第9話‐3 再戦

 その日の夜、静まり返ったふれあい公園に、二階堂と蒼矢の姿があった。


 空気は冷たいが、風がないのでそこまで寒くは感じない。夜空には無数の星が瞬いていて、このまま天体観測をしていたい思いに駆られる。


 しかし、そういうわけにもいかない。ここで、蛇目あいを迎え撃つのだから。


「……結界も張ったし、あとはあいつを待つだけだな」


 軽く伸びをして、蒼矢がつぶやいた。


 ここに到着したのは、今から五分くらい前。到着してすぐに、蒼矢は乳白色の勾玉を公園の四隅に置いて結界を張ったのである。


 仮眠と軽めの食事も済ませてきたので、二人とも準備万端だ。


「早めに来てくれると、助かるんだけどな」


 二階堂が言うと、


「そんなに待たなくて済むんじゃねえか? 何しろ、あいつは俺達を殺したいわけだからさ」


 と、蒼矢がにこやかに告げる。


 早く戦いたくてしかたがないのだろう、彼はすでに戦闘モードに移行していて、九本の尾をひっきりなしに振っている。


 二階堂は、そんな相棒の姿に少々呆れながらも、


せつ


 と、小声でつぶやいてブレスレットを刀に変え、自身も戦闘に備える。


「それ、どうしたんだよ?」


 蒼矢が、横目でささめ雪を見ながら尋ねた。


「神様からもらったんだ」


「ふ〜ん? それじゃあ、お手並み拝見といきますか」


 とくに追求することなくそう言うと、蒼矢は真正面を見据えて、


「来るぞ」


 と、鋭く告げた。


 いつの間にか、愛用の大鎌を手にしている。


 二階堂はうなずくと、刀を構えて神経を集中させる。すると、それは一瞬で白い光に包まれた。思わず、つかを握る指に力が入る。


 しばらく公園の入口を見つめていると、人影が見えてきた。それは、徐々に速度を上げて二人の方へとやってくる。だが、それは人間ではない。下半身が蛇なのだ。間違いない、蛇目あいである。


 彼女は公園に入るなり、


「死ねーーーっ!」


 と、勢いよく蒼矢に正面から躍りかかった。


 しかし、蒼矢は難なくそれを武器で受け止める。


「よう。久しぶりだ、な!」


 と言い放ち、全力であいを跳ね返す。


 はじき返されたあいは、しかし、よろめきながらも数メートル後退しただけだった。


「やっぱり生きてたんだ。……あのまま死ぬとは思ってなかったし、簡単に死なれちゃ困るんだけど」


 と、体勢を整えながらつぶやく彼女。


「簡単に死んでやる程、お人好しじゃねえよ」


 蒼矢が応えると、


「……ふふ、これで貴方達をズタズタにできる!」


 そう言って、彼女は高笑いする。その笑顔は、狂気に満ちていた。


 蒼矢は鼻で笑うと、


「やれるもんならな!」


 と言って、正面から向かっていく。


 彼女との間合いを瞬時に詰め、振り上げた大鎌を思い切り振り下ろした。


 しかし、あいは、刃が振り下ろされるわずかの時間で剣を作り出し、蒼矢の攻撃を受ける。


 蒼矢が舌打ちするのと、あいが醜悪に口角を上げるのはほぼ同時で。


「――っ!」


 不穏な空気を察した蒼矢は、飛び退いて間合いをとる。


「あら? おじづいたの?」


 くすくすと笑いながら彼女が問う。だが、蒼矢の返事を期待している様子は微塵もない。


「蒼矢?」


 かたわらにいる二階堂が訝しげに尋ねる。


 だが、蒼矢はそれには答えず、


「……お前、俺達と刺し違えるつもりだろ?」


 と、気味悪そうにあいに問う。


「笑わせないでよ。するわけないじゃない、そんなつまんないこと」


 自分の望みは、蒼矢と二階堂を痛めつけることなのだから、と。


 あいは、憎悪と狂気に満ちた顔で笑う。


 そんな彼女を見て、二階堂も不気味な雰囲気を感じた。


「誠一。わりいけど、フォローしてる余裕ねえかも」


 蒼矢は、珍しくそんなことを口にした。


 二階堂はわかったとだけ返す。もとから、蒼矢に守ってもらおうなんて思ってはいない。蒼矢とともに戦うために、この刀を手にしたのだから。


「さあて、どんな殺され方がいいかしら?」


 舌なめずりをしながら、あいは楽しそうにのたまうと左腕を上空に伸ばした。


「そうだな……。いっそのこと、ひと思いにサクッと殺してくれよ」


 警戒しながらも、軽口を言う蒼矢。だが、死んでやる気なんて毛頭なくて。右手に妖気を集中させる。


 緊迫した空気の中、二階堂はちらりと空を見た。先程まで見えていた輝く星々が、いつの間にか重く分厚い雲に覆い隠されている。それも、この公園の上だけである。


「それじゃあ、つまんないわ。痛みと苦しみをた~っぷり、味わわせてあげる!」


 そんな楽しそうなあいの声が聞こえ、二階堂は視線を戻した。


 あいは、伸ばした左腕を勢いよく振り下ろす。次の瞬間、曇天から無数の雷が雨のように降り注いだ。


 弾かれたように、二階堂が駆け出す。


「誠一っ!?」


 蒼矢が声をかけるが止める暇はなくて。


 舌打ちをすると、蒼矢は自分を守ることを最優先にした。右手を頭上にかざして円形の盾を作り出す。それは、直径二メートル程の大きさのもの。半透明で勿忘わすれなぐさ色に彩られている。


 駆け出した二階堂はというと、雷の雨を器用にかいくぐりながらあいの左側へと回り込んだ。


「僕のことも忘れないでほしいな!」


 そう言って、二階堂はあいに斬りかかる。


 あいは、剣を持つ右手ではなく左腕で自身をかばう。


(とらえた!)


 二階堂は直感的に思った。


 たしかに手ごたえはあった。しかし、刃は皮膚を少し切っただけで。


 それまで狂気じみた笑みを見せていたあいは、すっと真顔に戻ると冷たい瞳で二階堂を見つめて、


「急がなくても、ちゃんと殺してあげるのに……。だから、今は邪魔しないで」


 と告げて、左腕を思い切り振り払った。


 その勢いで、二階堂は後方へ吹き飛ばされてしまう。


「誠一っ! ……野郎!」


 蒼矢は低く唸ると、狐火を数個作り出してあいに向けて放った。


 二階堂が彼女の注意を引きつけたおかげなのか、雷の雨はいつの間にかやんでいる。


 蒼矢は、着弾を確認せずに相棒のもとへ駆け寄る。


「おい、誠一! 大丈夫か?」


「ああ……いてて。何とか大丈夫だよ」


 吹き飛ばされた後、盛大に転げまわったのだろう。二階堂の着衣には多数の土が付着していて汚れている。本人も多少の傷を負っているものの、そのほとんどがかすり傷程度のものだ。


「……ったく、無茶すんじゃねえよ。戦い慣れてねえんだから」


「だからって、指くわえて見てるだけってのも嫌なんだよね」


 と、二階堂。彼の瞳は、止めても無駄だと告げていた。


 蒼矢は諦めたようにため息をつくと、


「わかった。ただ、マジで危ねえと思ったら逃げろ。いいな?」


 その真剣な言葉に、二階堂はうなずいた。


「どっちから死ぬか、決まったかしら?」


 あいが優雅に尋ねると、蒼矢は鼻で笑って、


「誰も死ぬ相談なんかしてねっての。お前を殺す相談なら、してたかもしれねえけどな!」


 そう言って、低い姿勢のまま彼女に向かっていき間合いを詰める。


 途中で作り出したのだろう、その手には愛用の武器が握られていた。


 斬り上げる刃は、しかし、あいの持つ剣で防がれてしまう。


 金属同士が擦れあう耳障りな音が響く。


 しばらくの間、つばぜり合いが続いた。緊迫した空気だけが漂う。


 背後に気配を感じたのか、蒼矢は武器を持つ手に込めている力を少しずつ抜いていった。


 そうとも知らずに、あいは渾身の力で蒼矢を弾き返す。


 それは蒼矢にとって想定内のことで。あまり体勢を崩さず後退した。


 すぐさま、二階堂が彼女の前に現れ斬りかかる。彼女が、蒼矢とつばぜり合いを演じている間に間合いを詰めていたのだ。


「人間が、妖怪のあたしに勝てるとでも思ってるの?」


 そう言って、あいは二階堂の攻撃を剣でいなした。


 わずかによろけた二階堂はすぐに立て直して、


「やってみなきゃ、わからないだろ!」


 と言って、攻撃をしかける。


 それも、左腕を狙ってである。


 だが、あいは避けることも防ぐこともしなかった。たかが人間の攻撃と侮っていたのか、それを甘んじて受けると、二階堂の腹はかっさばこうと剣を横に薙いだ。


 二階堂がとっさに避けると、彼女の剣先は腹すれすれをかすめていった。


 間合いをとって腹に手を当てる。服は切れているが、幸い、腹に傷はなかった。


 二階堂の安堵の表情を横目で確認した蒼矢は、瞬時に間合いを詰めて次の攻撃へと転じる。


 そうして、蒼矢と二階堂は攻撃の手を緩めず、あいに反撃する隙を与えない。


 しかも、二階堂は執拗に彼女の左腕だけを狙い攻撃していった。


 どのくらいの時間が経過したのだろう、二人の攻撃は絶え間なく続いているが、そのほとんどが致命傷を与える程ではなかった。とはいえ、ダメージは確実にあいの身体に蓄積されているはずである。特に彼女の左腕は、二階堂によって終始切りつけられている。他の部位よりもダメージ量は多いだろう。


 だが、それは攻撃している二人にも言えることだった。特に、人間である二階堂のスタミナ消費は半端ではない。柚月との修行で持久力がついたとはいえ相手は妖怪なのだ、先に二階堂が息切れするのは目に見えている。


(それでも、左腕だけは……!)


 彼女の戦力をわずかでもそぎ落としたい。主に術の行使に使用していると思われる左腕だけは、何としても落とさなければ、と。その一心であいに向かっていく。


 ふと、二階堂が持つ刀に今までとは違う感触があった。肉を切るそれとは違い、何か硬いものに当たった感覚である。幾度となく切りつけていた彼女の左腕だが、傷がつく度に再生してふさがっていた。二階堂は、左腕の中でもふさがった個所を重点的に狙っていたのだ。


「くっ……! おのれ!」


 あいの顏が苦悶に歪む。


 これはチャンスとばかりに、二階堂は霊力を最大出力にして刀に乗せ、力任せに切断した。


「ぎゃあああああああああああああっ!」


 あいが悲鳴をあげる。


 切断面からは大量の血しぶきが上がり、切断された腕は地面に転げ落ちている。

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