僕らの漫画道

@Oyamada_Ten

Chapter01『父ちゃんと漫画』

青年誌で活躍されている、Kさん(35歳・男性)の漫画道――。


母ちゃんが野菜とかカップ麺を送ってくれるんですよ。

俺ね、もう35歳なんですけど、

親からしたら、いつまで経っても子供なんでしょうね。


俺が好きだって言っていたお菓子とかね、

缶詰とかね、ダンボールに入ってんですよ。


俺もうこんなに食えねぇよ?

なんて思いながらも気持ちが嬉しいですね。


もう35歳……。

漫画家になるって言って家を飛び出して15年。


うちの実家、農家やってんですよ。

俺は一人っ子なんですけど家も継がずにね。

漫画家になるなんて夢見て上京してね。


まぁ、絵が上手いなんて周囲に言われてさ、

内心、俺って上手いんじゃね?

俺の漫画かなりいけるんじゃね?

掲載されてる漫画より面白くね?

とか思いながらアシスタントしてました。


だけど……。

アシ先の先生がね、あんまいい人じゃなくて、

アシスタントの悪口ばっか言ってんですよ。


『下手』『君じゃ無理』『こんなレベルでプロは無い』とかね、

辞めたら辞めたで残った人に、

『アイツは根性無い』『口だけ』とか、

もーーー延々言ってんですよ。


早く辞めてぇ、コイツの下は嫌だぁ。

なんて必死の思いを込めて描いたやつが、

賞を獲っちゃったんですよ。


それがそのまま掲載された時に家に電話したんですよ。

もう自分は売れっ子になるって思ってたから、

明るいトーンでね『母ちゃん俺やったよ!』なんてね。

そしたら電話の相手は親父でね、

『一度載ったぐらいで浮かれるな! 馬鹿者が!』

なんて感じで猛烈に怒り出しちゃってさ、

俺は自分の漫画が掲載されたことが本当に嬉しかったから、

『クソ親父! なんでそんなことしか言えねぇんだ!』

って、キレたのよ……。

かなり酷い悪口も言ったね……。


『死ね』とか『田舎でくすぶってる』とか、

『俺はそんな家に生まれたくなかった』とかね……。

んで、連絡取らない年が暫く続くわけなんですよ。


でも、今考えたら親父の一言は的を射ていたなぁ……。

俺、調子に乗ってたしね、実際。


新人時代って色んな落とし穴があるわけよ。

進んだことに満足して、進んだことに妙なプライド持つ時期がね。

小さい賞でもね、賞を獲ったんだし、

俺行けんじゃね? みたいな瞬間がある。

これが大きい賞になると厄介な勘違いが生まれるんですよ。


『僕で本当にいいんですか?』

とか謙虚な人でもね、賞を獲った後の作品で、

『これは受賞作を越えてないですね』

なんて言われるとムカッとすんだよ。

そこが分かれ道かな。


俺は、見事に駄目な道に行ったわけですよ……。


賞に出した作品がさ、そのまま掲載されて、

『じゃあ、増刊号で読み切り描きながら、

アンケート結果見ながら連載狙ってこうか』

みたいな流れになったんですよ。


でも、描いても描いても描いても描いても!

ほんと、描いても描いても通らないの!


増刊号用の作品のネームが通らない!


受賞させといてなんだよ!

分かってねぇな!

これが俺の持ち味なんだよ!

それを感じて受賞させたんじゃねぇのかよ!

グチグチ細かいことばっか言いやがって!

俺より下手で面白くないのいっぱい載ってるじゃねぇか!

なんて感じで……ほんと痛い漫画家志望者だったね。俺は。


でもね、半年も一年もネームが通らないと、

多少はやさぐれるんですよ……。


まぁそんな余計なプライドもね、

色んな人に囲まれて描いてりゃ徐々に薄れるわけよ。

ここでもまた分かれ道があんだよね。

自分のこだわりだけを愛して扉を閉じちゃう人と、

やばい……自分がいかに大したことをしてないのに、

大言壮語吐きまくっていたかってことにね。


俺が気付いた原因はアシスタント仲間かな。

俺より上手いのに話も面白いのに、

俺より10歳も年上でデビューしてない。

そんな人がゴロゴロいる。

ようやく、とんでもない世界に、

俺は足を踏み入れたんだなって気付いたよ。


まぁ、そんなこんなで、アシスタントしながら、

担当さんに原稿見せる日々が続いたわけよ。

たまに母ちゃんからは連絡あってさ、

最初に言っていたような荷物を送ってくれてんだけど、

親父はも~怒ったまま。

まったく話をしないまま何年も経ちましたね。


ある日、やっと読み切り載ったの。

穴埋めで載っただけで、

その後の展開とかなんもない感じでね。

でも嬉しかったなぁ。

原稿料で食べた牛丼、美味かったなぁ。


気がつけば5年経ってました。

5年!

このテンポの話だと、

せいぜい1~2年の話だと思ったでしょ?


5年漫画やって、やっと2回目の漫画掲載。

もうね、アシスタント先とかでも、

若い子ばっかで肩身が狭くてさぁ、

もうプロアシになっちゃって、

人を支える立場になろうかななんて思ってたのよ。

それとも田舎に帰っちゃおうかなぁなんてね。


そしたら、親父から電話あったんですよ。

『漫画載ったのぉ』って。

『おお……うん』

急な電話だったから、思わず言葉を失いましたね。

『2回目やのぉ』

とか親父が言うんですよ。

ここで疑問が浮かんだんです。

俺、まだ母ちゃんにも何も言ってないぞ? ってね。


驚いたことにね、

親父、俺の漫画が初めて掲載された時から、

掲載された雑誌を読んでくれてたんだって。

また載るかも知れないって。


馬鹿だよね。

載ってない雑誌5年買い続けるなんてさ。

同じ雑誌で頑張ってるとは限らないのにさ。


でもさ嬉しくて、いい年して受話器片手に、

ボロボロ泣いちゃったの。

本当は辛い、自分には才能が無い。

5年やって2回しか漫画が載ってないって弱音吐いてね。


じゃあ親父がさ言うのよ、

『それだけ厳しい世界で2回載ったなら、

マグレじゃなかと。自分を信じりゃええ』ってね。

その言葉に救われました。


だからね頑張れた。

そんな親父も3年前に死んじゃったけどさ、

その頃には俺もようやく何本も連載抱えるようになっててさ、

親父が危篤状態で『また連載始まったのぉ』なんて笑うんだよ。

親戚一同、泣き笑いだよ。

どんだけ馬鹿息子のことを気にかけてんだよ! ってさ。


墓参りに行くとね、いつも最新の単行本持って行くんだよ。

するとさ『連載続いとるのぉ』って

聞こえるような気がするんだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る