第60話 ヨーヨー

結論から言うと、アンさんは魔法使いではなかった。

しかし、魔力的なものを匂いで感じることができる特殊な嗅覚の持ち主とのことだった。


「あー、この匂いたまらない! 一生嗅いでられる!」


数分ごとに人形を掴みあげては、顔に近づけて匂いを堪能している。人形はその度に「ヤメロー」と苦痛な悲鳴をあげる。


「こいつ何食べるかな? 人形だから、、やっぱり消しゴムだよね!」


机の上の消しゴムを掴むと、口をこじ開け赤色の口に消しゴムを押し込んでいる。


「よく噛んで味わえ! イチゴの香り付きだぞ!」


アンさんは強引に人形の口を両手で閉じさせ「むしゃむしゃ」と自分で声に出して顎を動かす。


人形は「アガガ」と声にならない音をあげる。


私としては、人形が気の毒でならず、どう言うべきかこまねいていた。


「その人形、人間らしいですよ」


「知ってるよ! 霊福の面長のツヨシでしょ? 気に食わない野郎だった!」


彼女は、人間だということを存じて消しゴムを食べさせようとしていた。


「いつもいつも似合わない緑のズボンばっか履きやがって! そうだ! いい事思いついた!」


貼り付けていたガムテープをビリビリと剥がす。


「パンツ脱がしてみよう!」


「それはやめたほうが、、、」


「やだ! 気になるじゃん! 絶対ふにゃふにゃ! 見てみたいじゃん! 毛は生えてんのか! お前は!」


ガムテープが剥がれ、緑色のコーディロイのズボンが現れたところで、人形は大きな雄叫びをあげ、全身の力で足をバタつかせ、襲いかかる手を払うと、机の上を駆け出した。


慌てて、私が掴もうと手を伸ばすが、その手をすり抜け、ペンたてを弾き飛ばし、紙を散乱させ、机上を走り抜ける。


「逃げるな! オモナガ!」


アンさんが机の引き出しからヨーヨーを取り出すと、振りかぶって投げつけた。勢いよく赤色のヨーヨーが飛び、人形を通り過ぎたところで、クイッとアンさんは紐を引く。


ヨーヨーはブーメランのように宙で曲がり、紐が人形の首をぐるぐると巻きつける。


「ヒット!!」


首を締められた人形は後頭部から机に倒れ込み、苦しそうに悶える。



「私から逃げようなんて一億万年早い!」



「ちょっと、何してるんですか! アンさん!」

振り向くと、出社した先輩が呆然と立っていた。


「それ、面長のツヨシさんですよ!」


「うん! 知ってるよ! 遊んでた!」


ヨーヨーで首を締められた元人間の吊り下げ、アンさんは満面の笑みで言う。


力なくぶら下がる人形の口から、消しゴムがこぼれ落ち、床に転がった。


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