現実1-1


 白い。

 

 目が覚めると、私は白い天井を目にした。見慣れていない、何の飾り気もない天井だ。転んだまま横を向くと、同じ色をした壁が広がっている。コンクリートそのままの、冷たく、傷んだ壁。一方の壁には、腰くらいの高さに窓があるが、薄汚れた厚手のカーテンが閉められていて、外の風景は見えない。それでも、太陽の光がそのカーテンを通して感じられる。首を動かして、反対を見る。向かって遠くの、私の足側の隅に扉がある。アルミのような材質でできているようで、そこからも冷たさが漂ってくる。

 私は、こんな部屋を知らない。

 にも関わらず、強く気にはならない。きっと、まだ起きたところで頭が働いていないからだろう。そのまま私は首と目を動かして部屋の様子を覗う。この温かみのない部屋の中で、ふと色鮮やかなものが目に飛び込んできた。

 赤い花だ。

 寝転んだ状態で、頭をぐっと上に反らすと目の端に入ってきた。ベッドの枕側に台があり、そこに置かれた花瓶に生けられているようだ。私にはそれが何の花なのか分からなかったが、ただ一本だけ、真っ赤な花弁を誇るように咲いている。どうしてこんな所に花が置かれているのだろうか、ひどく不釣り合いで、余計に私の寂しさを際立たせてしまう。

 私の? なぜだろう、何故かそう感じた。この閉じられた部屋の中でこんなにも誇らしく咲いている花を見ると、私は窒息してしまいそうだ。

それなのに、いつの間にか私は右手を布団から出し、その花に伸ばしていた。その私の右手首に手錠のような枷が付いている。ベッドの下から繋がれているようで、これではまるで私は囚人だ。

「あら、目を覚ましたの?」

 とっさに右手を布団の中にしまう。部屋の入口に、知らない女性が立っている。半袖の真っ白な衣装を着ていて、縁のない帽子を被っている。看護師の格好に似ているが、どことなく違う気がした。

「それじゃあこれで体温、計って」

 ゆっくり近づいてきて、彼女に差し出された体温計を口に入れる。彼女の胸元には名札がついていて「安藤さやか」と書かれている。前髪を帽子にしまい、左右の髪だけ耳の横から垂らしている。目元は涼しく、薄青いアイシャドウが微かに引かれている。その雰囲気から、まだ三十の手前だろう。彼女は私が体温を計っている間、手を後ろに組んでずっとこちらを、口元に笑顔を浮かべながら見ていた。

「そろそろいいかしら?」

 しばらくすると、彼女が左手に着けた細い腕時計をちらりと見ながら、私の口から体温計を抜き取る。体温を確認し、にっこりと微笑んでから、二度頷く。微笑むと顔が小さくなり、えくぼのせいか、さっきよりも若く見えた。

「そうそう、前の先生ね、横浜に行くことになって、それで私が引き継いで担当することになったの。私は安藤さやか。まぁ、頼りないかもしれないけど、精一杯がんばるから、よろしく」

 右手でチョップするような格好をし、片目をつぶる。慣れた手つきで彼女はベッドのそばに腰を下ろすと、さっと私の右手についていた手枷を外し、後ろ手に持った。それから、花瓶の辺りを指さしてから続ける。

「じゃあ、すぐにお昼運んでくるから。何かあったらそこのボタン押してね」

 彼女は狂いと向きを変えると、元気よく部屋を出てゆく。最後、扉を締める時に顔だけだして、いい子にしてるんだぞ、と、まるで小さな子供を諭すように言った。

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