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 集落の人口は六十人程度だ。年寄りや中年ばかりで似たような顔が多かった。

 この地区では月に一度、寄り合いと生活雑貨の配給があり、集会所で皆と顔を合わせる。町に出るのは確かに難儀なので、まとめて買い物を頼んでおき、寄り合いのときに受け取る者も多い。買い出しは篠沢が担当しており、宣子が彼と顔を合わせるのもそのときくらいだった。

 特に関心がなくても、全員の顔と名はやがて憶えてしまった。なにしろ人数が少ない。

 集落の住人にとっても新入りは珍しいらしく、誰もが気さくに声をかけてくれた。

 善良なひとたち。

 罪のない詮索やお節介に困ることもあったが、問題は少ない。

 選花場の仕事も毎日が同じことの繰り返しで平板に過ぎる。

 夕方、選花場には西日が差し込んでいた。宣子は黙々と作業に従事していた。

 「あ、弥絵」

 向かいに座る初老の女——中島が言った。

 宣子が花を選り分けていた手を止め、顔を上げると、サッシの扉のむこうに少女の半身が見えた。

 「お兄ちゃん、いる?」

 少女は小声で言った。

 「一志ならまだ温室じゃないかな」

 「ありがとう」

 さっ、と消えた。

 まるで小動物のようだ。

 ……上条兄妹って、なんだか野性的だと思う。

 弥絵が消えた方向を眺め、手を止めていた宣子に、中島は微笑みかけた。

 「歳の近い友達ができなくて、あんたも大変だね」

 宣子は曖昧に笑った。

 弥絵は十三になったばかりで、六つ歳上の宣子とは話が合わないようだった。昼間は隣村の中学へ通う弥絵とは、隣に住んでいても出会う機会が少ない。月に一度、集会所で顔を合わせるくらいだった。弥絵は人見知りをするようで、兄にしか懐いていないように見えた。

 べつに、友達はいらない。

 移住した集落に、若者、もしくは子供と呼べる人間が自分のほかにふたりしか居ないという現状。宣子にはそれがふしあわせだとは思えなかった。自分には関わりのない、ただの事実にすぎない。

 「あの子のとこはね、去年、お父さんが亡くなったばかりで」

 「そうなんですか」

 特に関心はなかったけれど相槌を打った。

 「いまは、子供ふたりで住んでるんだよねえ。あんたが隣に来てくれて喜んでいると思うよ。仲良くしてやってね」

 「はい」

 ……そんなに嬉しそうには見えなかったけど。

 無難に頷いたものの、実際に仲良くなれるとも思えない。

 ふたたび花に手をかけながら彼女は思った。

 たぶんあのお兄さんのほうはわたしのこと嫌いなんじゃないかしら?

 引っ越しの手伝いに来てもらって以来、特に会話は交わしていなかった。職場でたまに目が合うと逸らされるし、集会所では睨まれていると感じたこともあった。

 理由は判らないが敵意を持たれている気がして、なんとなく怖い。ただの自意識過剰ならいいのだけれど。

 放っておいてくれれば一切関わらないのに、と思う。

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