第68話 化け猫

「生きてる人間がパレードに参加するのは、そんなに珍しい事じゃない。まあ、大抵は泥酔していて本人が知らないうちに、勢いで妖怪と一緒に市内を駆け回っている」


人形がお猪口を持ち上げ、口に日本酒を流し込む。


「野球中に犬が入ってくるような、サプライズイベントで妖怪はそう言うのが大好きだ。だから、故意的に誘導するからたちが悪い」


「えへへ」とミカンさんは照れくさそうに笑う。

「ただ、その女の子は酔っていなかったです。私も化け猫の端くれですが、恐れることもなく、普通に話しかけてきました。『賑やかだね』って」


尻尾が2本あり、人の言葉を話すが、それ以外は普通の猫と変わらないので、あまり恐怖は感じない。


その心を読み取ったのか、ミカンさんは私をひたと見つめる。


「私、わかるんですよ。恐れとかの感覚が、長生きしていると自然に身につくんです。貴方も私を恐れていないですよね」


言い終えると、ミカンさんの毛が逆立ち、広がる口から隠れていた鋭い牙が光る。眼は瞳孔が広がり怪しい光を放ち、全身から黒い炎のようなものが立ち上がる。


私は殺意に満ちた瞳で見つめられ、心臓を握られた気分になる。嫌な冷たい汗が身体をつたい、少しでも距離をとろうと、座ったまま後退りするが、壁にあたり、これ以上下がることができない。


「ありがとうございます。実技試験でも満点とれそうです」


そう言うと、ミカンさんは何事もなかったかのように、元の姿に戻った。


「おっそろしー」

「恐ろしいですね」

人形や大賀補佐が口々に言うと、ミカンさんは嬉しそうに「ありがとうございます」と頭を下げた。


物の怪の世界では、『恐ろしい』という言葉は褒め言葉という意味合いで使われるようだ。


大森さんだけは「可愛い」と小さな声で呟いた。


私の心臓のバクバクは止まらない。

恐怖で何も言葉にする事ができなかった。


「突然で失礼しました。このように、運動会のクライマックスは気合を入れないと、たしなめられてしまいますので、化け猫たるもの由緒ある同族の名を穢さないよう、本気で取り組みます。体力はないですが」


冬の夜、路地裏で本気のミカンさんを見たら、腰が抜けて立ち上がれなくなるだろう。少なくとも私はそうなる自信がある。



賑やかだね。などと軽く声はかけられないだろう。


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