2話 地獄の番犬
撮影系を終えた俺達は電車に乗って街にやってきた。
「くっつくなって……」
「いいじゃない」
腕に抱きついてくるシズキのせいで色んな人からの視線が凄い。
「この胸、本当にリアルよね」
俺は女装する時、気持ちから入る為下着も必ず女性用の下着を着けている。胸も小さなパッドを入れているので少なくとも胸が小さい女性、とは思われるだろう。
しかし流石にブラジャーはダメだろうと思い、スポーツブラをしている。これなら動きやすいし貧乳に見せるには丁度良い。パッドもズレないしな。
「そこのお姉さん達! 今暇?」
シズキとのイチャイチャデートを楽しんでいると、邪魔者が1人現れた。ナンパだ。
「ごめんね〜私この娘同性愛者なの」
「ちょっ、シズキ!」
同性愛者等という嘘を付かれて、否定しようとシズキの顔を見ると悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。
「良いじゃん、別に2人の邪魔をしようって訳じゃない。お金は払うからさ、一緒に遊ぼうよ」
「えぇ〜? マコちゃんどうしたい?」
「え、えぇ……」
普段はシズキ1人でナンパを追い返すのだが、何故か今日は俺に振ってきた。
「あれ? 君すっごい美人さんだね。スタイルも良いし、モデルさん?」
「モデルはやってないんですけど……あ、ありがとうございます」
褒められて素直に喜んでいると、シズキが握る腕が更に強い力で絞められた。何やら怒っているようだし、ここは切り抜けた方が良さそうだ。
「すみません、この後予定があるので……」
「じゃあ連絡先だけでも! あ、SNSでもいいよ」
「すみません……」
頭を下げてナンパから逃げるように足早に立ち去ると、背後から自分のSNSのIDを叫ぶ男の声が聞こえた。
「はぁ……なんでシズキが対応してくれなかったの?」
「最近マコちゃん男の人に話しかけられると嬉しそうな顔してるから、少しは対処法を知ってもらおうと思ってね」
嫉妬してるような言い方だな。
しばらくシズキは目を合わせてくれなくなり、どうしたらいいのか困ったまま街中を歩いていた。
すると突然立ち止まったシズキが、俺の腕を引っ張って1つの建物に入った。
「ゲーセンなんて興味あったのか?」
「別に。ただプリクラ撮ろうと思って」
プリクラか。プリクラなら女装してただでさえ可愛くなった俺が更に可愛くなるから好きだ。使ったことないけど。
シズキに連れられて機械の中に入ると、手馴れた様子でタッチパネルをペンでタッチしていく。
「随分と慣れてるね」
「マコちゃん、あそこのカメラに可愛い表情向けて」
言われた通りカメラに決め顔を向ける。
機械の中から撮影されるまでのカウントダウンが始まり、目を閉じないようにぐっと見開いていると、カウントダウンが残り2秒になった時にシズキが太ももに触れてきた。
「なっ、何っ」
「カメラ目線」
──パシャッ
そうして何枚か撮影した後、画面に写った自分の表情を見て恥ずかしくなった。太ももを触られた瞬間の顔なんて、AVで良くみるようなエロい表情だ。
俺ってこんな顔できたんだな〜、と興奮しつつシズキと一緒にペンでラクガキをしていく。
「な、なんでハート?」
「プリクラのラクガキで描くハートに深い意味は無いのよ。ただのオシャレ」
ラクガキを終えて機械の外に出て写真を見てみると、綺麗に仕上がっていて宝物にしたいくらいだ。
ただ、ここに写っているのが女装した俺じゃなければもっと良かったんだがな。
「ぎゃはははははは!!」
「ん? この笑い声……」
ふとゲーセンの奥から笑い声が聞こえてきて、そっと覗いてみるとそこには俺の学校での舎弟達が居た。
その中には俺の親友の『杉本友樹(すぎもとともき)』も居て、格闘ゲームの対戦をして盛り上がっている。
「遊びてぇ……」
「マコちゃん今は私とのデート中よ?」
「分かってるよ。女装したままじゃアイツらに会えねぇしな……」
そう思いつつも遊んでいる皆を見つめていると、視線に気づいたトモキと目が会ってしまった。
「あ、先輩どこ行くんすか?」
「ちょっとトイレ」
と言いながらトモキは俺の方に近づいてきた。
実はこいつ、俺の親友だがかなり怖い方でもある。俺よりは弱いものの、他校からも番犬と恐れられる人物だ。
しかし頭はかなり良く、成績も優秀で教師達には評判が良い、
「よお、シズキじゃねぇか。こっちの子は誰?」
「この子はマコちゃん。隣の高校の友達」
「よ、よろしく」
トモキにじっと見つめられてつい顔を逸らす。コイツなら俺の女装を見破りかねないからな。
「…………」
いや、なんでこんなに見つめられてるんだ……? バレた? だって名前、マコトとマコちゃんって似てるもんな。バレるよな?
「すっすみません!」
完全にバレる前にシズキの手を繋いでゲーセンから逃げ出した。
「あれ? トモキ先輩早かったっすね」
「可愛い子がいたけど逃げられちった」
◆◇◆◇◆
「はぁっ……はぁっ……バレてねぇよな……」
「このっっ……馬鹿っ!!」
「ぐほぉっ!?」
突然シズキに正拳突きを溝落ちにくらってその場に倒れ込む俺。身体の真ん中は急所なんだぞ。
「アンタっ、足が速いから付いてくの大変だったのよ!? それに手掴まれてるからコケそうになったじゃない!!」
「あ、ご、ごめん」
「……ふんっ」
不味い。嫌われたかもしれない。
シズキは1人で先に進んで横断歩道を渡り始めた。
「ごめんシズキ!」
すぐに背中を負ってシズキに謝りに行くと、どこからか危ない、という声が聞こえてきた。
──キキキキーーーッッッ!
「あっ、やべっ」
車が急ブレーキを掛けながら俺の方へ突っ込んできた。どうやらシズキは赤信号に切り替わるギリギリの所で信号を渡っていたようで、俺はそれに気付かず渡ってしまった。
まずいと思った俺は咄嗟に吹っ飛ばされても大丈夫なよう構えるが、気付いたら俺は誰かに抱っこされていた。
「大丈夫か?」
「……え?」
目を開けると、そこにはトモキの顔が目の前まで来ていた。
どうやら俺はトモキにお姫様抱っこされているようだ。
「意外と筋肉あるんだな。君」
「う、うわぁぁぁああ!!!」
太ももを揉まれて反射的にトモキの顎に思いっきりパンチしてその場から逃げ出してしまった。
次の日、学校にいつものように登校しているとトモキが駆け寄ってきた。
「マコト先輩、一昨日遊びに誘ったんですけど見ました?」
「……ん? 見てねぇけど」
どうやらこの前トモキの顎にパンチした女が俺だとはバレていないようで安心する。
「出た! 裁きを与える地獄の閻魔マコト先輩と地獄の番犬(ケルベロス)トモキ先輩のタッグ!」
「かっけぇ〜!!」
「うっっひょ〜!!!」
一昨日トモキと一緒にゲーセンにいた奴らが俺とトモキを見て興奮していた。
俺とトモキは親友であり良い喧嘩のパートナーでもあった。たった2人で他校から喧嘩に来た30人の輩と対等に戦って追い払ったという伝説を持っている。
その時の喧嘩場になった所が血痕だらけだった事から、俺とトモキ2人が揃った周りの空間の事を地獄も呼ばれており、一定範囲内に近づく者はいない。
このタッグは女子からも人気であり、腐女子? とかいう奴らに人気らしい。
「一昨日ゲーセンで何かあったか?」
念の為、女装した俺がバレていないか聞いてみることにした。
「なんでゲーセンって分かったんですか?」
「えっ……と、シズキに聞いたんだよ」
危ない危ない。こいつどこまで先の事考えて話してるか分からないから下手な事喋れないんだよな。
多分もし俺が何かやらかしたとしたら、次この学校のリーダーになるのはトモキだろう。
「いや特に何もなかったですよ」
「そ、そうか」
それ以外は特に話す事がないらしい。
つまり俺の女装はバレていない、という事だな! というか、顎殴られたのに何もなかったっていうのか。凄いな。
その日、安心して1日を過ごす事ができた。
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