第5話‐3 天狐式交渉術

 二人とも、髪と同色のふさふさした毛をまとった狐耳と四本の尻尾が特徴的だ。それ以外の見た目は、三十代の人間とほぼ変わらない。


 少し見ただけでは、戦闘モードの蒼矢と同様の妖狐だと思ってしまうだろう。だが、二人が着ているり色の着物と四本の尻尾が、彼らの神格が上位であることを示している。


 白梨はにやにやしながら、


「状況的には、蒼矢が泣かせたように見えるよね~?」


 と、蒼矢を煽る。


「うっせえ! そんなことより――」


「あれあれ? よく見たら、昨日、せいちゃんと一緒にいた子だよね? もしかして蒼矢、誠ちゃんから奪ったの?」


 白梨は蒼矢をさえぎり、なおもからかいの言葉を口にする。


「そんなんじゃねえよ! こいつは、単なるクライアントだ!」


 蒼矢は噛みつくように言い放つ。


 それでも、にやにやとしながら疑いの眼差しを向ける白梨。まだ何か言いたそうである。


「白梨。そこまでにしておけ」


 見かねて、紫縁が白梨に声をかけた。


 まだからかい足りない様子の白梨だったが、紫縁に言われてはしかたがないと、諦めたように少し肩をすくめる。


「ごめん、悪ふざけがすぎたね。それで、仕事の話だったっけ?」


 蒼矢はうなずくと、


「こいつに、妖力制御の方法を教えてやってほしいんだ」


 そう言って、二人に朱音を紹介する。


「朱音、です」


 キャスケットを取った朱音は、緊張しながらペコリとお辞儀をした。オレンジ色の猫耳が汗でしっとりと濡れている。


「初めまして。私は白梨。こっちは紫縁です。ここで神様やってます」


 白梨がにこやかに自己紹介をすると、紫縁も軽く会釈する。


「昨日、例大祭に誠ちゃんと来てたよね? その前からもちょくちょく見かけてたけど、お祭り好きなの?」


 白梨が尋ねると、


「はい! 大好きです!」


 と、朱音は笑顔で答えた。


 瞳はキラキラと輝き、まるで純粋な子どものようだ。


「あれ? でも、この格好で神社に来たのは昨日が初めてだったはず……」


 ふと疑問に思い、つぶやく朱音。


「そうだね。でも、そのオレンジ色の耳でピンときたよ。祭りの時期になると、いつもこの神社の隅っこにいたよね?」


 白梨が朱音に確認するように問うと、彼女は力強くうなずいた。


 神様が気にかけてくれていたという事実に、朱音は感激したようで。ほほを赤らめて、羨望の眼差しを目の前の二人に向ける。


「それで、力をコントロールする方法を教えていただきたいんですけど……」


 お願いします! と、緊張が多少はほぐれたらしい朱音は頭を下げた。


 朱音の真摯な態度に、白梨は困ったような笑顔を浮かべる。


 なかなか返事が帰ってこないことを不思議に思った朱音は頭を上げて、


「だめ……ですか?」


「だめっていう訳じゃないんだけどね」


 歯切れの悪い言い方をする白梨。


「教えて欲しければ、武力行使でもするんだな」


 それまで無言だった紫縁が口を開いた。


「え、武力行使って……天狐様と戦うってこと!?」


 驚きの声を上げる朱音。


 動揺している彼女に、


「ああ。言ってなかったか?」


 蒼矢があっけらかんとして言った。


「聞いてないわよ、そんなこと!」


「まあまあ。力試しとでも思ってよ」


 と、朱音をなだめる白梨。


「力試しって……。じゃあ、人間にお願いされた時もこの方法なんですか?」


「違うよ。人間からの場合は、その人間が信心深いかどうかで決めてるかな。この空間は私達が作り出してるんだけど、一応神域だからね。人間は、ここには入れないんだ」


 白梨が説明すると、朱音はなるほどと納得した。二階堂が同行しなかったのも、これが理由だろう。


 力試しとは言え、神様と戦うことに戸惑いがないわけではない。どうしたものかと朱音が考えていると、隣から濃密な妖気を感じた。


 勢いよく振り向くと、蒼矢がすでに戦闘モードへと移行していた。瞳には険呑な光をたたえ、獲物を前にした獰猛な獣のような表情を浮かべている。


 蒼矢の豹変ぶりに朱音は恐怖した。狐耳と尻尾に、ではない。今までとは明らかに異なる雰囲気に、である。優男やさおとこ然とした彼しか知らなかったのだから無理もない。


「朱音ちゃん、こっち」


 いつの間に朱音の側に来たのか、白梨が彼女の肩に手を置いてうながす。


 朱音はうなずくと、白梨とともに道場の端へと下がった。


 まだ恐怖で震えが止まらない朱音の背中を、白梨は優しくさする。


 大丈夫だから。怖がる必要はないからと告げると、朱音はうなずいてゆっくりと深呼吸をした。


「……ごめんなさい、もう大丈夫です」


 何度目かの深呼吸の後、朱音はしっかりした口調で言って、前方の二人を見据える。


 悠然とした態度の紫縁と、それに相対あいたいする蒼矢の後ろ姿。両者の間には、緊迫した空気が漂っていた。

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