第3話 出会い

「冒険者かぁ、一応そこも考えた事はあるんだけど......」


 買い物を終えた帰り道、ティナは先程の店員の言葉を思い出していた。


 『冒険者』、簡単に言えば何でも屋にも似たこの職は民間人からの依頼、通称クエストを受けてその報酬を得る事により生計を立てている。

 昔は採取クエストや未開の地の探索が多かったが、敵対生物群が現れて以降、討伐クエストや商人の護衛等が多い傾向にある。


 十三歳という低い年齢で雇ってくれる職場は少ない。友達のいない彼女は目指すものも無く、毎日を元騎士の父親と護身術の訓練に費やすか、外をぶらつくぐらいしかないのでずっと仕事を探していた。


 だからこそ明確な年齢制限が決まっておらず、実力が伴えば仕事を受けられる冒険者ギルドこそがうってつけの場所であった。

 実際、この国ではティナぐらいの年の子供は自営業を営む家の手伝いをするか、冒険者ギルドに入って相応の依頼をこなすというのが普通となっている。


 だが、ティナはそこがうってつけだと分かっていながらも入る気にはなれなかった。

 それは冒険者という職業はうまくやらなければかなりの低所得だという事と、ティナ自身が冒険者は自分の性に合わないと思っているからだろう。


 彼女としては、せめて毎日おいしいご飯が食べて行ける程度の給料に、何かやりごたえのある仕事がしたい所だった。


 そんな贅沢な考えを頭に巡らせながら中央通りを歩いていると、昨日までには無かった木製の大きな看板が見えて来た。よく見ると、看板の前には人が集まり何やらざわついている。


「なあ、いくら戦況が押されてるからって......」

「ここが最前線ならともかく、安全な王都で志願する奴なんているのか?」


 人々の注目の先、ティナもそれを見ようと人垣をすり抜け看板に記された文字を見ようとした。

 青と白が基調の軍服一式を纏い、長く鋭い槍を持った騎士が両脇に立つ看板には、王国軍からの急募と書かれた大きな紙が貼られていた。


「軍の募集看板か......」


 すぐ傍で戦いが起こっている地域なら志願者も増えるだろうが、ここは守りの最も固い王都であり、そんな危険が伴う仕事をしたいと考える人は少ないだろう。仮にいたとしても軍に志願する人間が少ない理由はもう一つあった。


「もしモンスター相手に腕っぷしを披露したいヤツがいるなら、軍よりもウチのギルドに入れよ! 討伐クエストならいっぱい余ってるんだ!」


 傍で掲示板を見ていた剣士の男が、周りの群集に向かって大声で叫んだ。


「「なっ!?」」


 目の前で広報を邪魔された騎士達は、顔をしかめ声に出るくらいに動揺した。

 このご時世、人気こそあるがその分トラブルも多い冒険者ギルドと、それの対処に追われる王国軍はあまり仲が良いとは言えず、たまにこうした小競り合いが発生する事がある。


「んー、それもそうだな。安全な王都で軍かギルドに入るってんなら、俺はまだギルドを選ぶよ」


 群集の一人がそう言うと、剣士の男は勝ち誇った様な笑みを浮かべた。

 周りも次第にギルド寄りの空気になり、冒険者に比べ人気の薄い王国軍に入隊したいと言い出す者は、結局一人も出なかった。


 軍にもギルドにも入る気が無い人間は、皆掲示板から離れて行きいつもの日常へと戻ろうとする。ティナもその空気に従いその場から立ち去ろうとすると、掲示板の脇に立っていた騎士が、先ほどの剣士の数倍はある大声で叫んだ。


「国の為に騎士を志す者には寮制度を実地している! 衣、食、住は全て国が負担し、更に訓練中の者には毎月十二万スフィアの給料が支払われる!」


 その場でティナの足が止まった。


「訓練を積み正規の騎士になった者には、更に多額の給料が支払われる事になるであろう!!」


 ティナに続き、もう一人足を止める者がいた。


「騎士となり功績を上げれば王より勲章が渡され、誰に対しても胸が張れる様になる!」


 もう一人足を止めた様だ。


「へー、寮なんてあるんだ......」


 っと、やりがいのある仕事を探していたティナは国防ともう一つ、寮生活というものにも同時に興味が湧き思わず呟いていた。すると。


「多額のお給料......、しかも訓練中の費用0......」


 ティナの右隣から少し震えた声が聞こえた。


「誰に対しても胸を張れる様になる......。そうすれば、もっと堂々と生きていける様に......」


 左からも小さな声が聞こえた。

 しばらくして、お互いの存在に気付かなかった三人は少々マヌケな表情で見つめ合った後......。


「「「ひゃっ!?」」」


 同時に声を上げ、三人はネコの様に一歩後ろへ飛びのいた。


「もしかして、いっ......今の聞いてましたか? 聞いてませんよね!?」


 慌てながらも敬語でそう叫んだのは、ティナの左隣に立っていた。やわらかな白髪をショートヘアに留め、髪の色と同じ白を基調とした服を纏う、ティナと同い年くらいの穏やかな容姿を持った少女であった。


「えっ!?」


 突然の事にティナが動揺していると、反対側からも慌てた声が聞こえて来た。


「いや私......、別にお金に困ってる訳じゃないから!! 絶対に、断じてそんなんじゃないからぁ!」


 っと勝手に自白したのは右隣にいた、こちらもティナと同い年くらいでサラっとしたストレートの黒髪を背中まで伸ばし、慌てふためく口元からは八重歯を覗かせた黒目の少女。


 二人が顔を近づけ、これ以上に無いくらい慌てた表情でティナに問い詰める。


「べっ、別に何も聞こえなかったわよ。っていうかむしろ、あなた達の方こそ私のひとり言、聞いてなかったでしょうね?」


 ティナが反撃とばかりに聞き返すと、二人は同時にチラッと別の方向へと顔を逸らした。


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