第8話
その日、家に帰った俺は樹に教えてもらった掲示板を巡回していた。
どうやら妄想空間に入れる人というのは、ただただ妄想が激しい人ばかりというわけではないらしい。
過去に何かトラウマがあって、そのことがフラッシュバックして自発型になった人もいれば、あの汚いおっさんみたいに妄想が空想の域を出ている、というやつもいた。
とにかく妄想というのは厄介で、考えてみると当たり前なのだが、自分に都合のいいことばかりではない。
嫌なことでもついつい考えてしまって落ち込むのと同じように、妄想空間内でも、妄想してしまえばそれは現実になってしまう。
便利そうに思えて、とてつもなく危ないものなのだ。
完全に自分を制御できる人間でないと、その空間も完全ではないということだ。
完全な人間なんて、この世にいるのか。
そんなの神様くらいのもんじゃないのか。
「はあー」
俺はため息をつきながら、そのまま後ろに仰向けに寝転がった。
指の先にふわふわしたものが当たる。
猫だと思い、それを撫でる。
ぱぁん!!!!!
!?
いきなり頬をぶっ叩かれた。
そこには片桐がいた。
「お、お前なんでここに
「そっちこそなんで私のせかいにいるの?」
「いや、ここ俺の家・・・」
しかしまわりを見渡すと、そこは・・・女の子の部屋だった。
「初めて入った・・・」
「ハァ?」
「や、なんでもない!ていうかここ、お前の部屋?」
「まあ、そうだけど・・・それより、なんであんたがここにいるのよ。」
「ああ、俺、寄生型だから。」
「寄生型?」
「人の妄想に寄生して、人の空間に入り込んじゃうタイプのやつのこと。」
「気持ち悪る・・・出てってよ。」
「お、おう。悪いけど、寄生型は自分で出れないんだ。」
「はあ、もう、いいわ。」
「・・・なんかごめん。」
「それで?」
「え?」
「あんたが寄生型なら、私みたいなのは、なんていうの?」
「自発型って呼ばれてる。」
「まんまね。」
「寄生型より10倍マシだ。」
「はは、確かに。」
彼女はあどけなく笑うと(初めて笑った)、高価そうなプリンを発現させた。
「他には?」
「寄生型って、空間に入れる人全体の1%ぐらいしかいないらしくて、だから今みたいに寄生型が自発型の空間に紛れ込むことは殆どないんだ。」
片桐はプリン用の皿を取り出し、プリンの容器の底の突起をプチっとした。
「大抵は自発型同士の空間がつながったりして、二人以上の人間が鉢合わせになるらしい。」
「空間に入れる人はどれくらいいるの?」
片桐はプッチンプリンした。
「一万人に一人ぐらい。」
「・・・ない。」
「・・・何が?」
「カラメルソースよ!あれを上からかけて、初めてこのプリンは完成するの!」
片桐のプリン愛は相当なものらしい。
「ちゃんと探せよ。」
「探してるわよ。」
片桐は急に気分の悪そうな顔をして、カラメルソースを探すのをやめた。
「諦めるの?」
「・・・」
彼女は渋々プリンを食べ始めた。
カラメルソース、またつくればいいのに。
「・・・他には?」
「んー、妄想空間で殺人があったらしい。」
「え?」
片桐はプリンを頬張る。
「これは木村から聞いたんだけど、あいつ曰く、本当に殺されたんだって。」
「妄想なのよ?」
再び片桐はプリンを頬張る。
「確かにそうだけど、昨日ドラゴンに追いかけられた後、俺、筋肉痛になったんだ。」
「あれは多分脳が実際に走った時と同じ刺激を受けて、そう思い込んでるだけよ。」
三度、片桐はプリンを頬張る。
「じゃあ妄想空間で殺されたら、現実世界でも死ぬんじゃないの?」
「・・・」
その沈黙は、妄想空間の脅威を感じた片桐が戦慄したためのものではないのだった。
・・・気付いたか。
カラメルソースはプリンの下から出てきた。
間抜けな片桐は、カラメルソースを置いたままの皿の上にプッチンプリンしていたのだ。
ニヤニヤしている俺に片桐は気付く。
「この前の仕返しって訳?」
「ドラゴンに比べたら軽いもんだろ?」
「信じられない!あなた何をしたか自分でわかってるの?!」
「またつくればいいじゃん。」
「これは食べ物に対する冒涜よ!」
「これもどうせ妄想だろ?」
「〜〜〜〜〜!!!」
俺はあらゆる罵詈雑言を吐かれ、おまけに一発蹴られてから、空間から追い出された。
あいつのプリン愛がここまでとは。
それにしても、あのドラゴンなんだったんだろ・・・
結局聞きそびれたな。
そういえば、なんで俺片桐と普通に話せてんだろ・・・
中学の頃は、一言も話せなかったのに。
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