第5話‐2 天狐様に会いに

 しばらく歩いて行くと、赤い鳥居の前に着いた。二人とも自然に足を止める。


「いつ見ても変わんねえな」


 鳥居を見上げ、蒼矢はつぶやいた。


 数年に一度のペースで色を塗り替えているだろうそれは、古さを感じさせない程の鮮やかさを保っている。


(まあ、古ぼけていればいいってわけじゃねえけど)


 そう思い直し、鳥居をくぐろうと歩き出す。しかし、隣にいるはずの朱音は、その場で立ち止まったままだった。


「……朱音?」


 不思議に思い呼びかけると、朱音は肩をびくりと震わせて蒼矢を見る。


「どうした?」


 蒼矢は朱音のもとに戻り、優しく問いかける。


「……ごめんなさい。ちょっと緊張しちゃって」


 これから神様と対面するのだ、緊張するのも無理はない。


「俺も最初はそうだったぜ。でも、元は俺らと同じ妖怪だし、そこまで気負うことはねえよ」


 そう言うと、蒼矢は朱音の頭をぽんぽんと軽く叩いた。


「うん……ありがと」


 礼を言って微笑む朱音に安心したのか、蒼矢は無言で歩き出した。その少し後ろから朱音もついて行く。


 鳥居をくぐり参道を進んで行くと、肌に感じる空気が徐々に変わっていった。心なしか冷たく感じる。だが、それは嫌なものではなく、むしろ心を落ち着かせてくれるような清々しいものだった。


 境内には誰もおらず、昨日の喧騒けんそうが嘘のように静まり返っている。


 蒼矢は、まっすぐに本堂へと足を運ぶ。その後を追うようについて行く朱音。


 静寂の中に二人の足音だけが響く。まるで、この世界に二人だけしかいないかのようだ。


(……勘弁しろよ。どうせなら、もっと美人なお姉さんがいいっての)


 そんな錯覚をしてしまった自分に心の中で抗議して、小さくため息をついた。どうやら、蒼矢にとって朱音は守備範囲外らしい。


 そんなことはつゆ知らず、蒼矢のため息に気づいた朱音は、


「どうかした?」


 と、純粋に尋ねた。


「あ、いや……何でもねえ」


 平静を装って告げる蒼矢。だが、声が少しうわずってしまう。


 わずかな声色の変化など気に止めていないのか、朱音はそっかと気のない返事をしただけだった。


 追及がないことに内心ほっとする。


(……っと。そんなこと考えてる場合じゃなかった。切り替えとかねえと、白梨にツッコまれちまう)


 仕事で来たのだからと、蒼矢は気持ちを半ば無理やりに切り替える。


 本堂に着くと、蒼矢はズボンの後ろポケットから財布を取り出し、小銭を賽銭箱に投げ入れた。木箱に小銭が当たる小気味好い音が響く。


 蒼矢が二礼二拍手一礼をすると、朱音も見よう見まねで参拝する。


(白梨、紫縁、いるんだろ? 通してくれ)


 蒼矢は、周囲に人の気配がないことを瞬時に確認してから、心の中で白梨と紫縁に問いかけた。


『……おや、蒼矢じゃないか』


 蒼矢の耳もとで聞こえてきたのは、白梨の声だった。


『女の子連れとは、また珍しい』


 揶揄やゆするような白梨の声音に、蒼矢は仕事だと短く告げる。


 昨日の二階堂の言葉を思い出した白梨は、それ以上からかうことはしなかった。


『彼女に、目を閉じるように伝えて』


(わかった)


 蒼矢は短く答えると、


「朱音。これから天狐様に会いに行くから、俺がいいって言うまで目、閉じてろ」


 正面を向いたまま、ややぶっきらぼうに告げる。


 朱音は緊張した面持ちでうなずき、固く目を閉じた。


 蒼矢も静かに目を閉じる。


(いつでもいいぜ)


『それじゃあ、いくよ』


 白梨の声が頭の中に響いたかと思うと、目を閉じていてもわかるくらいのまぶしい光が二人を包んだ。


 しばらくして、光が終息するのを感じた蒼矢はゆっくりと目を開ける。眼前には、懐かしい光景が広がっていた。


 自然と安堵の息がもれる。


「目、開けていいぜ。朱音」


 蒼矢は、隣にいる朱音に明るく声をかけた。


 朱音がおそるおそる目を開けると、景色が一変していた。境内だったそこは、広々とした道場に変わっていたのである。


「え……何!? ここ、どこ?」


 何が起こったのか理解が追いつかず、目を白黒させる朱音。


「落ち着け」


 そう言って、蒼矢が朱音の肩に手を置くと、安心したのか彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。


「お、おい……」


 突然のことに戸惑う蒼矢。


 だが、それも一瞬のことで。優しい眼差しで朱音を見ると、彼女の頭を優しくなでた。


「あ~あ、女の子泣かすなんて最低だ~」


 後ろから揶揄するような声が聞こえてきた。


 聞き覚えのあるその声に、蒼矢の表情は一気に険しいものになる。朱音をなでていた手もぴたりと止まった。


 蒼矢の雰囲気がガラリと変わったことを感じ取り、朱音は涙をぬぐいながら顔を上げた。


「人聞きの悪いこと、言うんじゃねえよ」


 蒼矢はぶっきらぼうにそう言って、後ろを振り返る。


 すらりとした長身の人物が二人、そこにはいた。


 双子だから当然だが、背丈も中性的な顔立ちもまるきり同じ。違うところと言えば、髪の長さと瞳の色だけで。


 純白の長い髪に浅葱あさぎ色の瞳を持つ人物と、純白の短い髪に紫紺しこんの瞳を持つ人物。この神社に奉られている神様、白梨と紫縁である。

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