Little Ts Extra Children

灯宮義流

番外編(現在編)

二人の途上

二人の途上(前編)

 駅に併設された真新しいショッピングモールは、廃墟のように静まり返っていた。

 長大な階段とたくさんのエスカレーターが見える。エスカレーターは動いている中、階段には小さなゴミや落し物と思われる品々が散乱していた。それはとても異様な風景だった。

 ショッピングモールの前に目を向けると、大勢の警察官が集まっていた。自らが敷いた規制線越しに、固唾を呑んで見守っているようだ。刑事ドラマの撮影かと見紛う異様な光景である。

 そんな警官達の合間を平然と縫い、規制線をあっさりくぐり抜けた二人の若者が居た。

 一人は学ランのような服装の上に、丈の長いコートを羽織った少年。

 もう一人は暖色系で揃えたセーターやロングスカートに身を包んだ少女。

 やや幼さは見えるが、物心はしっかりついている顔付きで、年の頃は二人とも中学の二、三年といったところだろう。

 普通なら、二人ともこの場には見合わない存在である。が、あまりにも堂々としているため、周囲は一瞬放心し、見逃そうとしてしまった。しかし、現場を指揮しているらしい中年の刑事は、すぐさま我に返り二人を捕まえようとする。

 しかし彼が声をかける前に、振り返った二人から同時に手帳を見せつけられる。目を剥いた刑事は、石化したかのように硬直した。

 改めて、二人は後顧の憂いなくショッピングモールへと視線を向ける。

 そんな時、少年のスマートフォンに着信が入った。彼はうんざりした顔をしながら電話を取った。少女にも聞かせるため、周囲にも声が聞こえるスピーカーモードにする。

『やあ、到着した? 容疑者は一人。取り巻きなんかは居ないみたいだね。相手が一人なら、そんなに手間はかからないはずだ』

 人当たりの良さそうな若い青年の声が聞こえてきた。声が聞こえてくる間、少女は律儀に言葉の節々で頷いていた。一方、少年は冷たい目で自分の携帯を睨み続けていたが。

『全員避難しているかどうかは流石に把握出来ていないけど、人質は居ると見た方が良い、か? 取り急ぎ伝えるべきところはそんなところだけど、何か質問は?』

 少女は首を横に振り、少年もふっと息を吐いてから答えた。

「特にない。強いて言うならドクター、アンタの不快な声を合法的にこの世界から消し去る方法を聞きたい」

『えーっと、捜査に関係あることについての質問にしてね』

「おおありだ、不快過ぎて、今だって士気がみるみるうちに低下しているんだ」

『……いつも通り鷹一はリラックスしていると、好意的に捉えよう。ええそれはもう、全然全くこれっぽっちも気にしちゃぁいませんよ。僕は立派な大人ですからねぇ』

 電話越しの声が憤りで震えているのがわかって、少女は苦笑いする。かたや少年は、それに気付いていながら全く意に介した様子なく、言葉を続けた。

「用が済んだなら切るぞ、これ以上集中力を削がれると、職務に支障が出る」

『はいはい、そうっすか……くれぐれも怪我だけはしないように』

「余計なお世話だ、じゃあな」

 少年は容赦なく通話を切ると、不気味な沈黙を保つショッピングモールへと足を向けた。

 エスカレーターはまだ動いていたが、彼は迷わず階段を選び、付き添っていた少女もすぐに従う。

「鷹一(たかいち)くん」

「なんだ通子(かよこ)」

「帰ったら、先生にちゃんと謝ってくださいね」

 その一言を聞いた少年、鷹一は背後の通子に訝しげな目を向けつつ、振り返った。

「気が向いたらな」

「駄目です。ちゃんと謝ってください」

「……今日は気乗りしない」

「謝って、ください」

 逆に真剣な目で少女、通子に見つめ返され、鷹一は動揺しているようだった。表情は変わらず不機嫌そうな仏頂面を保っているが、頬の辺りがヒクヒクと動いている。

 通子は童顔で柔和な顔立ちをしているために、迫力自体は感じない。が、絶対に引かないという意思が感じられる真っ直ぐな目だけは別だった。相手の目を見て、内心に迫るしつけをする母親のような目は、到底逃れられるものではない。

「……ドクターの好きなシーライトのコーヒーを買って帰る。今回はそれで手を打ってくれ」

「うーん、わかりました。本当なら良くないですけど、それだけでも大きな進歩ですから」

 折れた鷹一を見て、通子は優しげに微笑んだ。悪意や裏を感じさせない笑顔だったが、鷹一は首を戻すと息を静かに吐き、右手で頭を掻きながらつぶやいた。

「最近、どうも通子の手玉に取られている気がする」

「えっ、なんですか?」

「なんでもない。そろそろだぞ」

 鷹一の一言に、通子は息を呑んで、目の前に広がる静寂な空間に、神経を集中させた。



 ショッピングモールは三つの階層に句切られていた。テナントの一覧を記した看板を見ると、各階に様々な店が入っているのがわかる。医者、塾、レンタルビデオチェーン店、そして日本茶の専門店。老若男女様々な年齢層のニーズに合わせているのがわかる。

 二人が階段を登り最上階に行くと、隅が屋上テラスになっていた。右手は和洋中様々な飲食店が軒を連ねている。喫茶店、回転寿司屋、居酒屋などなど、朝から晩まで、何かしら人の需要を満たせるようになっているのがわかる。テラス客のためのたこ焼き屋もある。

 普段、ここは周辺住民の憩いの場となっているのだろう。しかし今は並べられた机や椅子は残らず蹴倒され、持ち込んだ品と思われるゴミが撒き散らされている。真新しく綺麗なはずの景観が、スラム街さながらに崩壊していた。

 その中心に、背の高い青年が立っていた。乳白色のパーカーに空色のジーンズ。防寒のためか少し厚着に見える以外、特徴らしいものではない。顔立ちはよく整っていて、子供受けしそうな爽やかそうな青年だ。

 が、肩に抱えているバットが、その印象を全てぶち壊しにする。

 青年の傍らで、活発そうな女子高生が一方的に肩を組まれていた。震えている様子を見ると、この状況を楽しんではいないようだ。

「おや、誰か来た。悪いけどさー、見ての通り、今日はボクの貸し切りだよ」

 バットを床に叩きつけながら、青年はやってきた二人に応じた。不気味なほど落ち着いている相手に対し、鷹一は鼻で笑いながら答える。

「相当酔狂なボンボンだな。高い金を出して借りるなら、もっと面白いところがあると思うが?」

「お金なんて必要ないよ」

 そう言って、青年は少女を突き飛ばして足蹴にする。そして、近くに倒れていた金属製の椅子を引っ張ってくると、足の部分を切断するかのように軽くへし折った。

「ボクには、とんでもない力があるからね! 死にたくなきゃタダで貸してくれるだろう?」

 そう言って、青年は椅子の足を鷹一達に目掛けて投げつけた。

 通子を庇いつつ、鷹一は難なく避けた。すると、背後から何かが切れる音と、盛大に割れる音がした。

 見ると、階段の上り下りを仕切るように打ち立てられた手摺りが切断されていた。さらにその先にあったエスカレーターの分厚いガラス部分は、意図も簡単に貫かれている。

「鷹一くん……」

「ちっ、面倒臭い相手だ。ドクターめ、人事だと思って楽観視したな」

 うんざりしたように吐き捨てながら、鷹一は青年を睨む。

「貸し切りは終わりだ。お前のために豚箱を予約しておいてやった。良かったな、きっと静かだから、今日は快眠間違い無しだ」

「うくくっ、もしかして君達、Tsって奴? 無能ども相手に尻尾を振ってるEAPか、初めて見るよ」

 楽しそうにバットを振り回しながら、青年が薄気味悪く笑った。



 この世界に、超能力を持つ人間がいつから現れたのかは判然としない。

 すっかり存在が認知された現代において、超能力者達はExtra Ability Person、通称“EAP”(エアップ)と呼ばれるようになった。呼び分けられるということは、普通の人間とは区別されているということである。

 人知を越える力を持った人間が現れれば、持たざる人間が畏怖するのは当然のことだった。

 恐怖心によって、様々な諍いが起こった。これらがEAP達に反感を覚えさせるのに、そう時間はいらなかった。

 能力を悪用した軽犯罪や暴力沙汰などまだ優しい方だ。事件の規模は間をおかずエスカレートし、殺人や強盗が多発、あげくに無能力者の抹殺を掲げる巨大組織まで生まれるまでになった。

 こうした犯罪などに対抗するため、警察はTsという、EAPを集めた組織を設立した。目には目を、歯には歯を、EAPにはEAPという具合である。

 勿論、犯罪に加担する前に警察で管理してしまおうという抑止力的な意図もあったのだが。

 人員に選ばれる人間は、年齢や性別など、本来の警察であれば採用されない人材も積極的に登用された。まだ中学生である鷹一と通子のように、若すぎる年頃であろうが関係なく。

 Tsは必ずペアを組んで行動する。そして、オペレーターと呼ばれる後方支援を行う人物との意思疎通を活かし、日夜事件解決に尽力している。



 鷹一としばらく睨み合っていると、突然青年が大きな声で笑い始めた。

「流石は公僕さん。子供に殺し合いを強要とは、笑っちゃうくらい残酷だよね」

「案外心優しいことを言う奴だ。悪いことは言わん、中学生如きにぶちのめされたくないなら、潔く人質を渡して捕まってもらおうか」

「うくくく、ひゃはははぁ! 本当に可哀想だよ。心臓に風穴開けられる気分を、その年で味わいながら死んでいくんだからさ!」

 完全に自分の世界に青年は足蹴にしていた少女の胸に、バットを突き立てようとする。

 嫌な予感を感じた鷹一は、一瞬で距離を詰めた。

 彼我の距離は五メートル以上あったが、まさに一瞬としか思えない光景だった。

 驚いた青年は、バットで受けようと構える。

 が、動きを予測していた鷹一は、バットを持っている手を狙って高い蹴りを放ち、手から落とさせた。

 背後に飛んでいったバットを青年は目で追おうとするが、すぐに考えを変えた。

 青年は足をもぎ取った椅子を持ち上げ、鷹一目掛けて振り回す。

 一方、鷹一は素早くしゃがんで避け、少女を足蹴にしている青年の足を払った。

「くっそがっ!」

 相手が受け身を取っている隙に、鷹一は倒れている少女を抱え上げた。そして、後ろに何度か飛び退きながら青年との距離を離した。

「通子、被害者をエスコートしてくれ。お前が戻ってくるまでは持ち堪えてみせる」

「わかりました。鷹一くん、怪我しないでくださいね」

「言われなくてもわかってる。あの変質ドクターに、怪我の治療なんぞされたくないからな」

 彼の言葉に、通子は苦笑いで返すと、救出した少女の肩を抱えながら階段を降りていった。

 鷹一の顔が再び引き締まった。

 目の前には、バットを豪快に振り薙ぐ青年の姿がある。

「一緒に逃げるかと思ったけど、ボクと一戦交える気ってことねー」

「お前こそ、これだけの警官に囲まれておいて、逃げられると思っているのか?」

「ひゃははは! 血の雨が見たいなら、黙って通してほしいね。それとも飼い主相手だとお気に召さない?」

 バッティングボックスに立って素振りをするかのようなポーズだが、歯を剥き出しにして笑うその姿は、バッターというより悪鬼のようだ。

「ボクね、見ればわかるけど、今すごいテンション高いからさ。腰から真っ二つだけじゃ済まないかもしれないよ。やる気なら相手になるけど、加減出来なかったらゴメンね!」

「俺のことを気遣うより、病院の心配をした方がいい」

 訝しげに首を傾げる青年に対し、不敵な笑みを浮かべながら鷹一は構えた。

「骨の二、三本で済ませる気はない。もしヤブ医者にかかったら、一年そこらじゃベッドから起きられないかもしれないぞ」

「うくくくく、そいつは面白いや。君の棺桶送りが先か、ボクの病院送りが先か、どっちかな!」

 青年は、殺気とともにバットを振りかぶりながら突進してきた。

 通子や被害者がいない分、行動の選択肢が広がっている鷹一にとっては、容易に見切れる動きだ。

 ギリギリで攻撃を避けて、振り下ろした後の隙に反撃を加えようと、タイミングを計る。

 青年が、予想通り真横に薙いだそれを、鷹一は軽く避けた。

 その途端、コートの中心が真横に裂ける。

「何っ?」

 鷹一は反射的にまず後ろへ飛び退く。

 次に繰り出された横振りは、あえて懐に飛び込むように、身を屈めてかわした。

 青年とのすれ違い様、風圧で揺れた前髪がいくつか宙を舞う。

「小賢しい。これを見られたら、また通子が大騒ぎだ」

 振り返りながら、鷹一がさらりと感想を述べる。

「うくくく、今更謝ろうが悪態つかれようが、逃げなかった君が真っ二つになるのは、決定事項なんだよね!」

 それに対し青年は、鷹一へ向き直りつつ、身体全体を使ってバットをフルスイングした。

 すぐに飛んで後退する鷹一だったが、コートの右肩に大きな切れ目が入っていた。

 常人の出来ることを明らかに超越している。改めてEAPを相手にしていることを、鷹一は肌で感じる。

「通子なしでまともにやり合えば、不利なのは明白だ」

「どうしたの? EAPってことはさ、お巡りさんのお墨付きなんだろう? だったら、そっちもなんか面白いもの見せてみろってば!」

 笑顔を貼り付けたまま、青年は次々に攻撃を繰り出してくる。その一撃はまた床を砕いた。

 様子を見るため、鷹一はさっきより後ろに下がることにした。相変わらず風圧を感じはするが、特にダメージはない。

 相手の攻撃の範囲がわかってきた。見た目よりは広いが、そう遠くまで届かないようだ。そう見越して鷹一は次に、安全な間合いを見定めようと距離を詰めようとする。

 しかし、相手はそれすら見通していたかのように、大口を開けて笑った。

「おっと、そんな勝ち誇った顔をするのはまだまだ早いよ!」

 そして青年は、砕いた破片を宙に放り投げると、バットでそれを砕いてみせた。

 すると、さらに粉々になった破片が、鷹一を狙っているかのように飛び散ってきた。

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