私メリーというものですが、今からお伺いしてもいいですか?
木庭袋 湊
第一章 メリーさんからの
1段目 こんにちは
7月1日。
まだまだ梅雨が明けきらない土曜日。
小学校入学の時に買ってもらう勉強机、たくさんの漫画やラノベの並んだ本棚、窓際に置かれたベッドと特に目立つようなものもない普通の男子高校生の部屋のベッドで僕、
タイトルに惹かれて思わず衝動買いしてしまったのだが、思いの外面白くその小説に惹き込まれていた。
僕は時間を確認しようと枕元にある携帯を手にとる。
【15時20分】
画面に表示された時刻を見て、まだこんな時間かと再び小説を手にとる。その時、手の中で携帯が鳴る。
見ると知らない番号からの着信だった。
誰か電話番号でも変わったのかと思い、その電話に出る。
『こんにちは、突然すみません。私メリーというものですが、今からお伺いしてもいいですか?』
「……罰ゲームか何かですか?」
『いえ、個人的な用件といいますか……仕事です!はい!』
「そうですか……まあ、別にいいですけど。」
『ありがとうございます、15分ほどで着きますのでお願いします。』
そういって電話は切れた。
電話を掛けた方から切るとはマナーのいい悪戯だなと思いながら、自称メリーさんを待つことにした。
そして、ぴったり15分で再び先程の番号からの着信がくる。
「もしもし」
『こんにちは、私メリー今あなたの後ろにいるの。』
悪戯ではなく本当にあの怪談のメリーさんだったと思い、振り返るとそこにはずぶ濡れの女が携帯を手に正座していた。
「……」
「……?驚かないんですか?」
「いや……これでも驚いてますよ、でもあまりにも普通なので」
そこに正座していたのはよく街中で見かける女というよりは女の子といった方がいいだろうか。フリルのスカートに袖部分がひらひらとした今時ファッションな優とさほど歳の変わらない女の子だった。
「……メリーさんですよね?あの怪談の」
「はい、そうです。メリーさんです」
「どうみても日本人にしかみえないんですけど?」
髪型はセミロング、黒髪が雨で濡れて艶めかしい。まさにカラスの濡れ羽色とでもいうのだろうか。メリーさんは黒々とした瞳でこちらを見ている。
「ああ、これは役職みたいなものなんですよ。それで私に割り当てられたのがメリーさんなんです」
「……職業なの?」
「はい、ちなみに本名は
見た目の歳は僕とさほど変わらなく見えるが、まあ幽霊にもいろいろあるんだろうな。
「それで、如月さん。どうして僕の家に?」
「あ、メリーでお願いします。
今日ここに来たのはあなたに驚いてもらう予定だったんですが……」
全然驚いてませんよね……とメリーさんは下を向いて落ち込みだす。
「そ、そういえば仕事って言ってたけど驚かせるのが仕事なの?」
「はい、そうなんですけどまあ、自分の為ですね。話すと長くなるんですかいいですか?」
「いいよ、どうせ暇だし」
せっかくの休日を雨に邪魔されてどこにも行けずどうせ小説を読んでいるだけなので、僕はこの自称メリーさんの話に付き合うことにした。
メリーさん曰く仕事内容はこんな感じらしい。
まず、前提条件として一度死んでいること。
死んだら成仏するかこの世に残るかを選べるのだという。
成仏を選べば死後の世界とやらにいけるらしく、この世に残るを選べばそのままこの世に留まることができる。
ただし、留まる場合は職につきその職というのが〈役職に就き人を驚かす事〉で有名な妖怪から地方の噂までピンからキリまである役職の中のどれか一つに割り当てられ、人を驚かすことでお金を稼ぐらしい。
そして、もし望むのであればある条件を満たすことで生き返ることが出来るのだという。
「私に割り当てられたのはメリーさんで、1人驚かす度に1500円のお給料がもらえます。」
「結構シビアなんだな」
「有名になればなるほどお給料も多くなるんです。花子さんなんて、1人あたり5千円ですよ」
「花子さん結構稼げるんだな」
この世に留まることを選んだものは大抵この世に未練があり、果たせなかった約束や恨みなどを晴らすために必死で人を驚かすらしい。
「そこで、お願いがあるんですが……あなたに驚いていただきたいんです。形だけでもいいので……」
「はあ……形だけでいいんですか」
「いいんです」
後ろ向くようにと促すメリーさん。
しぶしぶ後ろを向くと携帯が鳴る。
「もしもし」
「私メリー今あなたの後ろにいるの」
電話越しの声とすぐ後ろで聞こえる声が少しずれておかしな感じなる。
そして、振り向くとさっきと同じ姿勢のメリーさんがアイコンタクトで驚いてと合図を送ってきた。
僕は迫真の演技で驚いてみる。
「うわー、びっくりしたー」
……
………
「はい、OKです。ありがとうございました」
「なんだろ、結構アバウトだな」
驚きの基準を知りたいものだ。
きっとそれこそ驚くほど適当なんだろう。
「あ、ちゃんと1500円加算されてます!」
携帯で給料の確認をするメリーさん。
あの世も電子化されてるんだな。
「それより、濡れたままで大丈夫?」
「あー、ちょっと寒いですけど大丈夫です」
「ちょっと待っててね」
僕はそう言って立ち上がり、部屋から出る。
タオル取りにいくためだ。
女はいたわれ。親父からいつも言われていた言葉だ。
幽霊といえど女の子なのだ。
バスタオルとついでに紅茶も淹れて持っていくことにした。
チョイスしたのは上質なアールグレイ。僕の密かな楽しみを分けてやることにした。
右手にマグカップ、左脇にバスタオルを挟んでメリーさんの待っている僕の部屋に向かう。
ちなみに僕の家はの二階建てで一応4LDKだ。僕には5つ離れた兄がいるのだが今は海外留学中で家にはいない。詳しくは教えてくれないのでよくは知らないが母さんは中々な立場で土日も割と頻繁に仕事があり、今日も帰りは18時くらいだろう。父さんは2年前に病気でこの世を去っている。
階段を上り、部屋のドアを開ける。
すると目の前にはベッドの下を覗くメリーさん。
ドアの開く音に気付いたのかメリーさんは慌てて座り直し何事もなかったかのようにおかえりなさいと言った。
「何してたの?」
「いや、あのっ男の子の部屋に入るのは初めてでして!そ、そのやっぱりあーんなものとかあるのかなと思いまして--」
声が裏返っていたり、ごにょごにょと後半は聞き取りずらかったので、このやろっと言わんばかりに左脇に抱えていたバスタオルをメリーさんに向かって投げる。
ふっ、甘いな。僕の隠し場所は本棚のある仕掛けを解くと開く扉の中だ。なおかつその扉も特殊な開け方をしないと燃える仕組みになっている。
ベッドの下なんて中学生のすることだ。
それはさておきと、右手の紅茶をメリーさんに渡す。
「ほら、あったかい紅茶」
「ありがとうございます、ご親切にどうも」
ここでこの紅茶は高いだの有名なものだのは言わないのがコツだ。
素直な感想を聞くためだ。紅茶好きなら当然の極意。
メリーさんは紅茶の入ったマグカップを受け取りそのまま口へと運んだ。
一口啜ると、机の上にマグカップを置いて僕の方に向き直る。
「ところで相談があるんですが……」
美味しいの一言もなしか。
ちょっと悔しい。
髪をタオルで拭きながらメリーさんは続ける。
「実は私、驚かすのはあなたが初めてなんです。いつもは最初に電話したときに断られてしまって……」
そりゃそうだろう。いちいち断わりをいれずに勝手にこればいいものを。律儀なやつだ。
そんなので承諾するのなんて僕かよっぽど寂しいやつだろう。
「それで……どうすれば驚いてもらえるようになると思いますか?」
「いや、もう突っ込みどころ満載でどこから直せばいいかわからないけれど……」
「それじゃ、最初からお願いします。」
お願いと言われると断れない僕。
我ながら流されやすいなと思いつつも協力してやることにしよう。
「そうだな、まずその丁寧語をなんとかするとこからだ。驚かすのにそんなに腰が低くてどうする」
「こっちからお伺いするのに相手に失礼じゃないですか!」
お、おう……
思わぬ逆ギレに戸惑う僕。
少し怯みながらも続ける。
「次に服装だ、なんでイマドキファッションなんだ」
「幽霊がオシャレいけないんですか?女の子の楽しみなんですよ?」
女の子という言葉に弱い僕。
それを言われると言い返せないので、オシャレをしたいのは仕方がないと妥協することにしよう。
「あと、驚かすときに笑顔もやめたほうがいい」
「じゃあ、どんな顔をすればいいんですか」
「いや、普通に恨めしそうな顔すればいいのでは?」
「恨めしくないですもん」
「直す気あんのか!」
そのあと小一時間ほど欠点の克服に務めたがどうにも引き下がることはなく、結局今のままでいくことになった。
正直、疲れたので話題を変えることにした。
「そういえば、なんでこっちに留まってるの?なにか生き返りたい理由でも?」
「あ……それは……」
しまったと思った時にはもう遅かった。
なんてデリカシーのないことを言ってしまったのだろう。
「それが思い出せなくて……」
「……は?」
「私が死んだのは確か交通事故なんです。
事故のショックで忘れてしまったのかも……でも、何かやらなくちゃいけないことが、やりたいと思っていたことがある。だから、留まったんです」
「でもそれじゃ、ずっと用事を済ませられないじゃないか」
「断片的には覚えているんですが……
雨の日の事故でした。私は何故か浮かれててそれで……」
メリーさんの目に涙が滲んできた。
やはり、地雷を踏んでしまったのかもしれない。僕は咄嗟に言葉が出た。
「よかったら、手伝うよ?」
後のことなんて全く考えていない。
そんな言葉だった。
「……本当ですか?」
「別にいいよ。どうせ暇だし」
女の子は労われという家訓だけではないだろう。
それに、他人の気がしないし放っては置けない。流されやすい僕ではあるが、今回は自分から流されにいってみる。
「ありがとう」
メリーさんが笑顔でそう言った時、彼女の頬を涙が流れた。髪の毛から垂れた水滴かもしれないけど。不意にドキッとしてしまった。
その時、一階の玄関が開く音がした。
母が帰って来たのだろう。
「あ、私そろそろ帰りますね。これ以上お邪魔しちゃ悪いですし」
「うん、また連絡してくれ」
「はい、それでは!」
そう言ってメリーさんは立ち上がると、窓の外へ消えていった。
僕は彼女の為に彼女が果たせなかったことを見つけてあげようと思った。
残ったマグカップとバスタオルを片付けようと僕も立ち上がると、すうっとメリーさんが帰ってきた。
「あ、それとお茶ごちそうさまでした。
アールグレイですよね?美味しかったです。それでは」
とだけ言うと再び窓の外へ消えた。
改めていや、絶対に彼女が果たせなかったことを見つけてあげようと思った。
私メリーというものですが、今からお伺いしてもいいですか? 木庭袋 湊 @seven_minato
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