第三軍は今日も憂鬱です

ひぽぽたます陸奥守

第1話 第三軍は朝から憂鬱です

「烏帽子様、時間です起きてください。」

よく通る女性の声でテントの外から声が聞こえた。

「ん、わかった。いま出る。」

簡易式ベットから起きあがりながら枕元のテーブルにある烏帽子を手にとり被る。

この烏帽子は都から持ってこれた唯一の私物だ。アイデンティティーでもある。次に都へ戻ることができるのはいつのことだろうか。俺を都落ちさせたあいつを絶対に許さない。帰ったらチョップだ。絶対にチョップしてやる。けちょんけちょんだ。そう思案しながらテントを出る。

「へっくしゅん!」

「何をしてるんですかあなたは。」

クシャミをしたと同時に被っていた烏帽子がスパーンといい音を立てて払い落とされた。周囲で忙しそうに右往左往している兵士達の動きが一瞬凍り付き、そして再び動き出す。烏帽子は調子よく地べたを転がって最寄りにあるテーブルの足に当たって止まった。

「何をするんだ。」

「今日はこちらを被るんでしょう。」

和服の上からボレロスカートといういで立ちで目の前に立った女性が士官用の略式帽子を差し出す。あぁ俺の烏帽子が土まみれに。

「・・・そうだった。スマン琥珀。」

略式帽子を受け取り被る。

「まだ夏でもないのに帷子1枚で寝て!だらしがありませんよ!!帽子のことだって自分で考えたのにどうしてすぐ忘れるんですか?今度都に帰ったら精密検査でも受けてみたらどうです?」

女性は撫子色のボブカットの髪を揺らしながら大きなため息をついた。

「それと外に出たら副官とお呼びください。兵の指揮に関わります。」

「・・・わかっている。」

そう言いながら琥珀は手際よく鎧を取り出し俺はそれを受け取りてきぱきと装着してゆく。都を出る頃は着るのに1時間もかかった鎧も慣れたものだ。鎧を着て歩き出す。歩く通路の左右には簡易式のテーブルが並べられ、その上には地図や書類が広げられており司令部要員の面々が勤勉に働いている。ここは第三軍の司令部。仮設の天蓋の下に広げられた移動司令部だ。

天蓋の外に出るとそこは山の中。そう、いま第三軍司令部は山の斜面にある平坦地に仮設されている。山道を15mほど登ると山の尾根に出た。そこには簡易的な監視所が設置され、そこからは目の前の山間の平原が一望できる。その平原では2つの集団が規則正しく整列しにらみ合っていた。足元に展開しているのが我らが第三軍。対して平原の反対側に展開するのが敵軍だ。双方300mの距離を空けて対峙している。

単眼鏡で敵味方双方の様子を観察した上で琥珀に問いかける。

「それで昨晩出した降伏勧告は?」

琥珀はささやかな胸を張り答えた。

「ご覧の通りです。」

「だよなぁ・・・」

報告が無いということは降伏勧告の使者は殺されてしまったのかもしれない。拒否の回答があれば琥珀がすぐに報告に来るはずだ。こうしている間にも琥珀の手元には1羽2羽と紙の鳥が舞い降りる。伝令の人形(ヒトガタ)というそうだけれど、鳥の形のにどうして人形なのかと琥珀に聞いたら「私の趣味です」と単刀直入な返答が返ってきた。本当は人の形をしているそうだけどいろんな規則を無視して鳥の形にしているらしい。少しは隠そうよそれ。3羽目の紙の鳥が舞い降りると内容を読み解き終えた琥珀が顔をあげて報告する。

「右翼、中央、左翼共に準備終わりました。いつでもいけます。」

「わかった。」

顎に手を当てて思案するフリをする。それを見た琥珀が怪訝な顔をしている。

「・・・やらなきゃだめかな?」

首を傾げ琥珀に問いかける。

「・・・本気で言ってます?」

すごいジト目で見返えされた!ですよねー!!

「わかってるよ!全軍に伝えてくれ。定刻通り前進を開始しろと。」

「了解です。」

琥珀がぱっと手を広げると数羽の紙の鳥が飛び立っていった。各々の紙の鳥たちが各隊の長に情報を伝達してくれるだろう。俺の命令によってたくさんの人が死ぬ。いつかは来るであろうことはわかっていたけど、わかりたくなかった。そして最後の抵抗を試みたつもりだけどその反面、その抵抗は琥珀に即座に否定して欲しかった。彼女は本当に優秀な副官だと思った。

「さぁ、はじまるぞ。」

太鼓とほら貝の音と共に中央1列目の兵たちが蒸気銃を掲げて一列で前進してゆく。あぁ・・・はじまってしまった。憂鬱だ。

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第三軍は今日も憂鬱です ひぽぽたます陸奥守 @aozaki83

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