クリティカル・ゲーム※

けものフレンズ大好き

第0話 ザバルの歴史

 ザバル――


 それは世界の歴史を一変させ、核兵器以上の衝撃を与えたスポーツ。

 

 それ以前の世界的なスポーツといえば、言うまでもなくサッカーであった。

 陸上や水泳という者もいるかもしれないが、それらは細分化すれば「100メートル」や「自由形」などに分類でき、たった一種の競技という視点で見れば、それほど隆盛を誇っているとは言えない。

 その点サッカーはフットサルなど亜流はあるものの、大元のサッカーのみが世界に広がり、すさまじいまでの人気と競技人口を誇っていた。


 ホモサピエンスの歴史が終わるまで、人間はサッカーに熱狂し続けるだろう――。


 これはある有名なアナウンサーの言葉だが、それを疑うものは当時誰一人としていなかった。


 しかし、その言葉は数十年後、誰も予想出来なかった形で覆されることになる。


 ザバルが誕生したのだ。


 誕生当時は既に携帯電話どころかスマートフォンの普及率も高く、権利関係の法律もしっかり存在していたが、どこでいつ誰が作ったのか正確には未だに判明していない。今も様々な人間達が自分が発案者だと主張しているが、それを証明できるほどの根拠を持っている者は一人もいなかった。現在の国際ルールも、最初からあったものではなく、その過程において試行錯誤を繰り返しながら誕生したものだ。いちおう、東京、それも荒川区のどこかで誕生したということに間違いはないのだが、そこまでである。

 この日本の下町で誕生したスポーツは、当時、ごく一部の酔っ払いしかする者はいなかった。その頃はそもそもスポーツですらなかった。しかし、ローマ法王来日の際、たまたま法王が興味を持ち、テレビで全世界に放映されたことを契機に、一気に広まった。


 とはいえ、最初は誰も真剣に取り組みはしなかった。

 ほとんど全ての人間は、その独特な動きをただ小馬鹿にするだけだった。事実、ネットには連日連夜その動きをまねた、滑稽な動画がアップロードされた。

 しかし、実際にやっているうちに誰もがそのゲーム性の高さ、戦略性の緻密さ、そして何より人間の本能に訴えかける得体の知れない熱さに気づき始め、馬鹿にする者は次第に減っていった。対照的に真剣にプレーし、その面白さを伝える動画は増え、やがて小馬鹿にした動画は一部を除いて駆逐された。

 それでもまだ、その頃のザバルは遊びに過ぎなかった。

 そんなザバルの現状を一変させる出来事が、ある日アフリカで起こる。

 アフリカの新興国ンパンパ連邦が、ザバルのプロリーグを立ち上げたのだ。

 ザバルはサッカー以上に道具を必要としない。物資の乏しいアフリカでも、世界中に自生している『たんたん草―学名:OCCHANJIRU』と50メートルほどの直線(ワールド)があれば充分だった。

 そこに目を付けたンパンパ連邦の大統領が、国民の不満を逸らす目的でリーグを創設したのである。

 世界に名の知れた独裁者でもあった大統領は、国際的な批判を逸らす目的も兼ね、インターネットの動画配信サービスを用いて試合を全世界に放映した。

 

 そこで予想外の事態が起こる。

 

 ザバル中継は事前に告知され、世界中の人々がサイトに殺到したため、サーバーが試合開始1時間前にダウンしてしまったのだ。

 結局記念すべき世界初のプロリーグ開幕戦を見られたものは、その会場に実際にいた人間達だけとなった。

 これは動画配信サービスを提供している会社のサーバーが貧弱だったわけではない。それどころかこの動画配信会社は、かつて数千万人の人間が一斉に見た世界的なニュース映像を、最後まで遅延すらなく放映できたほど堅固なサーバーを所有していた。

 つまり、今回のリーグ戦はそれ以上の人間が一斉に見たのだ。


 この事件を期に、世界の人間がどれほどザバルを求めているのか、ザバルに飢えているのかが明らかになった。

 以後はあらゆる国で雨後の竹の子のようにリーグが誕生し、発祥国である日本も当然その波に乗った。

 他のスポーツの例に漏れず、ワールドカップが誕生したのはそれから10年ほど後、オリンピックで正式種目に採用されたのは20年後であった。

 言うまでもなく、他のスポーツと比較すると異例の速さである。ルールの明文化がワールドカップ(正確には予選会)開催の1年前など、前代未聞もいいところだ。後にも先にもワールドカップ後に協会が出来たスポーツは、ザバルだけである。しかも初めての大会だというのに、参加国は全世界の3分の1ほどもいた。あのサッカーワールドカップでさえ、最初の参加国は13しかなかったというのに、である。

 こんな状況で大会が運営できたのは、何よりンパンパ連邦の大統領の活躍が大きかった。

 大統領はザバルと関わるまでは、計算高く悪辣で冷酷な独裁者であった。だが、ザバルと関わったことにより、彼の心の中で劇的な、ザバル的に言うのなら『カワッチ』的な変化が起こり、無私で働くことを厭わず、私財をなげうつことも躊躇わない真逆の人間になったのである。

 この時の彼の活躍を書いていくと、もはやそれだけで一冊の本になってしまうため、ここでは割愛させてもらう。

 とにかく、彼の命すら燃やした(実際にオリンピック開催を見届けるとその50年の人生に幕を閉じた)活躍により、ワールドカップは大成功のうちに終わり、スポンサーや広告収入、選手のトータル給料などオリンピックの頃にはすでにサッカーに迫る勢いで、今では押しも押されもせぬ世界最大のスポーツへと発展した。


 以上が簡単なザバルのあらましである。

 ザバルのルール等に関しては、あえて読者貴兄に説明する必要もないだろう。


 今回の物語は、ザバル誕生から大統領の寿命と同じくおよそ50年すぎた、荒川の下町で始まるのである。


 ※ クリティカル・ゲーム:勝敗が決定するほど点差が開いているが、確率的に勝利の可能性が残っている試合。もしくは両者の実力に差がありすぎて、やる前から勝敗が分かっている試合。

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