第9話‐2 作戦会議
警察署に着いた二人は、受付に向かった。
「すみません、榊刑事にお会いしたいのですが」
「少々お待ちください」
受付けの女性はにこやかに言って、どこかへ電話をかける。
しばらくして、二人は奥の応接室に案内された。
部屋の中央にはテーブルが一つと、それをはさんで向かい合わせにソファーが二つ置かれている。また、奥の角には、部屋に彩りを添えるためか背の高い観葉植物があった。
二人は、奥側にあるソファーに腰かける。
待つこと数分。
「やあ、遅れてすまない」
と、榊がファイルを小脇に抱えてやってきた。
「これが、今回の事件の資料だ」
そう言ってファイルをテーブルに置くと、彼は二人の向かい側のソファーに座る。
「事件が発生したのはいつなんだ?」
二階堂がファイルに手を伸ばしながら尋ねた。
「今月の初め頃だよ。一か月前よりも犠牲者が多いんだ」
と、榊が苦々しい表情で答えた。
資料を見ていくと、たしかに数が多い。ここ二週間で二十人近くが犠牲になっているのだ。
「……
ページをめくりながら、二階堂はつぶやいた。
資料には、遺体の写真が添付されている。そのどれもが、顔や胴体がズタズタに引き裂かれていたり、腕や足が引きちぎられていたりと損壊が激しかった。
「こんな酷いこと、人間の仕業とは到底思えないんだ。これ、この前取り逃がした妖怪の仕業なんだろ?」
「……ああ、おそらくな。おおかた、俺達を探して手当たり次第に殺してるんだと思うぜ」
榊の問いに、蒼矢がそう答えた。視線は、二階堂から受け取った資料にくぎづけになっている。
「とはいえ、何かしらの証拠がなければ憶測の域を出ないんだけどな」
二階堂が肩をすくめて告げると、
「証拠か……」
榊はそうつぶやいて思案する。
「そういえば、犯行現場の目撃情報が一件あったな」
しばしの沈黙のあと、榊は何かを思い出したように、そう口にした。
「なんだって!?」
「詳細は!?」
蒼矢と二階堂がほぼ同時に噛みつくように尋ねた。
「え……っと――」
榊は、二人の勢いに気圧され、しどろもどろに言葉を紡ぐ。
事件は二週間前に発生した。榊ら警察が捜査を進めるも、犯人につながる確たる証拠はなく、それをあざ笑うかのように、惨劇はくり返され犠牲者は増えていく。
事件発生から一週間後、警察は地域住民に夜間――特に深夜の外出禁止令を発令する。これには、住民だけではなく警察内部からも批判の声があがった。どうして、もっと早く発令できなかったのか、と。
だが、本来ならそういうものを発令するのは、政府や県、市町村などの行政である。事実、警察署長は、この事件が連続殺人だと判明した時点で市にかけ合っていた。だが、市は一向に首を縦には振らなかったのだ。そんなことを言う前に、早く事件を解決しろと言わんばかりに。
そんな市の対応に業を煮やした警察署長が、独自の判断で発令したというわけである。
外出禁止令が出されてから数日後のこと。
一件の目撃情報がよせられた。
提供者は、とある一人の女子高生である。
その日は、なかなか眠れなくて自室のベッドで本を読んでいたそうだ。しばらくすると、窓の外から物音が聞こえてくる。気になった彼女は、カーテンのすき間から外をのぞき見た。すると、二人の人物がいた。どうやら、手前にいるのは女らしい。長い髪が、時折、風に吹かれてなびいている。
息をひそめて見ていると、女が奥にいる人物に襲いかかっていた。
悲鳴が聞こえる。
暗くてよく見えないが、悲鳴から察するに、おそらく男だろう。
彼はなぜ、抵抗せずに助けを請いながら逃げ惑うのか。相手は女なのだ、不意打ちだったからといって、抵抗しないのはおかしい。
そう不思議に思って、ことの成り行きを見守っていると、男が抵抗しない理由がわかってしまった。襲いかかっているその女が、人間ではなかったのだ。上半身は人間の女だが、下半身が蛇なのである。
それを見てしまった女子高生は、気づかれないようにそっとカーテンを閉めると、ベッドに潜り込み朝まで震えていたのだという。
「――俺が話を聞いた時も、終始怯えてたな」
と、榊。
「化け物の捕食シーン見ちまったんだ、しかたねえよ」
蒼矢が、そうフォローする。
「じゃあ、やっぱり……」
「ああ、間違いねえ。そいつは、あの蛇女だ」
そう断定する蒼矢の表情は、獲物を見つけた獣のような獰猛な笑顔で彩られていた。
「それで、その女子高生が目撃した場所ってどこなんだ?」
二階堂が尋ねると、榊は大きな地図をテーブルの上に広げた。それには、数か所の小さな丸が赤いペンで記されている。
「ここだよ」
そう言って、榊は赤い丸の一つを指さした。さし示された場所は、幽幻亭にほど近い住宅街の一画だった。
「マジかよ! うちの近くじゃねえか」
と、蒼矢が驚いたように声をあげた。
「蒼矢の妖気、辿ってきたのかもな」
二階堂が言うと、蒼矢は勘弁してくれとばかりに苦い顔をする。
「妖気って、その妖怪が離れたとしても、その場に長いこと残るものなのか?」
榊が小首をかしげながら尋ねた。
「残ることは残るぜ。ま、妖気の濃さとかその場所にどのくらいいたかとか、そういうのが関係してくるから、どの程度の時間残るかってのは一概には言えねえけどな」
蒼矢が答える。
ふと、思いついたのだろう二階堂は、
「それ応用して、彼女を誘い出すことできないかな?」
「できるぜ。でも、どこにおびき出すんだよ?」
蒼矢の疑問はもっともで。戦うこと前提で誘い出すのだ、ある程度の広さがある場所でないと周囲に多大な被害が出てしまうだろう。
「……なあ、ここならどうだ?」
地図に視線を落としていた榊が、とある場所を指さした。
二人はほぼ同時に視線を向ける。
そこに書かれていたのは、『ふれあい公園』の文字。住宅街にひっそりと佇む公園である。
「そこなら、それなりの広さがあるからちょうどいいかもな」
と、二階堂。
「そうと決まれば、準備しようぜ」
蒼矢の一言で、三人はほぼ同時に席を立った。
終わったら連絡してほしいと言う榊に、二階堂はうなずいて蒼矢とともに警察署から出た。
車に乗り込むと、二人は目撃情報があった場所を目指す。何しろ、幽幻亭の近くなのだ、今夜もその付近に現れるだろうとふんだのである。
警察署を出発してから数分後、目的地に到着した。そこからふれあい公園まで徐行しながら、蒼矢が作り出した小さな蝶を一定の感覚で路地に放っていく。
しばらく車を走らせると、公園入口に到着した。
蒼矢が最後の蝶を放つと、
「これでよしっと。それじゃあ、帰ろうぜ」
「ああ」
二人は帰路につき、夜に備えるため仮眠をとることにした。
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