくなるくらい酷い怪我をした、という事なのだろうけど今じゃ普通に動けている。


「まず右手と左足の骨折。左足はふくらはぎの筋が切れていたね。頭部も倒れた時に強く打ち付けたみたいで身体に麻痺が残るかと思いましたけど、驚きました」

 やっぱり骨折してたのか。ってことは下手に動いたら悪化するかもしれないという事だ。


「それでも激しい運動は今後できないだろうね」

「マジか……」

 ってことは俺の生き方でもある喧嘩ができなくなる訳で、ケイ先輩みたいに引退する事になるのか。

 ケイ先輩はアキレス腱を切ってしまい不良の道から卒業してしまった。


「筋トレとかってのは……?」

「少しの運動なら大丈夫だと思います」

 良かった。筋トレを怠るとみっともない身体になるからな。


「マコト、本当に大丈夫?」

「ああ大丈夫だよ。泣くなよ?」

「だ、誰がアンタ如きに泣かなきゃならないのよ!」

「ん? お前泣いてたじゃねぇか」

「あ、あの時意識あったのっ!? じゃあすぐに目を覚ましなさいよバカッ!!」

「痛い痛い痛い!!」

 シズキが顔を真っ赤にしながら身体を揺らすもんだから骨折した手足に響いて物凄く痛い。


 この怪我が治るのはどのくらい先になるのだろうか。

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