第58話 アイスパック

「それで、お前、なんかしたのか?」


大賀補佐に助けられた私は、会議室を出て、自分の机で首を頂いたアイスパックで冷やしていた。借りた手鏡を見ると、赤い痣になっている。


事の顛末を聞いた課長が無神経に聞いてくる。


「私は何もしてません」


強い口調で答えると、課長は悪びれた様子もなく、頭をポリポリと掻いた。


「だよなー。いや、勤務初日から災難だったね」


私はもう一度、手鏡を見つめる。

人形の見た目をしているが、大人の人間と同じぐらいの力があった。大賀補佐は助けてくれるのが遅かったら、間違いなく絞殺されていただろう。


「こういう事って、よくあるんですか」


課長が頭を掻く手を止めた。

「んー」言葉に悩んでいる。


「まあ、慣れるよ」


とんでもないところに就職してしまったようだ。

私だけではない、さっきの大森さんの上司の言葉も引っかかる。


それだけを言い残すと、課長はそそくさと席に戻って行った。私はハンカチで巻いたアイスパックをまた首に当てる。


痛みは和らぐが、嫌な感触は残ったままだ。


再度、事情聴取をしていた大賀補佐が部屋に戻って来て、課長に報告をするが、先程以上の情報は得られなかったようだ。


「お疲れ様。今日は帰ってゆっくり休みなさい」


大賀補佐は私の席に来て肩をポンポンと叩いた。

気付けば、時計の針は7時を指していた。


長い勤務1日目が終わった。


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