壬生について
縁側で浴びる夜風は気持ちよかった。初夏の冷気は肌に心地良い。ひょっとこ面さえ着けていなければ、なんと優雅な情景だろう。
結論から言うと、ひょっとこは私から離れてくれなかった。着け方が悪かったのか、あるいは呪われているのか知らないが、洗面所で長らく悪戦苦闘したうえ、私は一時的に敗北を受け入れたのだ。
おそらくは顔がむくんで、ぴったりとはまってしまったのだろう。そう結論づけると、案外安楽な気持ちにはなった。なるようになる、というわけだ。しかしながら、ひとつだけ
見た目は細面の眼鏡女子、中身はゆるふわガール。以上だ。ちなみにゆるふわなのは主に頭の構造のことである。
たとえば、彼女は我が大学の文芸部に籍を置きながら
確かに我々は毎年山ほど鈴カステラを作るのだが、年中カステラ作りに励んでいるわけでもなければ、鈴カステラの秘伝のレシピなどもない。なぜ、と
そんな彼女は、文芸部のご
しかしながら彼女が気にならないわけではないこともない、というのは虚言であり、その虚言も裏返せば嘘と言えなくもない。この辺のことについては誤魔化すに限る。そういうわけで、私は彼女にひょっとこ姿を見られたくないのである。茶化され、笑われるのが嫌なのである。その理由は深堀しないでくれたまえよ、キミ。
初夏の風が肌を撫でていく。素朴な庭は月光の下で静かに眠っている。
背後の
本来彼女は、こんな晩まで呑んでいるべきではなかったのだ。終電を逃したとかなんとか言っていたが、こんな裏通りの長屋に深夜まで居残るとはなんたるゆるふわだろう。危機感もふわりふわりと宙に浮かび霧散してしまったのであろうか。さすがの同志たちも彼女と共に雑魚寝とはいかず、別室をあてがいつつもお互いを
さて、彼女に関する記憶の
しかし、良い晩だった。静かで、薄明るい深夜。頭は
ひょっとこさえなければ、と考えてしまうのは自然な事だろう。それだけが異分子なのだ。喜劇じみて見えることを恐れて、
不意に、床板の
床板はリズムよく軋む。段々と音が近くなる。
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