3

 翌日、私は疲れが残っている身体と色濃く残る恐怖心を引きずりながら、なんとか登校した。ベッドにいても身体はだるく、目を閉じれば金の瞳が追ってくる。家で寝ていてもうなされるなら、学校にいたほうが気が紛れると考えて登校したけど、だるさもあって足取りは重く、遅刻寸前で校門をくぐる羽目になった。

 それでも登校は正解だった。驚くことが二件立て続けに起こったおかげで、恐怖心はかなり薄らいだから。

 ひとつは、あの倉庫が雑草ごときれいさっぱり無くなっていたこと。校門をくぐりつつ現場に目をやると、まっさらなさら地になっていたのだ。あまりにもきれいに無くなっていたため、頭の中もさら地になったように白くなった。

 もうひとつは、今日から新しく赴任してきた人がいたこと。全校朝礼で校長がにこやかに話す経歴説明も聞かず、隣に立つ人物の頼もしそうな笑顔に、つい声をあげそうになった。

「ということで、本校の学生カウンセラーの一人として六道(りくどう)住職にお越しいただき――」

 挨拶に来ていたとは言っていたけど、まさかこんなことだったとは思いもしなかった。

 六道住職はマイクの前に立ち、おちついた雰囲気でゆっくり手を合わせて会釈する。

「こうしてここに来たのも縁でしょう。私はあなた達と一生つき合うつもりでいますので、遠慮なく気軽に声をかけてください」

「以上で全校朝礼を終わります。礼」

 一生ねえ、と思いながら、私は軽く頭を下げた。

 教室に戻って席に腰をおろしたとたん、貴子が駆け寄ってきた。そういえば今朝はまだゆっくり話もしていない。

「おはよ、たあこ」

「ちょっと、あやっち! あの倉庫どうしちゃったの!? ちょっと困るんだけど」

「私もびっくりした。きれいになくなってたよね。記事はどうするの?」

「あ、記事はもういい。どうでもよくなっちゃった」

「そう、なの?」

 私は、貴子があんなに怖い思いまでしたことを、あっさり一言で流したのが信じられなかった。怪我しそうだったり怒られたり、危ない目にあった時ほど記事にしてやるって燃えていたのに。

 聞き返そうと思ったが、やめた。現場がなくなってしまったのだ、そういう意味で記事にしたくてもできず、どうでもいいと言ってるのかもしれないし。私も笑って流すことにした。

「でも昨日はまいったよね。夜はうなされて眠れないし、今日は身体がやけに重くてだるいの。たあこはそんなことない?」

 貴子はにこりと笑う。

「全然。元気だよ」

「いいなあ」

「あやっち、歳なんだよ」

「なにおう」

 あははと笑った時、先生が入ってきた。貴子は自分の席へ戻っていく。いつもと変わらない日常を感じながら、降りだした雨を見つめた。

 あのあと、皆でそろって帰った。今までも皆で帰ったことはあったけど、最後まで誰もなにも言わずに下校したのは、はじめてだ。貴子でさえ一言も喋らなかった。私も皆も自分の経験したことで手一杯で、話す余裕などなかったのだと思う。

 家に帰ってお風呂も食事もそこそこにしてベッドに潜りこんでも、身体も気分も重くてたまらなかった。暗い部屋がやけに怖くて、部屋中の電気を点けて目を閉じても、まだ金色の瞳ににらまれている気がした。飛び起きては、あれはもう来ないから大丈夫だと自分に言い聞かせた。それでもまだ机の下やベッドの下、暗いところで息を潜めて見てる気がして、怯えて確認しているうちに朝が来ていた。朝の訪れがあんなにうれしい事だなんて知らなかった。

 担任から連絡事項を聞いていると、昨日のことが実は悪い夢を見ただけじゃないかという気にすらなる。今日はまだほかのメンバーに会っていない。皆はどうだったのだろう。やっぱり、貴子みたくケロリとしているのかな。

「取井。おい、取井!」

「ん、あっ?」

 後ろからこづかれて現実に引き戻された。担任があきれたようにこちらを見ている。

「聞いてるか。取井も昼休みにカウンセリング室に来てほしいと言っていたぞ。ちゃんと行けよ。坊さんの話を聞きながらまたぼんやりするなよ?」

「ああ、はい。ええと、どこのお寺ですか」

 ぼけた返答をしてクラスの笑いをとっても、恥ずかしいどころか、さらに困っただけだった。意識がどこか混乱しているらしく、お坊さんと学校が結びつかない。

「おいおい、しっかりしろ。朝礼で会ったばかりだぞ。六道住職がいるのはカウンセリング室、保健室の隣だ。中村も呼ばれてるから、昼休みにふたりで行ってこい。忘れるなよ」

「はい」

 返事をしながら、昨日の一件の話だろうなと思った。だけど、どうやってクラスと名前を知ったのだろう。教えた覚えはないんだけどな。

 一限目が始まる頃には、雨は本格的に降りだしていた。傘、忘れてきた気がする。


 昼休み。カウンセリング室を前にして、私はすこし緊張しながらノックした。生徒対象のカウンセラーが週に三日ほど待機しているけど、実際訪れたのはこれが初めて。誰もいないといいんだけど。

「どんぞ」

 中から聞き覚えのある声が返答したので、思わず反応して引き戸を開けた。遠藤がパイプ椅子ごとのけぞって、こちらを見ている姿が真っ先に目に入る。

「取井ちゃんもか」

「あんたもかい」

「吉備も乾も呼ばれてるってよ。中村は」

「貴子は用事済ませてからくるってさ。先に来た」

「おう、二人目が来たな」

 六道住職が職員机から手招きした。今は濃紺の作務衣を着ている。

 室内は保健室に似ていた。消毒薬の匂いじゃなくお香の匂いがただよい、ベッドの替わりに会議用の机が二つくっつけてあり、薬品棚の替わりに大きなロッカーが置いてあるだけ。全体を見てもなんだか閑散として、カウンセリングをするには冷たい気がした。

 遠藤が声をひそめる。

「なあ、取井。どうしてバレたんだろ。オレそんなに有名人?」

 さすがに遠藤もすぐ素性がばれたことが気になったらしい。

「私もちょっと気になったんだよね」

 住職がお茶を運んできたので、私たちはすぐ離れる。住職はやさしい笑顔をたたえていた。

「取井さんだったな。六道だ。よろしく。好きなところに座るといい。わかってるだろうが昨日のことを聞きたくてな」

 私はとりあえず遠藤の前に座って、出された緑茶を一口飲んだ。

「あの、なんで名前とかわかったんですか。誰も教えてなかったのに」

「先生方に特徴を言ったら、すぐ教えてくれたぞ。皆生徒会役員なんだってな。それと新聞局の副局長。今期の生徒会はなかなか有能だとほめてたよ。生徒と教職員のいいパイプ役になっているようだな」

 遠藤と私は照れ笑いを交わした。先生が言ったのならしかたない。

「ちなみに呼び出した理由だが、先生方には、以前、街でたまたま困っていたときに、通りすがりで助けてくれた子たちだったから、お礼がてら話がしたいと言ってある。これなら誰も文句は言わないだろ。ここの一番偉い人だけは化け物の事情を教えてあるけどな」

 それなら学校側も納得しつつ光栄に思うだろう。遠藤は、よく言うよとあきれた。

「私は小児カウンセラーも兼業してるただの坊主だ。おかげで‘六道先生’と呼ばれるほうが多いか。昨日みたいなことが起こったとなると、坊主としても臨時職員としても、人としても黙っていられない。一番偉い人も、生徒の脅威はできるだけはやく排除したいと言っていたよ」

 遠藤が口を開く。

「だから、あそこを一晩でぶっつぶしたのか」

 住職は当然とうなずく。

「そう。追い出すには巣をつぶすのが効果的だからな。証拠も早いうちに消したほうが、被害はすくなくて済む」

「どういう意味だよ」

「余計な人間を巻き込まずに済むってことだ。お前さんたちも、ただ興味があったから行ったのであって、わけわかんない化け物を見に行ったわけじゃないだろ」

 会計ふたり、そろってうなずいた。

 住職はまっすぐ私たちを見つめる。

「君たちがあそこにどうして行ったのか、そこでなにが起こってどうなったのか。できるかぎり詳しく教えてくれないか」

「いいですよ。六道先生って話しやすそうだし」

 私は裏掲示板のことは省いて事の経緯を伝えた。倉庫で部活帰りの生徒が見たものの話、取材目的で行ったこと、私は怖くて入れなかったけど最後には入ってしまったこと、天井にあれがいたこと、あれの正体に心当たりがあること。合間に遠藤が補足して、なんとか話すことができた気がする。

「かけおちしたはずの女子生徒だったのか」

「たぶん西川先輩です。うちの制服を着てたし、薔薇のピアスしてたから。でも似てるだけで、あれは偽物かもしれない。だって髪はライオンみたくバサバサだったし、目なんて金色にぎらぎら光ってて、牙も……サメみたいにいっぱい……生えてて」

 言いながら身体にふるえが走る。

 あの目。狩りをする猫科の動物を彷彿させる目。あれににらまれた時、本当に食われるかと思った。生きたまま食べられて死ぬなんて、想像するだけで怖くてたまらない。

「なんだと」

 突然、先生が勢いよく立ちあがったので、私と遠藤は逃げ腰になった。温厚そうな雰囲気はなく青ざめ、見開いた目で凝視してきた先生は、かなり怖い。

「もっとくわしく教えてくれ。どんなことでもいい、全部」

 先生は真顔で身を乗りだしてきた。なにやら尋常ではなさそうな期待にすこしでも応えるよう、私は手に汗を握りながら記憶を巡らせる。

 襲いかかってきた西川アキはどういう姿をしていたのか。どんな声で、どんなふうに襲いかかってきたのか。思い出せ、と自分に言い聞かせながら、頭の中で言葉になったものから先に口にしていく。

「……なんか、人間だったけど化け物みたいだった」

「それから」

 脳裏に浮かぶ映像をなんとか伝えようと、目を閉じ手で顔をおおう。暗記物をするときの癖だ。思い出せ。そこで私はなにを見た?

「えと、頭はばさばさで、制服も汚くて泥とか埃だらけになってた。右袖が無かった気がする。……顔が赤かったよ。たぶん血だと思う。それで、はじめ、あれは天井からぶら下がってた」

 それから、それから。

「目が光ってた。金色で、ぎらぎらして、こっち見てた」

 がりり、という音に顔を上げる。先生が会議机に爪を立てて、喉の奥からうなるようにつぶやいた。

「見つけたぞ」

 ただならぬ気迫に固唾を呑む。

 遠藤がのんきに尋ねた。

「さがしてたのか」

「ああ。あれはこの世に居てはならない化け物なんだ。いつも逃げられていたが、今回は逃がさん。あたらしい被害者が出ないうちに俺が消してやる」

 怒りを含んだ声に、私は違う寒気を覚えた。深い、とても深い恨みのようなものがあるような気がした。

 ふいに先生は私たちを見て、順繰り頭に手を置いた。もうあの怖い雰囲気はなく、やさしいお坊さんになっている。

「今回は本当に運が良かった。遭遇した人間が複数、それも子供だ。重傷者がいてもおかしくないのに、無傷か、怪我してもせいぜい軽傷で済んでいる。奇跡に近い」

 聞きながらあらためて悪寒が走った。あれに襲われておいてよく無傷で済んだと思う。

「いいか。約束してくれ。あとはこっちに任せて、お前らは二度とあれには関与しないこと。倉庫をつぶした跡にも行くなよ。また出るかもしれないからな」

 遠藤が不服を漏らす。

「でも、ちょっとくらい見に行ってもいいだろ」

 先生は強くにらんだ。

「だめだ! ああいうのはかならず、いた場所に戻ってくる。言っただろ、あれに襲われて生きてるだけでも奇跡なんだぞ。今度こそ墓に入りたいのか」

 聞いていた私は湯飲みを倒してしまった。

「わ、すみません。なんかまだ、びくびくしちゃって」

 あわててハンカチを出そうとしたけど、身体がふるえて手こずった。横から先生が手際よく拭き取ってくれる。

「謝ることはない。あんなのに襲われたばかりだ、フラッシュバックしないほうがおかしいだろう。倉庫の中では生きた心地しなかったんじゃないのか」

「はい」

 うなずく私に、遠藤も真剣な顔つきで賛同する。

「オレも死ぬかと思ったぜ。椅子の脚あるだろ、あれをあいつの腹に入れても、ぜんぜん効かないんだもんな。マジで化け物だよ、あれ。乾も掌底一発で吹っ飛ばされて」

「乾って、あそこで吉備くんを気遣っていたヤツだな」

「そうそう。あのでかいワンコ」

「ああ、そんな感じだな」

 遠藤のとぼけた解説に、先生は感慨深げにうなずいた。誰が見てもポチらしい。

 先生が壁の時計に目をやった。

「遅いな」

「ワンコのことか?」

「そう。あと吉備くんも、中村さんもまだか。皆、登校しているのは確認しているんだがな」

「中村はいっつも忙しいからなあ。吉備と乾はそのうちセットで来るって」

 隣で聞きながらつい笑った。

「セットだよね。遠藤、なんでいっつも会長のうしろに乾がいるの? あそこまでついて歩くのは異常だと思うんだけど」

「さあ。オレも注意してっけど、全然止めねえよな。オレの親友が迷惑してるってのに、殴ってもわかんねえぞ、あれ」

「遠藤、会長と親友だっけ。乾は喧嘩友達だっていうのはわかるけど」

「オレはそのつもりなのっ」

 ふてくされる遠藤に、先生が身を乗り出す。

「なんかおもしろそうな話だな。ちょっと聞かせろ」

 私と遠藤は、ここぞとばかりに説明した。

「ワンコってさ、ぶっちゃけ吉備ストーカーなんだよな」

「そう。ボディーガードみたいにいつも一緒なの。会長も迷惑だって言ってるのに、自分が選んだことだからとか言って、ぜったい止めないんだよ」

「昼休みとか放課後は、吉備のところに行ってるんだぜ。取井知ってたか?」

「知ってるよ、有名だもん」

「そりゃ吉備もあんなことあったせいで、一年のときは弾かれてたけどさ。今はもうそういうのはないし、あんなに側にいなくてもいいと思うんだよな」

 先生はなにかに興味をもったようだ。

「乾くんは吉備くんにくっついて歩いてる状態はわかった。吉備くんも見るからにいじめられやすそうだしな。でも、なにか別の原因がありそうだな。良かったら本人が来る前に聞かせてくれないか」

 とたんに私は声をひそめる。室内には三人しかいないし有名な話だけど、声を大にして話すことじゃない気がした。

「会長ってね、殺人事件の生き残りなのよ。何年か前に隣の県であったでしょ、一家が父親に殺されたって事件」

 先生は首をかしげる。

「殺人事件は知ってるが、詳しい話は忘れたな。放火もしたんだったか」

「違うよ、放火はしてない。ほら、お父さんにお母さんと弟が殺されちゃって、お兄ちゃんは怪我で済んで、お父さんは次の日死んでたってやつ」

「そうだったか。原因とか判明してるのか?」

「さあ。突然だったらしいけど。借金とかストレスとかじゃないのかな。遠藤聞いてる?」

「オレも知らねえよ。でもキレる時なんて、そんなもんじゃねえの」

 六道先生は椅子に深く腰掛け、息を重々しく吐きだした。

「そうか……生き残っちまったのか……」

 そう言うと、痛々しそうに目を伏せる。なにか思うことでもあるのだろうか。

 少しして。

「あ、そうだ。お前ら、あいつと接触したんだよな」

 先生はごそごそと作務衣の袂をまさぐった。なにが出てくるのか、私と遠藤は身を乗り出して待つ。

「ちょっと、見ろ」

 出てきた物に私は目を奪われた。

 ただの数珠だが、見とれたのはその色。血でできていると言われれば信じてしまいそうな赤だ。女子なら普通は気持ち悪いと言うだろうが、私は嫌がるどころか、すっかり魅了されてしまった。そのくらい、きれい。

 差し出されるがまま手に取る。熱でもありそうな赤なのに、珠は冷たくてきもちいい。うっとりと見つめてから手につつむと、しっくりと馴染んだ。

「いいなあ、これ」

「取井、はやくこっちにも貸してくれよ」

 渡したくなかったが、先生がうなずいたので渋々渡す。

 遠藤も気に入ったのか、好奇心いっぱいの表情で数珠を見つめた。

「すっげえ。なにこの色、血みたいだな」

「だろ。元はもうすこし薄い色なんだが、この石は使うごとに濃くなるんだ」

 それでな、と先生は私たちに尋ねた。

「お前ら、今、どこか変な感じとかしていないか。しびれたり、具合悪くなってきたり」

 会計ふたりはそろって頭を左右にふる。

「具合はさっきより良くなってるみたい。ずっと身体が重かったんだけど、今はぜんぜん平気。このお数珠いいですね。ほしいなあ」

 先生は安心したようにほほえむ。

「やらんぞ。一点物だ。紐とかも弱ってるからそろそろ……あ、遠藤!」

 追って目をやると、とんでもないことに、遠藤は数珠をねじったりゴムのように引っ張っていた。

「こら! 糸が切れる前にそろそろよこしなさい」

「もうちょっといいだろ。なんか良いんだよ、これ」

 数珠に頬ずりする遠藤を、先生は小さい子のいたずらを叱るようににらんだ。

「調子に乗るな! いい加減こっちによこせ!」

 出される手を遠藤はするりとかわす。

「もうちょい」

「遠藤、よこせと言ってるだろうが!」

 ふたりのやりとりになにか引っかかる気がして、頭をひねる。どこかで聞いたような、なにか大事なことだったような……。

「――ああ!」

 つい大声をあげた私に遠藤は驚き、落とした数珠を先生がひったくる。

「先生! ヨコセって言った」

「そりゃ今そう言ったが」

 当然、先生は眉をひそめる。私はうまく伝えられず、じれったいあまり怒鳴った。

「違う! あの化け物が言ってた!」

「なに」

 先生は青ざめ、頬をこわばらせる。

「ヨコセ、ヨコセって。会長に向かって、何回も言ってた。魔女みたいに低くてがらがら声で」

「吉備、餌でも持ってたんじゃねえの」

「あほう!」

 冗談を言った遠藤を、先生が怒鳴りとばした。狭い一室に響くほどの声量が、事の重要さを物語っていた。

 六道先生は席を立ち、反動でひっくり返ったイスにもかまわず、まっすぐロッカーに向かった。壊れそうな勢いでドアを開けると仏壇が姿をあらわせた。下段の引き出しを乱暴に開けて、がさがさと荒らしはじめる。

 呆然と見守る私達にも構わず、顔も上げずに先生は指示を出した。

「取井! あれがよこせと言っていた相手は彼だけか」

「た、たぶん」

「わかった。やばいぞ」

 え、と私と遠藤は緊張に息をつまらせる。

「どっちでもいい、ケイタイ持ってたら彼を捜せ! 今すぐだ! どこにいるか確認しろ! ああくそっ、使う時に決まって見つからねえ」

「でも吉備、ケイタイ持ってないぜ?」

「じゃあそいつの友達でもいい! とにかくどこにいるか教えろ、早く!」

 先生のようすから、かなり重大な事態だという事しか理解できないまま、PHSのボタンを操作する。電話してもなかなか出ない佐々木亭に 今度は至急と書いたメールを送信した。ねえ、会長が今どこにいるか知ってる?

 ロッカーの扉が変形しそうな音をたてて閉められた。

「くそっ、置いてきた。取井、いたか?」

「まだわかりません。校内放送のほうがいいかも」

「待ってる時間が惜しい。いつものこの時間、彼はどこにいるかわかるか」

「生徒会室にいないなら教室とか職員室だろうけど」

「なんなんだよ、一体」

 ひとり遠藤は、パイプイスの背もたれによりかかって、事の流れを見つめている。先生はいらついた口調で答える。

「奴が吉備だけによこせといった。その彼がまだ来ない。これはひょっとするとひょっとするぞ」

「だからなにが、さ」

 私もいやな胸騒ぎがわきあがる。それも、ものすごく嫌な予感。

 六道先生ははっきりと言った。

「すでに、彼があの化け物になっているかもしれない、ということだ」

 言葉を失った。

 同時にPHSが鳴る。出ると、佐々木亭が息を切らせながらも早口で喋った。

‘取井! 今学校の裏に、来てるんだけど、吉備太が倒れてて、これから保健室に連れ’

 最後まで聞かずに電話を切った。

「校舎裏! 倒れてるって!!」

 遠藤が腰を上げる。

「マジかよ!?」

「案内しろ!」

「はい!」

 私たちは先を争うようにカウンセリング室を出ていった。

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