向日葵の花束をキミに
白百足
向日葵の花束をキミに
大切だからこそ、助けたかったし守りたかった。でもその頃の自分は誰かを助ける力も頭もなかった。それでも、愛したキミが今もそこで笑って居てくれるなら俺は…―
さかのぼること数年前。
「笹沼!!お前また寝てんだろ」
「ん?あぁ、山Pおはよう。で、何をそんな怒ってるの?」
「お・ま・え・は!!人が親切に勉強教えてあげてんのに寝やがって!!」
「痛い痛い!!山P痛い!!」
大切な親友に頭をグリグリされながら目を覚ます。無理矢理起こされた頭で今の現状を見れば机に散らばったプリントと怒り顔の親友。どうやら自分は勉強を教えてもらっていたようだ。
「ったく。この問題解いたら休憩にするからさっさと終わせよ」
「…この問題は問題なのでしょうか先生」
「お前の頭には何がつまってんだよ…。あぁもう!!教えてやるから早く解け!!」
「アリガタイデス山P先生」
夏の暑い日。昨日から始まった全くと言って良い程登校していない中学1年生の夏休み。進級がかかった俺に家庭教師さながらの個別指導をしてくれるのは頭の良すぎる親友の山Pこと山本 将。
夏休みまでわざわざすまないなぁと思いながらも自分達しか居ない図書館を流れる空気はやけに眠気を誘う野生の睡眠薬と化して正直、勉強どころじゃない。
「…よしっ!!やっと終わったー」
「山Pお疲れさん」
「お前なぁ…自分の状況わかってんのかよ。進級出来なかったら後輩達と一緒になるんだぞ?」
「そうだねぇ」
「お前、自分のことなのに本当に興味無いんだな…」
「んー…」
親友のありがたい話を聞き流して窓の外を見れば、燕の親が子どもに餌をあげている。世の中はこんなに平和なのだ。自分の危機に鈍いのも仕方ないことではないのか。
別に興味が無い訳ではない。ただ、わからないだけなのだが…。
「まぁいいや。笹沼はそういう奴だしな」
「ヤバくなったら山Pが助けてくれるしね」
「俺を頼るな。はい、笹沼専用の課題」
「…ドコに隠してたの?」
「担任から渡されたんだよ!!お前終業式来ねぇから!!!」
「あらー…わざわざ。要らないのに」
そういえば行かなかったなぁと頭の隅で考えながら5㎝程ある課題をペラペラ捲っていく。
「それは手伝わないからな。じゃ、俺このあと用事あるから」
「え、助けてくれないの?」
「自分でやれ」
残念なことにどうやら親友もこればっかりは助けてくれないらしい。図書館を出て行った親友を見てから窓の外で鳴く燕の子ども達に目を向けて一つため息をついた。
「面倒だなぁ」
渡された課題のせいで重くなったバッグを持ちながら炎天下の下を歩いていく。
学校が嫌いな訳ではないが登校していないのは明らかだ。けしていじめを受けている訳ではない。ただ、わからないのだ。
学校に行く意味が。
家族や友人と共にいる意味が。
自分が生きる意味が。
わからないのに行く意味も共にいる意味も生きる意味もあるのだろうか。
「―あれ?進まない」
「…」
前方1mぐらいの所で車椅子に乗った同い年くらいの少女が眉を潜めて戸惑っている。自分の他にも人は居るのに誰も助けようとはしない。そして自分もまた然り。
「っ!!!…何で…あ、すいません」
少女はいまだに進めないようで数人の通行人が不愉快そうにしている。
少女の横を通り過ぎてから足を止め、ため息をついてからクルリと向き直り少女のもとまで歩く。
「…あぁもう!!あんた、ブレーキ掛けっぱなしなんだから動くわけないだろ」
「え?君は?」
「動かすから持ってて」
「へ?え?」
車椅子の脇に付いているブレーキを解除し、少女にバッグを無理矢理渡して車椅子を動かす。人の少ない場所まで無言で車椅子を押した。
「はい。ここなら邪魔にならないから」
「あの、ごめんね?」
「…ちょっと待ってて。すぐ戻るから」
「え?あ、うん」
少女をその場に残し自動販売機に向かう。飲み物を買いながら何故助けたのかと考えた。親友のようにお人好しでもない自分なのに。それでもわからないがあの時、助けなきゃと思ってしまった。
「飲みなよ」
「え?ごめんね!!」
「そこはありがとうでしょ」
「うん。ありがとう」
先程の自動販売機で買った飲み物を少女に渡す。こういうに慣れてないせいか何だか不思議な感じだなと思いながらも少女の隣に座った。
「私、篠塚 海。アナタは?」
「笹沼 颯。カイって男みたいな名前だね」
「よく言われる…」
「あ、ごめん」
「ううん。私の方こそ車椅子押してもらったり飲み物貰ったりしてるから」
「…あ、バッグ。持たせてた」
「平気。…にしても重いね。何が入ってるの?」
「…課題。俺、進級かかってるから」
「え!?あ、ごめんなさい」
「別にいいよ。興味無いし」
「…勉強、出来ないの?」
「バカだから」
バッグを受け取って、この課題をどうしようかと考えていれば篠塚が口ごもりながらも声を出した。
「…あの、迷惑じゃなければだけど私が教えようか?」
「マジ?」
「うん。学校、通ってないけど勉強は出来るんだ」
「ならお願いします」
「こちらこそ。颯君」
ペコリと頭を下げれば篠塚も丁寧に頭を下げてくる。まさかこんなことになるとは。偶には良いことをするのも悪くないかも知れない。
「笹沼でいいよ。周りもそう呼んでるし。海…は可哀想だしシノって呼んでもいい?」
「シノ?」
「篠塚のシノ。嫌だったら変えるけど…」
「ううん。ありがとう、女の子らしい名前で嬉しい」
シノは俺の考えた名前を嬉しそうに何度も口に出す。そんなに嬉しいことだろうか。ただあだ名を付けただけなのに。
「あ、どこで勉強教えてくれるの?俺の家?と言ってもバリアフリーとは無縁なんだよなぁ」
「な、なら私の家に来てよ!!どうかな?」
「行く。…けどどこ?」
「送って行ってくれる?笹沼」
「いいよ。じゃあシノ、これまた持ってくれない?」
「うん!!」
何が嬉しいのだろう。シノの考えていることはよく分からない。それでもこんなに心が浮くのはどうしてだろうか。
程なくして俺達はシノの家に着いた。とても大きな家でバリアフリーは完璧。この日は家に上がらず玄関先で俺達は別れた。
そういえばシノの家に行く途中、シノは道に咲いている向日葵をずっと眺めていた。向日葵が好きなのだろうか?
向日葵なら、公園の花壇に沢山咲いていた。1本くらい採っても怒られることは無いだろう。明日、会う時にでもあげようかな。
「…楽しみ、だな」
俺は自分でも自覚できるくらい驚いていた。
退屈だった日々が、意味を求める毎日が、シノと出会って変わるような気がしたのだから。
早く明日になってほしい。そう考えれば考える程俺は笑っていた。
「これ、あげる」
「向日葵!!ありがとう。大好きなんだ」
花壇から採ってきた向日葵をシノにあげると嬉しそうに微笑む。その笑顔を見れることが俺にはどこか嬉しくて。でも口をついて出るのは照れ隠しにも似た皮肉だけ。
「何で向日葵好きなの?そいつ主張激しくない?」
「そこが好きなの。…私とは違うから」
「ふーん…。俺はシノも向日葵も一緒に見えるけどな」
シノが花瓶に向日葵を挿している間に言われた場所に座り課題を取り出す。
「一緒じゃないよ。私はこんなに輝いてないもの」
「輝くとかの話じゃないよ」
「え?」
「シノは活発だから、元気な向日葵が似合うよ?それに笑うと向日葵みたいに輝いてる。…まぁ俺の意見なんて参考にならないと思うけど」
「…ありがとう。笹沼」
「え?あ、うん。では、お願いします」
「ふふっ。はいはい」
そんなこんなで俺たちは仲良くなった。シノは教えるのが上手で、バカな俺でもわかりやすかった。俺はそんなシノにお礼として1週間に1度程度、花を持って行った。何を持っていってもシノは嬉しそうに微笑んでくれた。
それが俺には嬉しくて。
初めて、人に興味を示したのかもしれない。
『この気持ちが何なのか』その答えを出せるほどあの日の俺は大人じゃなかった。
「…なんか、また大きくなった?」
「5㎝伸びて168㎝になりました」
「うわぁ、大きい。成長期の男の子って怖いね」
「それは誉め言葉?」
「とっても素敵な誉め言葉でしょう?」
「はいはい、そうですねー」
「あ、流したー」
あれから色々あって、俺は無事進級することが出来た。二学期初めのテストでは高得点を出し、親友にものすごく驚かれた。学校も毎日登校するようになって、友人も増えた。
しかし、それと同じにシノは病状が悪化し街1番の総合病院に入院してしまった。シノに会える時間は少なくなったが時間がある時はシノの所に行っている。
「シノ、これ似合いそう」
「似合うかな?」
冬休みに入ったそんな昼下がり、シノの車椅子を押して俺達は街に出る。病院が街の中心部にあることで外出届を提出すれば街に出られるのだ。ただしシノの健康状態を見ながらとなるので毎日行ける訳ではない。俺達にとって、外出は自分達が二人きりになれる特別な時間だった。
『ねぇ!!そこで車椅子押してる男の子格好良くない?』
『分かる!!私も格好いいと思った!!』
『どうする?声かけちゃう?』
『えーでも車椅子の子、女の子だよ?』
幸せな時間に水を差すような耳障りな戯れ言。いったいいつから言われるようになったのかさえ覚えていない。特別な時間を邪魔されているみたいで全くと言って良いほどいい気はしない。
「はー君、モテモテだね」
「女子って何であんな聞こえる声で喋るのかな…」
シノにネックレスをプレゼントして、街を歩いていれば女性2人がこちらを見ながらコソコソと話している。学校でも女子から告白される機会が増えたのだが、相手を好いている訳ではないので対応に困っている。シノもシノで、この件で笑うものだから眉をひそめるしかない。
「でもはー君、学校通い初めてから本当格好良くなったよね」
「そうでもないと思うけど…」
「絶対そうだよ。身長高いし笑うとイケメンだもん」
「そーかねー」
そんなことを話ながら大きなクリスマスツリーを眺めて病院まで歩いていく。なんだかんだと二人きりの時間を過ごしていればあっという間に夕方近くになってしまった。陽は傾いて、オレンジ色の空が頭上に広がっている。
「あの~…ちょっと良いかな、お兄さん」
「え?あ、はい」
後ろから声をかけられ向き直れば20歳過ぎくらいの女性がニコニコしながら立っていた。
「あ、やっぱり!!お兄さんイケメン!!ねぇ、これからお茶しない?」
「いや、病院帰んなきゃなんで…」
「病院ってその子?良いじゃない。看護師でも呼べば平気よ」
病院からの帰り道に声をかけられることは多かったがまさかシノと一緒にいるときに声をかけられるとは…。
変に返してもこのタイプの女性は退いたりはしないだろう。無意識に車椅子を握る手に力がはいる。
どう逃げようか。どうかわそうか。ない頭をフルに使い考える。
シノをこんなことに巻き込むのは凄く不愉快なのだが致し方ない。後で謝ろうと思ってから口を開いた。
「残念ですけど俺達付き合ってますんで。他をあたってくれませんか?」
「…!?」
極力相手をイラつかせないように貼り付けたような笑みを浮かべ、驚くシノを落ち着かせるようにシノの肩に手を置く。
「お兄さん、そんな障害持ちより私の方が良くない?私ならお兄さんのこと、楽しませてあげるよ?」
「俺はこの子が好きなんです。この子が良いんです。それに、他人を気遣えないようなアンタなんか誰も好きになってくれませんよ」
本当に、イラつかせる。この女はシノのことなんて何も知らないくせに。二人きりの時間を邪魔され、挙げ句の果てにはシノに対して暴言まで吐いたのだ。少しくらい酷いことを言っても罰は当たらないだろう。
「はっ、もう良いわ!!!アンタに声掛けた私が馬鹿だった!!!!」
「えぇ、そうですね。ではさようなら」
怒り狂う女性に対しまた貼り付けたような笑顔を残し、病院への道を少しだけ急ぐ。
嫌われただろうか。もう会わないでと言われるだろうか。嫌な考えばかりが浮かんで心が沈む。もっとシノに触れていたい。二人で笑い合いたい。…これからもずっと、シノと一緒にいたい。
「シノごめんね。大丈夫だった?」
「ビ、ビックリした。いつも優しいはー君があんなこと言うとは…」
「嫌いになっていいよ。俺、元より母親がキャバ嬢やってた時に客と寝て出来た子どもだから…。でも、俺のことちゃんと愛してくれてて、自分と同じ過ちを犯さないでほしいってことで小さい頃から叩き込まれてたんだ」
「嫌いにならないよ。ただ、その…」
「シノ?」
「私、こんな気持ち初めてで…なんて言えば良いのかな。その、はー君に『付き合ってる』って言われたら嬉しいだろうなぁって…」
しどろもどろになりながらシノは言葉を繋ぐ。その顔は隠そうにも隠しきれない程耳まで真っ赤に染まっていて。そんなシノが可愛くて。
あぁ、これが『恋』というものなのか。
だったら、この秘めた想いを伝えても良いだろうか。
「シノ。大事な話があるんだけど、聞いてくれる?」
「大事な話?うん…」
シノの前に立って、同じ目線になるようにしゃがみ込む。1つ息を吐いてから、自分の中で1番優しい声を出す。
「俺ね、全てに意味を持てなくて、いつも早く死なないかなって思って生きてたの。だからあんなにグレてて。でもね、シノに会って変わった。どんな時も笑顔で優しくて、憧れてた。でも、憧れが愛しさに変わって。気付ばシノのこと、好きになってた。だから、さっきのこと嘘じゃなくて、本当のことにしない?」
「え…?」
「キミのことが大好きです。だから俺と、付き合ってくれませんか?」
嘘偽りのない本当の笑顔をみせる。
キミが好き。向日葵のような明るい笑顔も、勉強を教えてくれた時に見せた真面目な優しさも、リハビリのために苦しそうにしながらも頑張る強さも。全部、全部、愛おしい。
「…はー君」
「ん?」
「こちらこそ、お願いします」
ポロポロと涙を流しながら笑うキミは冬の寒さに負けないくらい温かで向日葵を連想してしまう。嬉しくて嬉しくて、シノに抱き付いてしまった。それに答えるように背中に回ったシノの腕に心が温かくなった。
俺は、俺達は、本当に幸せだった。
高校1年に上がった夏休み、キミは病状が悪化してこの世からいなくなった。例えようのない程愛しい日々はキミという存在がどれだけ大きかったのかを教えてくれた。未だに手を伸ばせばあの日々に戻れる気がして。しかし、時間が巻き戻ることなどない。
それでも、キミと共に生きた日々があったからこそ、俺は今も前を向いて生きている。
感謝と愛しさを込めて、今日も俺は向日葵の花束をキミに贈ろう。
向日葵の花束をキミに 白百足 @common-raven
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