第1話‐2 本日の依頼人
開店といっても、商店のように商品を並べることもなければ、客が並んでいるわけでもない。正直に言ってしまえば、開店休業状態である。それでも店を開けているのは、困っている人を見過ごせない二階堂の性格ゆえである。
来客がない時間は、基本的に休日とあまり変わらない。二階堂は読みかけだった小説を開き、蒼矢はテレビを点けてワイドショーを眺めている。
一時間程経った頃だろうか。何かの気配を感じたのか、蒼矢がおもむろにテレビを消し、
「誠一、仕事だぜ」
と、二階堂に声をかける。
二階堂は読み終えることができなかった小説を閉じ、軽く伸びをして仕事モードに切り替える。
しばらくして、玄関の呼び鈴が来客を告げた。
玄関に向かいドアを開けると、細身の女性が立っていた。
「いらっしゃいませ」
二階堂が声をかけると、
「あの……どんな依頼でも引き受けてもらえるって聞いて来たんですけど、本当ですか?」
女性が不安そうに尋ねる。
「ええ、本当ですよ。さあ、中へどうぞ」
詳しい話を聞かせてほしいと、女性を招き入れる。
「……お邪魔します」
彼女は差し出されたスリッパに履き替えて、二階堂の後ろからついて行く。
女性を居間に案内した二階堂は、
「どうぞ」
と、椅子をすすめて向かい側に座る。
彼女もそれにならい腰かけるが、どうにも落ち着かない様子である。
キッチンで紅茶の準備をしていた蒼矢が、三人分のティーカップを運んで来た。配膳を済ませ、冷めないうちにどうぞと声をかける。
女性は小さく礼を言って、紅茶を一口飲む。
「あ……美味しい」
りんごのような優しい甘い香りに、思わず感嘆の声を上げる。
「お口に合うようでよかった。心が落ち着かない時は、カモミールティーが一番ですからね」
二階堂が優しく微笑むと、
「そうですね」
と、女性は弱々しくではあるものの、笑顔を見せた。
改めて二階堂と蒼矢が簡単な自己紹介をすると、女性は
「どういったご用件で?」
二階堂が尋ねる。
「実は、息子の様子がおかしくて。病院にも連れて行ったのですが、病気ではないと言われてしまって……」
「様子がおかしい、ですか。具体的にはどのような?」
「たくさん食べるようになりましたね、でも全然太らなくて。それに、突然唸りだしたりして」
「ふむ……。それは、いつ頃からですか?」
「確か……二週間程前から、ですかね」
「なるほど……」
かすみの話を聞いて、二階堂は思案する。
かすみの子どもは、おそらく、何かに憑依されているのだろう。その『何か』が何なのか、思い至らない。今回の症状は、一般的に知られている取り憑かれた時の症状には当てはまらないのだ。
「そいつは、狸憑きだな」
それまで
「狸憑き……?」
聞きなれない言葉に、二階堂が聞き返した。かすみもきょとんとしている。
狸憑きとは、言葉の通り狸の霊が人に憑依することである。狸に憑かれた際の症状は様々だが、よく言われるのは大食になるというものである。空腹は満たされるが、栄養分は狸に奪われてしまうらしく、憑依された本人は衰弱していき、やがて命を落としてしまうという。
「そんな……。じゃあ、息子は……優太は助からないんですか!?」
かすみは血相を変えて、蒼矢に詰め寄る。
「落ち着けって! まだ助からねえと決まったわけじゃねえ」
「でも……」
「今話したのは、あくまで何もしなかった場合の話だ。でも、あんたは俺達に助けを求めた。なら、まだ手遅れじゃねえ。そうだろ? 相棒」
「ああ」
二階堂は力強くうなずいて、
「神山さん。この依頼、お受けいたします」
「本当、ですか?」
「ええ。困っている人を放ってはおけませんからね」
「ありがとうございます」
「それで、息子さんに事情をお聞きしたいのですが、今どちらに?」
「自宅にいます」
神山家は、ここから車で十分ほど行った所にあるという。
二階堂と蒼矢は、かすみの先導で神山家に向かうことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます