第90話 呼びかけ
玄関扉を少し開けた時、中で声がした。
廊下の先の部屋、リビングルームで誰かが話している。
話の内容までは聞こえないが、誰かに向かって話しかけている女の子の声だ。
私は直感した。
この声メイちゃんの声だ。
「栗山メイが家の中にいます」
横でマッスー主任の顔色が一気に変わるのがわかった。瞬時に胸ポケットから万年筆を取り出し、構える。
「応援を呼ぶ」
携帯電話を取り出し、連絡をとっているのは大賀補佐だろう、口ぶりでわかった。
マッスー主任は話し終えると、携帯電話をしまった。
「これから応援が来る。おそらく10分程だろう。我々はそれまで待機だ」
「地域魔術師組合を呼ばないのですか?」
「それは、最終手段だ。一般人に被害が及びそうな時だ」
万年筆を構える姿勢は崩さず、場馴れしている雰囲気が漂う。いつの間にか、万年筆のキャップは外されている。
不穏な動きがあったら、主任は瞬時にレーザーを栗山メイに撃ち込むだろう。
「待ってください」
私は思わず、考えるよりも先に、手で主任の持っている万年筆を押さえ、口が出てしまった。
「危ないぞ! 手を離せ!」
矛先を向けるべき相手に気づかれないよう小さな声であったが、強い声で私を叱責し、手を払われる。
「私は彼女の知り合いです。姉妹に近い関係でした」
マッスー主任の眼をじっと見つめる。
「私に少し話をさせてもらえませんか」
「ダメだ。それは危険すぎる」
「お願いします! 話をしたいんです!」
私の視線に耐えられなくなり、主任は目をそらす。
「その気合は嫌いじゃない。いつもの仕事にも向けてほしいものだな。俺がここでダメと言っても、行くんだろ」
私は黙って頷く。
主任は「後で補佐にどやされるな」とため息混じりに呟いた。
「くれぐれも、死ぬなよ。俺の判断を後悔させないでくれ」
「わかりました」
力強く頷き、音をたてないよう玄関扉を開け、中に入る。
直線にのびる廊下の先には、リビングルームと隔てる戸があり、戸から先の状況はわからないが、少し開いた戸の隙間から声が聞こえてくる。
聞こえてくる声は、栗山メイのものだけだが、楽しそうに誰かに話しかけている。
私は万年筆を片手に持ち、靴を履いたまま玄関をあがり、忍び足で廊下を進む。次第に話し声がよく聞えるようになり、直感が確信に変わる。
一緒に生活をし、時には悩みを相談し合ったメイちゃんの声だ。少し舌足らずで話し声が幼くあり、それが可愛く感じる声だ。
戸の前に立ち、聞き耳をたてると、その話し声は突如止まった。
「そこにいるのは、だぁれ?」
聞き覚えのある声は、私に向けられている。
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