また能力を把握したい第九話
そう言えば、女召喚術士を催眠して木の枝にぶら下げたまま放置していた件。
街に戻る前に気づいたので、走って引き返すことにした。
「んあ? 戻ってきたのか?」
「忘れ物してた。邪魔して悪いな」
「いや、もう一通り話し終わった所だ」
崖の下の平原を見ると、まるで何もなかったかのように元通りである。こいつも大概規格外だな。
「じゃあ、アリーヤは返してもらうぞ」
「あいよ」
「……」
何故かアリーヤは、俺の台詞に体を硬直させた。顔色は随分と暗い。
「……おいおっさん、アリーヤになんかしたか?」
「ちょっと話をしただけだって」
……確かにアリーヤを「鑑定」しても、状態異常は見られない。となると、こいつがアリーヤに話した内容か。まあそれはアリーヤから後で聞き出せばいいか。
吊り下げていた女召喚術士を回収して肩に担ぎ、アリーヤに言う。
「アリーヤ、戻るぞ」
「あ、その」
歯切れが悪いながらも、アリーヤは俺に言った。
「依頼では今夜まで外にいることになっています。私は一人で大丈夫ですから、イノリは先に帰ってもらえますか?」
「む」
そういや確かに、アリーヤは冒険者ギルドの依頼で外にでているから、今夜街に戻るのは不自然だ。逆に俺は宿屋に泊まっている事になっているので、街に戻らなければならない。
そう考えれば無難な選択肢に思えるが……
「まるで今夜は一人にしておいてくれ、とでも言っているようだな」
「っ」
俺の言葉に、アリーヤは息をのむ。
或いはまだおっさんと話したいことがあるのかもしれないが、おっさんに目配せすると、おっさんは首を振った。おっさんにももう話すことはないらしい。
アリーヤを見れば、彼女は気まずそうな、それでいて不安げで何かを思い詰めているような表情で沈黙している。
……彼女の精神衛生上、無理矢理に連れて行くのもよろしくなさそうだ。
「わかった。今夜は好きにして良い。明日の夕方には宿屋にきて俺と合流しろ」
「……わかりました」
アリーヤはどこか安堵したような表情で、俺の言葉に頷いた。
肩に担いだ女召喚術士から少々情報を聞き出しつつ、街に戻る。
犯行に至った動機、魔人と魔族の関係、加害者と容疑者の背景など、まるで取り調べでもしているようだが、大体状況を把握できた。
その途中で、彼女の服をまさぐり、一つの魔動具を手にする。
「これか」
《探知》などのこの世界の索敵能力に対抗する、いわばジャミングの魔動具だ。ちなみにかなり希少らしい。
このせいで《探知》に反応しなかったのだが、シルフなどの精霊から見れば違和感バリバリらしい。まあ使えそうなので貰っておくが。
また今後も彼女も使えそうなので、人目に付かないところに置いておきたい。街の中は論外なので、街の外、森の中で目印になりそうな木を探す。
「……あれでいいか」
うろが特徴的な木を発見。道順は映像記憶出来ているため、迷うことはないだろう。
木の根元の地下に、地下室を作りだす。迎撃装置さえつけておけば基地として《武器錬成》できる。もう何でもありか。
この《武器錬成》、どうも新しい機能が付け加わったみたいだが、効果のほどは確認できていないため、今回は使わなかった。
必要最低限の地下室が出来たら、一日分の水と食料と共に女を放り込んでおく。催眠状態を維持して、必要な分食べるように命令すれば、生きていく上で最低限は問題はないはずだ。
人権無視どころの騒ぎじゃないことやっているが、あれだ。
バレなきゃ犯罪じゃないんですよ。
宿屋に帰ってきました。
今夜は色々あったが、ひとまず落ち着いたところでステータスを確認することにする。
高富士 祈理
魔族 吸血鬼(子爵級)
Lv.19
HP 6406/6406(+2100+524)
MP 32037/43174(+21000+637)
STR 6845(+2100+612)
VIT 6098(+2100+337)
DEX 5608(+2100+491)
AGI 8507(+3100+782)
INT 12839(+6200+664)
固有スキル
《成長度向上》《獲得経験値10倍》《必要経験値四半》《視の魔眼》《陣の魔眼》《太陽神の嫌悪》《吸血》《子爵級権限》《スキル強奪》《闇魔法・真》《武器錬成》《探知》《レベルアップ》《スキル習得》《王たる器》《武術・極》
一般スキル
《剣術 Lv.8》《隠密術 Lv.9》《投擲術 Lv.10》《短剣術Lv.8》《飛び蹴り Lv.10》《詐術 Lv.8》《罠解除 Lv.6》《飛行 Lv.7》《罠設置 Lv.6》《噛みつき Lv.10》《跳躍 Lv.10》《回避 Lv.9》《姿勢制御 Lv.8》《糸術 Lv.8》《弓術 Lv.4》《杖術 Lv.3》《拳術 Lv.3》《棍術 Lv.3》《盾術 Lv.5》《刀術 Lv.3》《槍術 Lv.5》《射撃 Lv.3》《火魔法 Lv.1》《水魔法 Lv.1》《風魔法 Lv.1》《土魔法 Lv.1》《光魔法 Lv.1》《闇魔法 Lv.1》《魔力操作 Lv.1》《鎧術 Lv.3》《歩法 Lv.3》《暗殺術 Lv.5》《暗器術 Lv.3》《料理 Lv.4》《掃除 Lv.4》《洗濯 Lv.3》《運搬 Lv.3》《裁縫 Lv.4》《奉仕 Lv.3》《商売 Lv.4》《暗算 Lv.4》《暗記 Lv.4》《介抱 Lv.3》《策謀 Lv.3》《達筆 Lv.3》《速筆 Lv.3》《農耕 Lv.3》《並列思考 Lv.4》《速読 Lv.3》《手品 Lv.3》《酒乱 Lv.5》《性技 Lv.7》《思考加速 Lv.5》《空間把握 Lv.5》《宴会芸 Lv.3》《ペン回し Lv.3》《ボードゲーム Lv.3》《賭事 Lv.3》《強運 Lv.3》《凶運 Lv.3》《女難の相 Lv.3》《絵画 Lv.3》《演奏 Lv.3》《建築 Lv.4》《歌唱 Lv.3》《ダンス Lv.5》《宮廷儀礼 Lv.3》《ポーカーフェイス Lv.6》《反復横飛び Lv.3》《縮地 Lv.3》《早撃ち Lv.3》《二刀流 Lv.3》《緊縛 Lv.3》《ナンパ Lv.3》《ウィンク Lv.3》《作り笑い Lv.3》《我慢 Lv.3》《恐怖耐性 Lv.3》《痛覚遮断 Lv.5》《毒耐性 Lv.7》《魅了耐性 Lv.3》《熱耐性 Lv.3》《物理耐性 Lv.3》《寒耐性 Lv.3》
称号
魂強者 巻き込まれた者 大根役者 ジャイアントキリング クズの中のクズ スキルホルダー 殺戮者 殲滅者 無慈悲 無敵 進化する者 天災
……うん。めっちゃステータス上がってるね、ってことしかわからん。これまだ、さっきの虫の大群の血を吸ってないステータスだぜ?
そして実はずっと懸念していたことがある。爵位が上がったせいで、《成長度向上》《獲得経験値5倍》《必要経験値半減》が進化している。そしておそらく、レベルが上がりやすくなっているし、レベルアップによるステータス増加率も増えている筈だ。
馬鹿なの?
そこは上げちゃいけないとこなんじゃない?
レベルを上げればステータスの上昇率も上がるなんて、まさしく「レベルを上げてステータスで殴れ」状態ですよ?
……まあ、とりあえずそれぞれのスキルがどう変わったのか、確認していこうか。
《成長度向上》
これはステータス増加率の上昇だろう。計算してみるに、多分上昇率は五倍くらいになっている。自重しろ。
AGIとINTはよく分からんな。後々検証が必要だ。
《獲得経験値10倍》《必要経験値四半》
単純計算で男爵の時と比べると四倍くらいレベルが上がりやすくなっている。レベルが上がれば上がるほど上がりにくくなるだろうから、結果的にはどっこいどっこいだとは思う。
《視の魔眼》
「千里眼」の範囲が拡大したらしい。といっても、今まで千里眼の限界を感じたことがなかったからよく分からん。
……と思っていたのだが、少し動かしてみると、どうも壁などの障害物も通り抜けられるようになったらしい。壁の中では視界に何も映らないが、「透視」を併用すれば不自由はない。
《陣の魔眼》
消費魔力が半減したんだったな。単純に、転移の回数が二倍になった、と考えていいだろう。
《太陽神の嫌悪》
ステータスが昼間に五分の一に減るらしい。元々十分の一だから、単純計算で今までのステータスの二倍で昼間に活動出来るようになった、ということだな。
《吸血》
どれくらい吸血速度が上がったのかは知らんが、以前はそこそこ時間を使っていたから、多少助かるな。
《子爵級権限》
男爵から子爵に上がったと。まあ結局自分が吸血して作った喰屍鬼しか従えられないんだ。ほとんど変わらない。
《スキル強奪》
今までは一つだったのが、確率で二つ奪えるようになったらしい。……よりステータスがゴチャゴチャする未来しか見えないんだが。
《闇魔法・真》
「支配」の速度上昇は、やはりどれだけ速くなったのかが気になるところだ。もしかしたら戦闘中に「支配」することも組み入れられるかもしれない。今までは事前に「支配」するしか無かったからな。
《武器錬成》
「原子錬成」ですってよ奥さん!! 正直今回の件で一番嬉しい事ですよ! 試したい。非常に試したい。一通りスキルの確認が終わったらすぐ試そう。そうしよう。
《探知》
「千里眼」と同様、範囲が拡大したらしい。感覚的には確かに広くなっている気がするな。
《レベルアップ》
効率二倍て……。
前言撤回。八倍だ。八倍もレベルがあがりやすくなっている。いい加減自重しろ。
《スキル習得》
これも効率が二倍か。まさか《獲得経験値四半》ってこれにもかかってくるのか? 確かそうだったよな。こちらもえらいことになりそうだ。
《王たる器》
配下のステータスが増加するらしい。フェンリルさんがさらに強くなってしまうと。
《武術・極》
人工知能が付いたって事か? まあ人工というか、神工というか……。相変わらず使いにくい能力だ。
残る一般スキルは、一様にレベルが上がったと言うところだな。《跳び蹴り》とか《跳躍》とかのLv.10のスキルはそのままだ。上位スキルとかは無いらしい。
他に特筆すべき点は無いかな。
では、お楽しみの「原子錬成」とやらをやってみよう。
「イノリ? 難しい顔して、どうしたの?」
俺の肩からシルフが声をかけてくる。
街に入る際、影の中を移動させることも、転移で連れて行くことも出来ないので、無理矢理起こしてから不可視化して入ってもらった。
不可視化は結構な量の魔力を消費する挙げ句、他人にかけることは出来ないという不便な代物だが、ほぼ完全なステルス能力を発揮する。
風の精霊だった頃は周りの精霊の力を借りれたため、もっと簡単に不可視化出来ていたのに、と嘆いていた。
ちなみに俺の「幻滅」で見破れます。
「いや、新しい、能力? の『原子錬成』とやらをやってみたんだがな……」
「……原子って何?」
「物質を構成する最小単位。さらに拡張すれば、複数の粒子の電磁相互作用による束縛状態」
「意味が分からないわ」
でしょうね。
「魔法以外の物質を構成する、非常に小さい粒子って感じだ」
「ふーん……で、『原子錬成』っていうのは?」
「化合物や単体の構成を組み替える……言わば原子レベルでの錬成らしい」
流石に原子を作ることは出来なかった。そして勿論、ある原子を別の原子に作り替えることもだ。まあそんなことできたらチート所の騒ぎじゃないのだが。
簡単に言えば、炭素と酸素から二酸化炭素を作ることは出来ても、鉛や鉄から金を作ることは出来ないって事だ。
「それってすごいのかしら?」
「すごいぞ。俺の元の世界の知識にある化合物を作り出せるからな。錬成の幅が広がる」
「じゃあなんで難しい顔してたのよ」
「思いの外、使い勝手が悪くてな」
まず問題として、化合物の構成を非常に鮮明に思い浮かべなければ、錬成できない。ただ普通に《武器錬成》する場合には、多少想像があやふやでも、スキルの補正で完成させてくれる。だが「原子錬成」に限ってこの補正が無いのだ。
具体的に何が出来ないかと言えば、まず記憶があやふやな化合物はまず錬成できない。当然の話だが、結構重大だ。何せ高校生が所有する化合物の知識なんてたかが知れている。その中で実用性の有るものなど、殆ど無いも同然だ。
そして次に問題なのが、高分子化合物のほとんどが錬成できない点だ。理由は簡単。鮮明に思い浮かべることが出来ないためだ。
多少炭素の分子数が多い化合物──油脂、単糖、アミノ酸などならば、まず紙に構造を書いた上で「映像記憶」してしまえば問題なく錬成できる。
だが紙に書ききれない、繰り返しがある高分子化合物は錬成出来るはずもない。
となれば、高分子化合物であるセルロース、タンパク質、DNAは当然として、熱硬化樹脂や熱可塑性樹脂、ポリビニル系なんかも錬成する事は出来ない。その上、おそらくイオン結晶や、共有結晶なんかも錬成できないだろう。
簡単に言えば、プラスチック類、炭素繊維、ダイヤモンドは作れないって事だ。
問題はそれ以外にもある。
錬成した化合物で出来た武器や、化合物を含んだ武器なら作れるが、単純に化合物のみを作ることは出来ない。
何が問題かというと、先に言った高分子化合物を、段階を経て作ることが出来ないのだ。
高校化学の範囲なら、高分子化合物を
という内容を、噛み砕いてシルフに説明した。
「さっぱり分からないわよ」
でしょうね。
「後は……俺の知り得ない原子は錬成出来ないことだな。つまり、この世界にあって俺の世界にない、魔法金属なんかを『原子錬成』するのは無理だ」
「あら、それって雑魚じゃない」
「雑魚ってあんた……」
「だって、魔力も帯びていない物質なんて、雑魚も同然よ」
それが精霊の価値観なのだろうか。
目に見えて落胆するシルフ。……ならば目に物見せてやろう。
「はい、ここにこんな物があります」
と言いつつ影空間から取り出したのは、ミスリルで出来たナイフだ。
「ミスリルのナイフね。純度は35%ってとこかしら」
「一目で分かるのか」
「魔力を視れば簡単よ。精霊なら誰でも出来るわ」
まあそれなら伝わりやすくていいだろう。
これの純度を上げてみることにする。
──「原子錬成」
「……すごい。どんどん純度が上がっていくわ……。ねぇ、魔法金属は錬成出来ないんじゃなかったの?」
「逆に考えるんだ」
確かにミスリルを「原子錬成」で抽出する事は出来ない。ならば逆ならどうだ?
このミスリル内にある不純物は、ミスリル融点が等しくなった金属だ。だから思いつく限りの金属元素を抽出していく。
「──ふう、こんなものか。随分小さくなったが」
「純度98%……こんなの滅多にお目にかかれないわ……」
それでも100%には届かないか。俺の知らない元素である魔法金属はミスリル内に残る。それ故の純度と言うところか。
「しかもこれ、性能自体は100%のミスリルに引けを取らないわよ。……微量にオリハルコンが含まれているから、それが原因かも」
「オリハルコンなんて有るんかい」
ま、とにかくシルフにも「原子錬成」の威力を分かってもらえたようだ。
ではそろそろ本命の錬成をするとしようか。
「これからまた実験するんだが、一応ある程度離れとけ。ついでに鎮火の備えを」
「何作るの?」
「ちょっとばかり火薬をね」
だが、別に黒色火薬にこだわる必要なんて無い。もっと高性能な火薬が、元の世界にはある。
影空間から木片を取り出して、準備完了だ。
構造は単純。
原料は、木片の中の炭素、水分と、空気中の窒素のみ。
──「武器錬成」
一瞬の後、手のひらに出来た黄色い粉末を確認する。
2,4,6-トリニトロトルエン──通称TNT。
核兵器の威力換算にも使用される、有名すぎる火薬だ。
黒色火薬の二倍の威力を誇り、安定していて多少の衝撃や熱では爆発しない。さらに爆発時に煙も殆ど発生しない。
……うむ。鑑定結果もトリニトロトルエンだ。成功したようだな。
「成功したの?」
「ああ。これなら銃も実戦で使えるかもな」
出来た火薬を、さっさと影空間にしまい込む。
火薬の問題が解決したなら、いくらでもやりようはある。
それにどうやら、火薬は単体で武器として認識されるらしい。戦闘中に咄嗟に作ってもいいわけだ。
他に火薬を作ってもいいのだが、そもそも火薬の構造などほとんど知らないし、トリニトロセルロース──強綿薬なんかは高分子化合物だ。ニトログリセリンなら作れるが、そんな危険物作ってどうするって話だ。
正直なところ、TNTさえあれば十分な気がするのだ。わざわざ他の火薬に手を出す必要は……
「……すまんシルフ。試したいことが出来た。さっきと比較にならないほどヤバいのが出来るかもしれないから、警戒マックスで頼む」
「いや何作ろうとしてるのよ」
おびえた様子で部屋の隅まで移動する。まあその程度では吹っ飛ぶだけな気もするのだが。
何故か火薬を調べていて、覚えやすい形だったから覚えただけの浪漫火薬。
深呼吸。
覚悟を決めて──「原子錬成」
再び手のひらに出来た粉末を確認する。
鑑定結果で名前ははっきりと、「オクタニトロキュバン」と書かれていた。
……本気でやばいのをあっさりと作れてしまった。
「原子錬成」は偉大である。
「……ねえ、強くなりすぎてない?」
シスター師匠が妙に怪訝な目で俺をみる。
今日は初めてシスター師匠と外で狩りをして、冒険者ギルドにかえってくるなりこの質問だ。
まあ原因はわかる。今日の外での実戦で、簡単に言ってしまえばやりすぎたのだ。
だってしょうがないじゃないか。もともとレベルアップでステータスがあがっている上に、昼間のステータス制限が緩和されたのだ。軽く見積もっても、昼間のステータスは昨日の三倍くらいになっているわけだ。それを隠すなんて無理難題すぎる。
とまあ言い訳を並べても仕方がない。まずは怪しんでいる彼女を上手いこと納得させなければならないのだ。
「……実は、魔動具が少し使えるようになって」
「初耳だよ!?」
言ってないし、嘘だからな。
「どうもあの武器屋の老執事が、俺が魔動具を使えない理由に心当たりが有ったらしくてな。試験的に今日使ってみたんだ」
少し苦しいか?
未だにシスター師匠は納得できていない様子だ。
「そんな話、いつしたんだい?」
「昨日修行が終わった後、偶然会ったんだ」
「……私に相談してくれても良かったと思うんだけど」
「驚かせたかったんだ」
「むー」
シスター師匠は頬を膨らませ、すねた表情を見せる。
……何とか誤魔化せたか? シスター師匠に魔動具の知識が無かったことが幸をそうしたか。
だが問題は山積みだ。俺が魔動具を使えない最もらしい理由をでっち上げなくてはならないし、後で老執事を見つけて「精神干渉魔法」で催眠し、工作せねばならない。
もうすでに老執事がこの街を出ていれば、それがベストなのだが……。
と、そこまで考えたところで、あっ、とシスター師匠が何かに気づいたように声を上げた。
「丁度良いところに! ねぇお爺さん、良かったら私にも詳しく話を聞かせてもらえないかい?」
そうシスター師匠は、隣のテーブルに座っていた男に声をかけた。
その男は執事服に身を包んだ、白髪の目立……つ……
「ふむ。あぁ、盗み聞きをするつもりは有りませんでしたが、聞こえてしまいまして、話の内容は分かっています」
何故!
なぜお前がここにいる老執事っ!!
街中ならともかく、冒険者ギルドの酒場だぞ!?
「あれ? そういえば、何でここに居るんだい? えーっと……」
「私はセバスチャンと言います。どうぞお見知り置きを。ちなみにここへは、護衛の依頼を出しに来たので御座います」
「ふーん」
ほかの街に店を移すとか言っていた、それでか。
いや、それよりこの状況はマズい……。シスター師匠は確実に質問するだろう。
そして案の定、だ。
「で、セバスチャンさん。キリが魔動具を使えなくなった理由を教えておくれよ」
「ふむ」
老執事は顎に手を当て、俺を見て考え込んだ。
まずい……まずいな。
というか詰んでるかこれは。何とかして夜に連れ出して、二人を「精神干渉魔法」で催眠するしか無い。それでもかからなければ、殺して森に埋めるか……。だがシスター師匠はともかく、老執事が外で死ぬのは不自然だ。だとすれば裏路地で……。いや待て、まず二人とどうやって夜に会うかが問題だ。今回の件で俺の信用が無くなれば呼び出すという手段も使えなくなる。アリーヤと連絡を取って何か仕組むか? いや赤の他人を催眠して使った方が効果的か……? そういえば子爵級になったのだから、昼間に使えるスキルも変化しているかもしれない……。もし《陣の魔眼》がつかえるなら今すぐにでも……。だがそれが使えるかは分からない。くそっ、「原子錬成」に浮かれすぎていた。昼間のスキルの検証もすべきだったか。だが後悔は後でいい。今はこの状況をいかに……
「キリ様が良ければ、ですが」
………………今なんと言った?
「は?」
つい唖然とした声を上げてしまったが、老執事はその顔に浮かべる微笑を絶やさず、言う。
「あくまでもキリ様の問題ですから。キリ様が良ければ、私もファナティーク様に教えるのは構いません。……それで、如何致しましょうか、キリ様」
こいつまさか……
「あ、あぁ。俺は構わない」
「ではお教え致しましょう。ファナティーク様。ただ、声は潜めて、内密にお願い致します」
察したというのか? この一瞬で?
「一般戦闘用魔動具の、駆動ベルトの材料はご存じですかな?」
「それくらいは知って居るさ。魔物の筋肉だろう?」
「その通りで御座います。人間や動物と違い、魔物は魔力を使って体を動かしています。故に魔物の筋肉は、魔力に感応して収縮します。その性質を利用したのが戦闘用魔動具です。しかし魔物とは不浄の存在。そのまま我々人間が利用するのは問題があります」
「だから教会でお祓いするのだろう? 私だって一神官だから、それもやったことがあるよ」
冒険者が狩った魔物の素材は、一度教会に運ばれ、浄化の処理をされる。ここに手数料が発生するが、パーティーの中に浄化できる神官が居れば、その手間を省けるため重宝される。
実際、今日俺たちが狩った魔物も、シスター師匠が浄化処理を行っていた。
「これは本来魔物が持つ闇の魔力を追い出すためで御座います。しかしこのプロセス故、大半の魔動具は闇の魔力では動かせない設計となっているのです」
「……ということは、キリはもしかして」
「ええ。珍しい事ですが、闇の単一属性でしょう。闇以外の属性を持たないがために、魔動具を使えないのです」
「それは確かに、簡単に口に出していい問題じゃないね」
この世界の魔力の属性は、2つ現れるのが通常だ。一つ突出した属性を持つならば、それと対になる属性がほぼ確実に現れる。
だが極稀に、一つしか属性を持たない者が生まれることがある。この場合は自身を対の魔力で守れないため、魔法が一切使えないのだ。
しかし、例え属性が一つでも、魔力さえあれば魔動具を使うことは出来る。
だが闇属性の場合だけは別だ。この世界の人間が、六つの属性のうち闇だけをのぞいた五つの女神を崇めているように、闇は不浄の属性として忌み嫌われている。
闇属性の魔法は研究されず、光属性を持つ者は闇属性を持つことに見ない振りをする。当然魔動具も、闇属性の魔力で遣えるようには設計されていないようだ。
闇の単一属性持ちというのは、居るとすれば悲惨なまでの虐待と差別に遭う。侮蔑の代名詞なのだ。
だからシスター師匠も、難しい問題だと納得しているわけだ。
「ならば簡単な話です。闇属性でも作動する魔動具を作ればいいので御座います」
「まさかっ……浄化していない魔物を使ったのかいっ?」
「いえ。主神に逆らうつもりなど御座いません。浄化された魔物の筋肉を使いつつ、闇属性でも使えるように属性変更機構を調整したのです。効率は大きく落ちていますが、キリ様の筋力ならば」
「問題ないという事か……。凄いねセバスチャンさん。もしかして凄腕の魔動具職人なのかい?」
「いえいえ。私など一介の鍛冶師に過ぎませんよ」
本でしか見たことがない知識が飛び交う会話であったため、介入することはかなわなかったが……。
老執事、いやセバスチャン。あんた神か。
あの一瞬で状況を察して、適切な理由をでっち上げてさも本当かのように語ってみせるとは。これが長年の経験という奴か。
もうあんたが神で良いよ。ステータスがノーマルだとは思えんな、おい。
と、そこでシスター師匠を呼ぶ声が聞こえた。
「ファナティーク様。鑑定が終了致しました」
「あ、今行くよ」
シスター師匠は受付までトテトテと駆けていく。
その姿を見送りつつ、老執事が俺に声をかけてきた。
「これで、宜しかったですかな?」
「……正直助かった」
「なに。大事なお客様で御座います故」
そう言って、老執事は笑みを深める。
こいつが勝手にやったことだから……と言うのは無理があるよなぁ。
「借りだ」
「と言いますと?」
「今回の件は借り一つ、ということで」
「律儀ですな」
老執事は小さく笑った後、にこやかに言った。
「では、機会がありましたら、助けて頂こうと思います」
「ああ」
俺が一つ頷いたところで、機嫌良さそうにシスター師匠が歩いてくるのが見えた。
まあきっと、いい結果だったのだろう。
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