第5話‐4 蒼矢VS紫縁

 肌を刺すような空気が流れる中、にらみ合う紫縁と蒼矢。だが、二人とも口もとに笑みを浮かべている。


「相変わらず好戦的だな、蒼矢」


 先に口を開いたのは、紫縁だった。呆れたような物言いだが、そのじつ、蒼矢と刃を交えるのが楽しみだったのだろう。四尾がひっきりなしに揺れている。


「それは、お互い様だろ?」


 彼の尻尾をちらりと見てそう告げると、蒼矢は愛用の大鎌を瞬時に作り出して構える。


「ふふっ、そうだな。また、お前と手合わせできてうれしいよ」


 うれしいと言うものの、その目は笑っていなかった。紫紺の瞳には、蒼矢と同じように剣呑な光が浮かんでいる。


「そりゃどうも。で? 今回のルールは?」


「簡単だ。俺に傷を一つでもつけられたら、お前の勝ち。依頼を請け負ってやるよ」


「お~。そりゃ、本当に簡単なことで」


 無理難題を突きつけられるかと思っていた蒼矢は、拍子抜けしたように素直な感想を述べる。しかし、紫縁にはそれが余裕を持っているように見えたようで。いぶかしげに眉をひそめるのだった。


「ずいぶんと余裕だな? 殺す気で来ないと、俺には勝てないぞ?」


「はっ! 昔の俺だと思うなよ!」


 そう言うと、蒼矢は青白い炎を数個、瞬時に出現させて紫縁に放った。


 直後、紫縁との間合いを詰める。


 着弾と同時に鎌を振り上げ、一拍置いて思い切り振り下ろした。しかし、手応えが全くない。


 盛大に舌打ちして視線を前方へと向けると、いつの間に移動したのか、数メートル先に先程と同じ姿勢で紫縁が立っていた。


 蒼矢は低い姿勢で構えると、真っ正面から紫縁に突っ込んでいく。間合いをはかり大鎌をふるうが、ギリギリのところで避けられてしまう。何度斬りかかっても同じだった。


 蒼矢は軽く舌打ちをして、距離をとるように後退する。


「ったく、相変わらず避けるよな、あんた」


 蒼矢が不機嫌そうに言うと、


「そりゃ当たり前だろ、一回でも攻撃受けたら負けるんだから。それに、お前の攻撃は単純で読みやすいからな」


 昔と変わらない彼の戦いぶりに呆れているのか、はたまた落胆しているのか。その表情からは判別できない。


「……そりゃどうも」


 蒼矢は皮肉を込めて礼を言うと、青白い炎を作り出し紫縁へと放つ。


 しかし、それは紫縁が立っていた場所に到達する前に爆発した。


「――っ!?」


 予想外のことに驚く蒼矢。


 突如、四散する煙の中から紫縁が現れ、蒼矢に襲いかかる。その手には、いつ作り出したのかひとりの刀が握られていた。


 蒼矢は、とっさに武器で受け止める。紫縁のやいばは大鎌の柄に当たり、軋むような耳障りな音を響かせる。


 両者の力は拮抗きっこうしているのか、微動だにしない。だが、紫縁に分があるのは明白だった。表情を苦渋に歪ませる蒼矢と涼しい顔をしている紫縁。二人の表情がそれを物語っている。


 唐突に、紫縁がにぃ……と口角を引き上げた。


 刹那、蒼矢はヤバいと本能的に悟る。戦闘中に紫縁が笑みを浮かべるのは、何かをたくらんでいる時なのだ。


 全体重を両腕に乗せるようにして、紫縁をその刃ごとはね返し、すぐさま後方に飛び退く。


 蒼矢が後方へ避難するとほぼ同時に、真っ赤に燃え盛る炎が刃を包んだ。もし、判断がもう少し遅れていれば、大鎌だけでなく蒼矢自身も炎の餌食になっていたかもしれない。


「あっぶねぇ……」


 無意識につぶやいた蒼矢の表情には、本気の焦りが見てとれた。


「さすがに避けるか」


 紫縁はたいして気にした風もなく言って、刀を振り下ろし炎を消す。


「戦闘中のあんたのその笑顔、何回見たと思ってんだよ? その後に何回もひでえ目にあったの、今でも覚えてるっつの!」


「でも、そのおかげで、危機察知能力は向上しただろう?」


「おかげさまで、な!」


 言い放ちざま、妖気で作り出した数本の刃を思い切り投げる。


 しかし、それは紫縁が放った炎にかき消されてしまった。


「それがお前の本気なのか?」


 殺す気で来いと言っただろう、本気を見せろ、と。紫縁の表情が告げている。


 蒼矢はそれには答えず不敵な笑みを浮かべ、ぱちんと指を鳴らした。


 すると、蒼矢の背後の空間から無数の青白い蝶が現れ、紫縁へと一直線に向かっていく。

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