ガリ勉君とスポ根少女

@raito_sgr

一話

 彼は高校生になりはじめて恋をした。

 よく周りからは冴えない男と言われ、女性経験はおろか、女性と話した事が家族を除けばほとんどない。そんな彼が異性を意識したのは、女性に慣れてない彼らしい単純な動機であった。

 

 まだ授業がはじまるには余裕がある早朝、すでに彼は学校に来ていた。とある目的で彼は新学期以降毎朝この時間帯に登校している。

 彼は校舎に入る前に必ずといっていいほどグラウンドの方を見る。グラウンドには運動部が彼が来るより、早くから朝練をはじめており賑わっていた。その中から彼は一人の少女を見つける。

 少女は走っていた

 100メートルの距離を全力で

 その速さは一般の女子高生どころか男子の平均よりも速いであろうか

 走ってる最中は茶色の短い髪が揺れ、胸が揺れ、見る人が見れば卑猥に思うかもしれない

 だが彼は違う。彼には少女が輝いて見えていた。

 

 少女は100メートルを走り終えた。息を切らし、練習着は汗でびっしょり濡れている。

 すると偶然少女の目が彼を見つける。それに気づいた彼は一瞬心臓が止まるかと思った。ずっと見続けていたのがバレたのではないかと内心慌てる。

 だが少女はそんなことは気付いていないかのように、こちらを見つけては笑顔で手を振った。

 

「松田君、おはよう!!」

 

 彼女は元気よく言った。松田君とは彼の名字だ。その笑顔に彼はどきんとする。

 

「お、おはよう永井さん……」

 

 お辞儀をしそれだけ言って彼は急いで立ち去る。ほんとはちゃんと会話をしたかったが、いきなりのことで彼の頭は追いつかなかった。

 

 彼は二年二組と書かれた自分の教室に入る。教室にはまだ誰も来ておらずシーンとしていた。自分の席につくと彼は鞄から教科書とノートを出し開く。

 もはや彼にとって朝から勉強するのは日課だった。元々勉強するのが好きだからであるが、他の人から見るとおかしくも思えるだろう。だがそれくらい彼は勉強熱心で真面目な訳があった。

 しばらくすると次第にクラスメイトが入ってきて教室が賑わってきた。そこに先ほど見た姿がある。

 さっき彼が見とれていた少女だ。彼女もまたこのクラスの生徒だった。練習着から着替えたであろう彼女は制服を着崩していた。

 

 彼女の名前は永井五十鈴(ながいいすず)

 陸上部に所属していて、一年の頃からエースとして活躍しているほど運動神経は抜群。スタイルもよく、誰にでも男女変わりなく平等に接してくれる元気で明るい女の子。

 そんな彼女だからこそ彼は五十鈴に憧れ、また恋をしていた。彼は人と話すのが得意ではない。そのため友人も少ない。だがクラスが一緒になったとき、普通に接してくれた唯一の女の子が彼女だった。

 彼にとってはそれだけで、彼女を意識するのは充分だった。もちろん、彼女にその気はないのは分かっている。だから下手に接しようとは考えてはいない。ただ彼女の姿を見るだけでよかった。

 

「まーた、永井のこと見てるのか」

 

 突然、一人の男が彼に話しかけてきた

  

「ち、違う!そういう訳じゃ……」

 

 彼は焦って否定した。否定はしたものの無自覚に見ていたのかもしれない。

 

「まぁ別に見てようが見てまいが関係ないけどな」

 

 幸い男はそこまで興味を示してはいなかったようだ。この男は一年の時から同じクラスであり、唯一まともに話せる友人だった。

 

「にしても永井なんかのどこがいいんだよ?髪も短くて男っぽいし」

「そんな事ないよ!永井さんは凄く魅力的で……」

 

 思わず口ごもる。これ以上言うのは恥ずかしいしほんとに好きだとバレてしまう。男はそれに気付いたようで、だがあえて触れないようにし話をする。

 

「わからなくもないけどな。あいつ胸でかいし、一度でいいからあんな胸揉んでみたいわ」

「僕はそんな理由で彼女が好きなわけじゃないよ」

「ほら、やっぱり好きなんじゃねーか」

「あっ……」

 

 しまった。はめられた。つい彼女の事を侮辱されたように思えて気付かずに言ってしまった。

 

「好きならさっさと告ればいいじゃねーか。案外OKもらえるかもよ」

 

 ニヤニヤと男は笑う。他人事とはいえこの男はよく簡単にそんな事が言えるなと彼は思った。

 

「僕みたいなのじゃ告白しても相手にしてもらえないよ……だいたいそこまで会話した事があるわけじゃないし」

「はぁ……そんなんじゃずっと告白できないで他の男に取られちまうぜ。お前はもっと積極的になれよ。別にすぐに告白しろとは言わねぇ、自分から話しかけてみたらどうだ」

「それは……」

 

 男の言うことはもっともだった。ほんとうに好きならば、それくらい積極的にやらねば到底恋人にはなれない。

 だが今の彼には五十鈴を見ることぐらいしかできなかったし、それで充分であった。

 

 

 六時間目の授業の事であった。

 今日のこの時間には中間テストの順位の結果が返ってくることになっている。

 

「松田」


 彼の名前が担任の先生に呼ばれる。彼は先生のいる教卓の前に立つ。

 

「今回も学年一位だ流石だな」

「あ、ありがとうございます……」

 

 彼はコクっとお辞儀だけをし席に戻る

 席に座ってまた改めて順位の結果を見た。どの教科も90点代をマークし中には100点の教科もあった。

 文句なしの学年一位だと言えるだろう

 

 だが彼にはこれだけでは満足いかなかった。彼には一つ目的があったから。その目的のためにはこれぐらいできて当然なのだ。

 彼はさっと紙を見ては机にしまおうとする。その時いきなりばん!と自分の机を叩かれる。


「松田君すごい!学年一位だなんて頭良いね!」

「なっ永井さん!?」

 

 目の前には彼が気になっている少女、五十鈴がいた。いきなりのことで彼は慌てて紙を落としそうになる。

 なにより顔が近い。顔と顔の距離が数十センチしかなかった。彼は椅子を少し引き距離を遠ざけた。彼女は気にしてないような顔でにこにこしている。

  

「うちも松田君みたいに頭良くなりたいなぁ」

「僕なんかまだまだですよ……あ、永井さんはどうだったんですか」

「え、うちっ?それは、あははは……」

 

 すると五十鈴は苦笑いをしながら目をそらす。まずい、話を繋げようとして聞いてみたもののデリカシーの無いことを言ってしまったのか。これは会話に不慣れな自分のせいかと彼は思う。

 

「す、すいません!変なこと聞いちゃいましたね……」

「いや、いいんよ。うちだって松田君の結果勝手に見たし……。仕方ない、うちのも見せてあげる」

 

 五十鈴はちょっぴり恥ずかしそうに紙を見せる。見てみるとテストの成績は赤点か赤点ギリギリの点数ばかりで順位も下の方であった。

 

「なんか……すみません……」

「そういうのやめて!そんな哀れむような顔しないで!」

「す、すいません!」

「……ぷっ、あははは!」

 

 そんなやりとりをしていると彼女は突然、腹を抱えて笑いだす。

 

「松田君面白い。さっきっからすいませんばっかり言ってる」

「すみません……」

「だからそれそれ!ふふっ」

 

 笑いの坪が入ったかのように彼女は笑うのをやめない。なんだか少し恥ずかしい。

 

「そんな謝らなくていいよ。松田君なにも悪くないし。それとさ、ちょっとお願いしたい事があるんだ」

「お願い、ですか」

「うん。うちね、この通り成績悪いでしょ。そのせいで赤点取った教科の追試受けることになったんだ。しかも追試合格するまで部活禁止って言われたし……」

 

 五十鈴はしょんぼりした顔をしている。彼女にとってはそれだけ部活が大事なようだ。

 

「だから松田くん頭良いし勉強教えてもらえないかなぁって……お願いっ!」

「それは……」

 

 五十鈴はすばやく手を合わせ頼んでくる。まさかこんな展開になるとは彼は思ってもいなかった。

 しかしこれはチャンスだと彼は考えた。勉強を教えるのに五十鈴と話す機会が多くふえる。それはお近づきになれるチャンスなのだ。

 

「僕でよければ」

「ほんと!やったー、これで追試もすぐに合格できるよ。ありがと!」

 

 彼女は満面の笑みを見せる。その笑顔は見てるこっちも幸せになれそうだった。

 下心ありで言ってはみたが受けて良かったと彼は思う。なにより彼女はこうなるほどほんとうに、部活が、スポーツが大好きなんだと。

 

「それじゃ連絡先交換しよ」

「れ、連絡先!?」

「うん、ずっとクラスメイトだから聞こうかなって思ってはいたけど聞けなかったし。これを機会にいいかなと思ってさ」

 

 五十鈴はスマホを取りだしそのまま電話番号教えてと言われ、彼は頭の処理が追いつかないままされるがままに連絡先を交換する。

 

「よし、と。今日からいきなりじゃ悪いし明日の放課後からいいかな」

「はい、大丈夫です……」

「もう、つれないなぁ……同級生なんだしタメ口でいいよ!」

「分かりまし……分かったよ」

「うん、よろしい!じゃ、また明日ね松田くん」

 

 そう言っては彼女は片目をウインクして自分の席へついていった。あれは無自覚なのかわざとなのか。それはわからないが彼をどきどきさせるには充分であった。

 

 

 彼は帰宅してから急いで自分の部屋へ向かう。そしてそのままベットに倒れこみ今日あった事を振り替える。

 五十鈴に勉強を教えることになり、連絡先を交換し、それからタメ口で話すようになった。これがたった一日であった出来事だ。彼にとってはかなりの進歩であり、あまりにも急すぎて怖くもあった。

 スマホ画面に目を向ける。

 そこには電話帳が記録されており家族の名前以外に一つ、永井さんと書かれた文字があった。

 はじめての家族以外の電話番号。しかも女の子であり自分が好意を抱いている子。

 彼は胸がどきどきしていた。これは夢ではない現実なんだと思うとほんとうに幸せだった。

 

 するとピコンとラインの通知音が鳴る。電話番号で永井五十鈴さんが友達に追加されましたと記録されていた。

 そしてまたすぐ通知音が鳴る。見てみると五十鈴がラインでスタンプを送ってきた。可愛いキャラクターが書かれている。

 とりあえず返事をしようと思ったが、いかんせん彼は人と話すことも少なかったのもあり、ラインも使い慣れていない。文字も書かれていないからどう返信すればいいか迷っていた。

 数分経ったときまた通知が来る

 

「おーい」

「見てるー?」

 

 忘れていた。ラインには既読機能があったため、一度見ると相手に見たことが気づかれてしまう。

 つまり返事を返さないと無視してると思われるのだ。

 

 彼はいそいで文字を打つ

 

『すいません!僕ライン使うの慣れてなくて……』

「そうだったんだー

 ごめんね、いそがせちゃって」

『いえ。僕は大丈夫ですけど』

「あーまた敬語になってるじゃん。さっきタメ口でって言ったよね?」

『ごめん!ついくせで……それで永井さんは何か用?』

「ううん。特になにもないよ

 ただ登録したからなんか話そうかなって思って」

『そうなんだ……』

「そうだ!ついでだし明日何の教科勉強するか決めようよ」

『それじゃあ、永井さんはどの教科が得意?』

「もちろん体育だよ!運動なら誰にも負けない自信があるもん」

『いやそうじゃなくて追試受ける教科でって意味なんだけど』

「ごめんごめん(笑)強いて言うなら国語かな

 あんまり全部変わらないんだけどね」

『そっか。それなら明日は国語にしようか』

「分かった国語だねー

 今のうちに予習しとくよ

 それじゃ今日はバイバイ」

『うん、また明日』

 

 ひとしきり会話をして彼はラインを閉じる

 思わず口元が微笑む

 こんなに学校の女の子と会話できたのははじめてだった。あまりの嬉しさにニヤニヤが止まらない。この姿を見たら誰もがこう思うだろう。

 

「お兄ちゃんなにニヤニヤしてんの気持ち悪い」


 そう、こんな風に

 

「って千嘉!?」

 

 中学生の妹である千嘉(ちか)がドアの隙間からじーっとゴミを見るような目で見ていた

 

「いつからいたの!」

「お兄ちゃんがスマホ見てニヤニヤしてたところから」


 実の妹にこんな姿を見られていたとは恥ずかしい。そのまま妹は部屋の中へと入ってきた。


「別にお兄ちゃんが一人で勝手にニヤニヤしてんのは構わないんだけど、お母さんに夕飯の支度出来たからお兄ちゃん呼ぶように言われた、可愛い妹の事も考えてよね」

「ごめん……」

 

 自分で可愛い妹というのはどうなんだと思うが実際妹は可愛かったし、なにより逆らえない威圧感があった。

 

「それでどうしたの?彼女でも出来た?」

「違うよ!そう言うのじゃなくって!」


 ニヤニヤ笑みを見せる妹に彼は全力で否定する。まだそう言うのではない。まだ

 

「ほんとーに?まぁ違うなら私は別に構わないけどね。それじゃ先に行ってるねお兄ちゃん」

 

 それだけ言ってすぐさま妹は立ち去る。彼はその姿を見届けふぅ……と安堵をつく

 妹に今の状況を知られたらなにされるか分からない。妹は中学生の割りにはおませでよく兄である彼をからかっている。兄としての威厳を見せたいところだがなかなか上手くいかない今日この頃である。

 

 

 翌日

 いつものように登校し、いつものように授業を受けた

 しかし放課後はいつもとは違う日常が彼を待っていた

 

「じゃ今日からよろしくお願いします松田先生」

「いや、先生とかそんな立場じゃないから……」

 

 五十鈴がぺこりとお辞儀をすると彼は対応に戸惑う

 

「なんてね。そういえば昨日国語の勉強して問題集解いたんだ。結構自信あるから見てみてよ」

 

 彼女は国語の問題集を見せる。彼はその問題集の解答を見て唖然とした。

 

「凄い……」

「でしょ!やっぱりうち、やればできる子なんだよやれば」

「ほとんど間違ってる」

「えっ……」

 

 えっへんと大きな胸を張っていた彼女だが、その言葉を聞くとぽかーんと口を開けたままになる。

 

「えっとね、まず漢字の読みは出来てるんだけど書きが似た違う漢字だったり…………して」

 

 彼は丁寧に五十鈴に間違った所を指摘する。はじめはわけがわからないといった表情の五十鈴だったが次第に真剣に耳を傾けてくれている。

 彼女の答案をざっと見たが間違ってはいたものの、少し惜しいというのも多かった。最初は教えるのが難しそうだと思ったが、彼女が真面目にやってくれるのもあり手間がかからずに済みそうだった。

 

 そんな二人の勉強の最中に教室に残っていた一部の男子生徒たちの騒ぎ声が聞こえてくる

 

「おいおい、永井のやつあのガリ勉野郎と一緒にいるぜ」

「勉強しか興味ない奴とスポーツしか興味ない奴らなのに意外とお似合いってか、はははっ!うけるわー」

 

 男子たちは二人を馬鹿にしてくる

 彼自身はよく妬みも含めて言われたことはよくあるため気にしていなかった

 しかし彼女まで馬鹿にされたと思うと良くは思わない

 

 すると突然彼女は席から立ち男子たちの方へ向かう

 そして息を吐き大きく深呼吸をした

 

「うるさーーーい!!騒ぐなら出てって!!勉強の邪魔よ!!」

 

 五十鈴はとても大きな声を出し怒鳴る

 その声は外にまで響くんだろうかと思えるくらい大きく思わず耳をふさいだ

 ここまで大きな声が出せるとはさすが運動部、とでも言うべきか

   

「ちっ……分かったよ出てけばいいんだろ出てけば」

「お前の声のがうるさいだろ……」

  

 その声に怖じ気づいたのか、男子生徒たちは文句を言いながらも教室を立ち去った

 彼らが姿を消すのを見ると彼女はこちらを振り向く

 さっきのことがあり思わずびくっとする

 だがそんな彼の想像とは裏腹に彼女は申し訳なさそうな表情でこちらを見る

 

「ごめんね……うちのせいで松田くんまで馬鹿にされて」

「そんな事ないよ!むしろ僕の方が永井さんに迷惑かけてるよ!」

「ううん……だってうち女の子なのに全然女の子っぽくなくておっぱいだけでかい男って言われるし」

「そんな……」

 

 元気がない。今までも同じことがあったのかその表情は酷く寂しく見える。

 友人も言っていたがどうして男子はみんな彼女の事を男っぽいと言いからかうのか。確かに彼女は髪が短いし運動神経も普通の男子よりも高い。

 しかしそれだけの理由で彼女を男っぽいと決めつけるのはなぜか。単なる妬みなのか否か彼には分からない。

 だが彼は彼女に言わなくてはいけないことがあった

 

「ぼ、僕は永井さんのこと女の子らしいと思いますよ」

「へ……?」

「永井さんの向ける笑顔はすごく女の子らしくて、可愛くてその、僕は……す、好きです!!」

 

 言ってしまった。思わず告白してしまった。

 いくらなんでも唐突過ぎるのではないかとも思ったが今ならいけるのではという妙な自信があった。

 五十鈴の顔を見ると顔が少し紅くなっている

 そして恥ずかしそうに彼女は言った

 

「ありがと……お世辞でも嬉しいよ」

「……お世辞?」

「うちのこと励ましてくれたんでしょ。こんなうちのことかわいいなんて言ってくれてありがとね」

 

 失敗だった。実際には失敗と言うわけではないが成功でもない。

 僕はお世辞じゃなく本当に好きなんだと言えば違っただろうがまたあの羞恥を彼は味わいたくなかった。

 

「はいはい、話はこれくらいにしてさっさと勉強再開しよ?」

「う、うん……」

 

 そんな感じで着々と勉強を進めていき今日の勉強はお開きとなった

 

 そして数日同じように毎日違う教科を勉強していった

 彼の教え方と彼女の取り組みの姿勢もあって彼女はぐんぐん勉強が出来るようになってきた

 

「いやー松田くんは勉強教えるのが上手いね

 うちなんかでもすごく分かりやすいし」

『そんなことないよ。永井さんが頑張ってるからだよ』

「そうかな。そうだといいなぁ」

「あ、そうそう明日行ったら土日で学校来れないね」

『そうだね。その分明日頑張らないと』

「んー。それもそうなんだけどさ、別に土日も勉強してもうちはいいよ?

 松田くんが迷惑じゃなければだけど」

『え?でも学校無いし……』

「だから他の場所でやればいいよ

 図書館とかさ」

『ああ、確かに』

「うん、じゃ土曜は図書館で勉強ってことでいい?」

『僕は構わないよ』

「決まりだね!土曜9時に図書館に集合で!」

『了解』

 

 それだけ言って彼はラインを閉じる

 

「二人で図書館かぁ……ん?」

 

 彼は考える

 二人で図書館にいく

 プライベートで

 それはつまり……

 

「こっ、これって、ででで、デート!?」

 

 気が動転する。

 学校のときは意外と普通に出来ていたが今回ばかりはそれとは違う。

 目的こそ勉強ではあるが休日に女の子と二人で出掛ける。それはデートといってもおかしくないだろう。


 二日後の土曜日彼は朝6時に起きた

 彼はあくびをし目を擦る。昨日は早めに寝たはずだがなかなか寝つけなかったようだ。顔を洗い、早めの朝食を済ませて出掛ける支度をする。

 

 しかし彼は迷っていた。出掛けるからには制服ではダメだし私服を着なければならない。

 これがいいかあれがいいかを試行錯誤し、ようやくいいと思った服装に着替え部屋を出る。

 玄関にいこうとする途中妹に会い彼は挨拶をする

 

「おはよう」

「あ、お兄ちゃんおはよ……ってなにその格好」

 

 妹はドン引きといった感じの表情をするが彼は気づかない

 

「出掛けるつもりなんだけど……どうかな?」

「……あのねお兄ちゃん、正直に言っていい?」

「うん?」

「ダサい」

 

 ぐさりと胸になにかが突き刺さる感じがした。一生懸命考えた服装にたった三文字でここまで傷つけられるとは思ってもいなかった。

 

「お兄ちゃんほんと勉強以外ダメダメだね。そんなんだからガリ勉とか言われるんだよ」

 

 追撃するかのように妹は彼の心をズタボロにする

 

「そもそもなんでそんな格好してるの?多分気合いいれて空ぶったんだと思うけど。やっぱりデート?」

「ち、ち違うよっ!?」

 

 実際にはデートと変わりはないが彼は否定したくなった

 その様子を見て妹は意地悪そうな顔でにやりと笑う

 

「そうなんだぁ。正直に言ってくれれば恋愛経験豊富な私がデートのアドバイスしてあげようとしたんだけどなぁ」

「うっ……」

 

 やはり妹には叶わないと彼は思った。

 

「で、詳しい話聞かせてくれるよね、お兄ちゃん♪」

 

 妹は小悪魔のような笑顔で微笑んだ

 

 

「ふぅん……そっか」

 

 自分の部屋に妹を連れ包み隠さず事情を全部話した

 少なからず妹の方が恋愛事は得意だろうし、ここで言わなかったら周りになにを言うかわかりやしない

 

「初デートが図書館で勉強とかほんと冴えないねお兄ちゃん」

「目的は追試の合格なんだから仕方ないんだよ」

「まぁいいけど……でもやっぱりその服装じゃダメだよ。私がコーデしてあげるから持ってる服見るね」 

 

 そう言っては妹はクローゼットの中を覗く

 

「うわ……地味なのばっかり。あ、でもこれはいいかな。あとこれ……」

 

 彼女は良さそうな服を取り出してくる

 早速彼は一人になって妹が選んだ服へと着替えることにした

 

 

 八時三十分、彼は少し早く待ち合わせの図書館に来ていた。

 さすがに彼女はまだ来ていない。が待たせるよりは全然いいだろう。彼は彼女が来るまで空を見上げながら待つことにした。

 しばらくして待ち合わせの五分前、そこに彼に声をかける人物がいた

 

「お待たせ松田くん」

 

 彼女(五十鈴)だ。

 

「あ、永井さん……」

 

 彼は彼女の姿を見ると思わず見惚れる

 彼女は麦わら帽子を被り白いワンピースを着ていた。その姿は凄く可愛らしく愛らしかった。

 

「ごめん、待たせちゃったかな?」

「いや全然!僕もさっき来たところで……」

 

 本当は三十分前に来ていたが彼女は時間に遅れた訳ではないし話を合わせた

 

「にしても……」

 

 彼女は彼の姿をじろじろと見る

 なにかおかしいのだろうかと不安になる

 

「あの……変かな」

「ううん、そうじゃないよ。松田くん意外とおしゃれなんだなと思ってね。かっこいいよ」

 

 まさかそこまで言われるとは彼は思わなかった。服装は妹のおかげではあるが、彼は好きな子にかっこいいと言われて凄く嬉しかった。

 

「永井さんも似合ってるよその服……可愛いです」

「えへへ、そう?嬉しいなぁ」

 

 彼女は微笑みを見せるがあっさりした対応であった。前と同じようにお世辞だと思われたのか、はたまた自分に言われてもなんとも思わないのか。

 

 そして二人は図書館の中へと入り、席に座っては勉強をはじめる

 勉強自体はいつもと変わらない感じで彼が彼女に分からない部分を教える

 デートとしては地味で、淡々とした時間が過ぎていった

 

「疲れたーー。ね、今何時?」

「もうすぐお昼だね一旦休憩にしよう」

 

 五十鈴は背伸びをし力を抜く

 3時間ぶっ通しでやっていたため疲れるのも当たり前だろう

 

 二人は休憩スペースでお昼を取ることにする

 

「追試まであと3日かぁ……合格できるかな」

「永井さんなら大丈夫だよ。ここ数日でかなりの問題解けるようになったし」

「松田くんが言うなら大丈夫だね。それにしても松田くんは本当に勉強得意だよね。なんでうちの高校にしたの?」

「……」

 

 正直、彼はその話題には触れえほしくなかった。彼の通っている高校、海王高校は偏差値も一般的、普通成績優秀な彼が来るところではないだろう。その理由は今まで学校の誰にも話したことがない。

 しかし彼女にならば……話してもいいかもと彼は思った。

 彼は意を決して話した

 

「恥ずかしい話だけど……僕本当は県内で一番偏差値の高い高校に入るつもりだったんだ。でも不合格で滑り止めでこの高校に入ったんだ」

 

 家族以外の誰にも知られてない話

 その話を彼女はただ黙ってじっと聞いてくれていた

 

「僕、勉強しかとりえが無かったからずっと、東大に入学するのを目標にしてたんだ。なのにこの有り様で……でもやっぱり勉強だけが僕のとりえだから、まだ諦めた訳じゃないよ」

「そっか、うちと似てるね」

「永井さんも?」


 ずっと黙っていた五十鈴だったが思うところがあるようで口を開いた

 

「うちも運動しかとりえが無かったから、ずっと運動ばかり熱心にやってた。他の女の子は恋したりおしゃれしたりしてるのにね。運動するのに邪魔だから髪も短いし、そのせいで男っぽいって言われたりして……。それでもやっぱりうちは運動が好きだしそこは誰にも譲れない」

 

 そして彼女はニコッと笑った

 

「うちら、似た者同士だね」

 

 そこで彼はどうして彼女に恋したのか気付いた。単に自分に気にかけてくれるだけじゃない。

 自分と同じように彼女は一つのことに熱心で、誰になんと言われても屈しない、好きなことのために頑張るそんなところに惹かれていたんだと。

 

 

 

 その数日後、彼女は追試テストを行った。そして今日、その結果がかえってきたようだ

 

「じゃーん!合格!これで部活に戻れるよ~」

 

 彼女は笑顔で彼にテストの結果を見せた。どの教科も合格点を大幅に上間っていた。その結果に担当の先生も驚いてた

 

「凄い!短期間でここまで上がるなんて」

「これも全部松田くんのおかげだよ」

「そ、そうかな……」

 

 ちょっと照れ臭い、と彼は恥ずかしそうな感じだった

 

「でもこれで勉強も終わりだね」

「そうだね……」

 

 そう、こんな夢のような状況も、もう終わりなんだ

 彼女が勉強を教えてくれるように頼んだのは成績を上げるためというより、部活に復帰するため

 彼女にとって部活が一番なのだ

 だからもう、二人で一緒に過ごせる時間はないだろう

 

「松田くんにはいろいろお世話になったしなんかお礼がしたいな」

「え、いいよそんなの」

「だめだめ!うちだけなにもしないなんて不平等だよ。あ、そうだ!うちの行きつけの喫茶店に美味しいケーキがあるんだ。良かったらそこにいかない?うち、奢るよ」

「う、うん……」

 

 彼はしぶしぶ承諾する。女の子に奢ってもらうのはどうかと思うが、それを言っても彼女は言ったことは曲げないだろう。

 

「んじゃ決まりね!早く行こ!」

 

 そう言っては彼女は手を引っ張る。彼は焦ったが彼女は気にしていない。そのまま引っ張られるような形で彼女に連れていかれる。

 

 連れていかれたのは小さな喫茶店だった。中はシンプルな感じであったが居心地のいい雰囲気がする。

 

「良さそうなお店だね」

「でしょ!うちのお気に入りなんだ!あ、店員さん特製ケーキ二つ」

 

 彼女は慣れたように店員に注文をする

 しばらくしてケーキが来る

 

 彼女が言うくらいだから美味しい……のだろうが彼は他のことで頭が一杯でそれどころではなかった

 これが終われば彼女との楽しかった日々が終わる。短い間だったが彼にとっては人生でもっとも幸せな日々だった。

 だからこそ終わらせたくないと思っていた。そうするにはどうすればいいか……自分の気持ちをちゃんと伝えるしかない。

 しかし中々切り出せない。

 

「どうしたの松田くん?調子悪そうだけど……」

「あ……大丈夫だよ」

「そう?ならいいんだけどさ」

 

 彼女は心配そうに声をかけてきてくれた。こんな優しい彼女だからこそ断られるのがこわかった。

 

 

「美味しかったねケーキ」

「うん……」

 

 結局ケーキを味わうことは出来ず帰り道に来た。

 そして別れの時間も迫っていた。

 

「本当に大丈夫?今日の松田くんおかしいよ」

 

 最後だというのに彼女にこんな姿を見せるなんて情けない

 しかし無理に元気を出す力も無かった

 

「それじゃうち帰るね。また学校で会おう」


 彼女はバイバイと手を振り立ち去ろうとする。

 

 本当にこのままでいいのか?後悔しないのか彼は考える。このチャンスを逃せば今度は本当に後は無いだろう。

 

 どうせ後悔するなら当たって砕けた方がすっきりする。ずっと引きずるよりもましだ。

 そして彼は勇気を振り絞った

 

「永井さん待って!!」

 

 大きな声で彼は五十鈴に声をかけ彼女は振り向く。

 

「どうしたの松田くん?」

「実は話したいことがあるんです!僕は!ずっと同じクラスになってから永井さんの事が好きでした!」

「えっ……」

「永井さんの一生懸命なところ優しいところ、全部が大好きです!永井さんは女の子らしくないって言ってたけど僕にとって永井さんは憧れで、魅力的で、凄く可愛いです!だから二人でいれて凄く幸せで一緒にいるうちにもっと好きになりました!」

「……」

「だから!もっと一緒にいたいです!恋人になりたいです!」

 

 無我夢中に彼は叫んだ

 もうこうする他なかった

 

 それを聞いていた彼女は黙って硬直していた

 しばらくして彼女は口を開く

  

「その……返事はまた後でいいかな。ちょっと考えさせて……」

 

 それだけ言っては彼女は逃げるようにしてすぐさま立ち去った

 彼はその姿をただ見ることしかできなかった

 

 翌日、いつものように朝早くに彼は学校に来た。すると偶然昨日想いを伝えた彼女……五十鈴と居合わせた

 追試に合格したことで今日から彼女は部活に復帰していた

 

「……」

「あの……」

 

 彼は声をかけようとしたが五十鈴は彼に気付いた瞬間、すぐに背を向け気づいてない振りをする。

 こんなことは今まで一度も無かった。いつもなら笑顔で彼女は挨拶してくれるだろう。昨日の今日だから仕方ないとは思ったが実際そうされるのは辛かった。

 学校内でもそうだった。彼女はこちらに話してくる様子はなかった。

 

 そんな日々が一週間も続いた

 

 休日の土曜日、彼は部屋から一歩も出ずベッドに寝たきり、天井を見続けたままだった。勉強も全く手につかない。

 彼女のあの態度はお断りと言うことなのか。実際に言うのは可哀想だと思いなにも言わないのか、はたまたもう自分とは関わりたく無いということなのか。

 ネガティブな事ばかり考える。

 

 するとトントンと扉を叩く音がした

 

「お兄ちゃん入るよ」

「千嘉……」

「お兄ちゃんどうしたの?ここ最近元気無いけど」

 

 妹は心配してるような顔を見せる

 いつもからかってくる妹だが時折こういう優しい一面があった。だから可愛い妹だ。


「もしかして好きな子に振られちゃった?」

「……」

 

 なにも言わずに首だけ降る

 

「なんだ違うの?」

「正確には分からないんだ……降られたのかそうじゃないのか」

 

 彼は妹にこれまでの経緯を話す

 

「ふぅん……お兄ちゃんのくせに告白できたんだ。頑張ったね」

「どうも……」

 

 なぜか上から目線に妹は話してくる

 

「ま、それはお断りってことかもね。そういう場合女の子は大抵断りかたで迷ってたりするから」

 

 妹はあっさりと言う

 分かってはいたことだが実際に決めつけられるのは辛い

 しかし妹の話はそれで終わりではなかった

 

「まぁまぁ、それが確定してるって訳じゃないから。そうじゃない場合もあるよ」

「そうかな……あんな態度ってことはそうなんじゃ」

「もうすっかり弱気じゃんお兄ちゃん。そんなんじゃ断られても仕方ないよ。いい?その人がお兄ちゃんが言うような人ならあの態度にだって意味はあると思うよ。お兄ちゃんが好きになる人だもん悪い人じゃない。たぶんその人は付き合おうか迷ってるんだと思う。それでなかなか答えがでなくて今までのように接することが出来ないんだよ、きっと」

「そうかな……」

「そうなの、可愛い妹の言うことはちゃんと聞くのがお兄ちゃんってものだよ」

 

 いつも通り彼女は可愛い妹というワードを押し付けてくる

 しかし妹と話してて彼は少しだけ気分が楽になった

 

 その時ピコンとラインの通知音がする

 見てみるとそこには五十鈴からのものだった

 そこにはこう書かれていた

 

 "決心がついたから学校の近くの公園に来て"

 

「行かなきゃ……」 


 彼はスマホをポケットの中へと入れ部屋から出る

 

「待ってお兄ちゃん」

 

 階段を下りようとしたとき妹に呼び止められる

 

「今度お兄ちゃんの彼女紹介してね」

「……うん」

 

 確証のある話ではない。だが今はそんなことはどうでもよかった。とにかく彼は彼女の居るところへと向かって行った。

 

 公園から家までそこまで遠くないこともあり彼は十分程度で公園へとついた

 そこには案の定彼女の姿があった 

 

「永井さん!」

「松田くん……」

 

 彼女は振り返る。その顔はどこか暗く寂しそうなものであった

 

「来てくれたんだね。ごめんね、うち最近ずっと距離おいてて、でもなんて話しかけていいかわからなくて……」


 彼女のあの態度も悪気はなかったようだ。それにすこしほっとする

 

「でもやっと決心がついたんだ。うちの気持ちに整理がついた、だから言うね」

 

 ごくりと彼は唾を飲む。ついにこの時がやって来たのだ。人生を変えるかもしれないこの瞬間が。

 

 そして彼女は言った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい」

 

「……」

 

 やっぱり駄目だった。駄目だったのだ。こんな結果になることは分かってはいた。仕方の無い事だ。勉強しか取り柄の無い冴えない自分と付き合うなど到底無理なんだと。

 彼女はすこし間を開けて言葉を続ける。辛い聞きたくないそう彼は思った。

 

「うちみたいな子を好きにさせちゃって」

「え……」

 

 想定していなかった言葉に彼は目を見開く

 

「うちって女の子っぽくないでしょ?だから男の子に異性として見られたこと無いし、こんなこと言われたのはじめてで……

だからはじめて松田くんに可愛いって言われたときも嬉しかった。お世辞でもって。それなのに松田くんはっ……」

 

 彼女の顔が赤い。よく見てみるとすこし涙目になっていた。

 

「ほんとにうちのこと可愛いと思ってくれてそれだけじゃなくって、好きって言ってくれた……。それでずっと松田くんとの思い出を振り返ってた。そしたら松田くんの事が頭から離れなくて顔を見たら思わず避けちゃったの。で、気付いたんだ、うちの気持ちに……」

「それって……」

 

 彼女はにっこりと涙を流しながらこう言った

 

「うちは松田くんの事が……源次(げんじ)くんの事が大好きです!これからもよろしくお願いします!」

「永井さん……!」

 

 信じられなかった。嘘のように思えた。だがしかしこれが現実なのだ。自然と彼もまた涙を流していた。

 

「名字は禁止!これからは下の名前で呼んであとさん付けも!」

「い、五十鈴……ちゃん」

「うーん……まぁいいよそれで」

 

 仕方ないなぁといった感じで彼女は五十鈴は笑う。いつの間にか五十鈴はいつもの元気を取り戻していた。

 そのあと二人は仲良く今後のことを話し合った

 

「そういえば妹に五十鈴ちゃんのこと紹介するように言われてたんだ」

「源次くん妹いたんだ~」

「うん、図書館に行くときも妹にアドバイスしてもらったりしてね。服装も妹がコーデしてくれた」

「あ、やっぱりそうなんだ。通りで源次くんらしくなかったなと思ったんだ」

「え?気付いてたの?」

「なんとなくね。あれもあれでかっこいいけどうちはいつもの源次くんも好きだよ」

「そっか……」

 

「それにしてもうちも頑張らないとな~部活だけじゃなくて勉強も」

「そうだね。また追試になったら大変だから」

「そうじゃないよ。うち、決めたんだ。うちも東大に入学するって」

「ええ!さすがにそれは無理じゃないかな」

「そんなことないよ~だって……」

 

 ニヤリと五十鈴は笑った

 

「これから源次くんとふたりで頑張るから」

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ガリ勉君とスポ根少女 @raito_sgr

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