1月4日

「……よかった、一時はどうなることかと……」


 昨日の深夜、病院のベッドで、僕は目を覚ました。それからずっと、ぼうっとしている。

 簡単に言うと、過労によって、体のブレーカーが落ちてしまったのだそうだ。おかげで意識不明の状態で年を越すハメになったほか、今も微熱がある。

 親も来たし、日岡さんのお母さんも来てくれた。借金取りまでもが僕のところに来て、ノルマはツケておいてやる、なんて言ってくる始末だった。

 微熱の中をただずっと、ベッドで眠ったり起きたりして過ごす。僕が働かなくても、歯車はどうにか回っているようだった。



 夜ごろになって動けるようになってきた。

 僕は、主治医と看護婦さんに許可を取って、日岡さんの病室まで足を運ぶことにした。点滴は繋いだまま。

 ノックして扉を開けると、日岡さんは泣きながら僕の方へ向かって怒鳴った。


「心配した! もう無理しないで!」

「……ごめん」


 いつものように、ベッドの隣の椅子に座る。いつもに比べて、点滴がある分落ち着かなかった。

 日岡さんは、僕に向けて怒鳴ったっきり、顔を合わせようとしない。

 数分、無言の静寂が続いて、やがてか細い声が聞こえてくる。


「……ごめんなさい。無理しなくちゃ生きられないって、いつも言っているのに」

「謝らないでよ」

「辛いなら……無理して私のところに来ないで、はやく帰って休んで」

「……そんなこと、言わないでよ」


 情けなくて涙が零れる。

 違うんだ。

 新聞配達をしてる時だって、イベント設営をしてる時だって、倉庫仕事をしてる時だって、時たま借金取りに紹介されるヤバイ仕事をしてる時だって……。

 君のことを考えれば乗り切れるのに。

 ただそのことを伝えることができなくて、僕は、奥歯を噛み締めて泣いた。血の味が滲む。


「私なんか、どうせ、もうすぐ死ぬの」

「……やめろよ」

「余命1ヶ月って言われて2週間経った。日に日に体が弱ってる、退院なんかできない、このままここで死ぬの」

「やめろ」

「…………私が死んだら、雨宮くんに生命保険をあげるわ。それで借金返しなさい」

「黙れ!」


 意地悪な笑顔を浮かべていた日岡さんの表情が凍りつき、また、めそめそと泣き出す。

 ちくしょう。

 こんなの、ただのブラックジョークだって分かりきってることなのに。日岡さんは、いつも通りのやり取りがしたかったはずなのに。

 それでも、目を伏せながら喋る彼女は、少し目を離した隙にどこかへ連れて行かれてしまいそうで。


「…………ごめんなさい」

「……ごめん」


 彼女は、今度は僕の胸を借りることなく泣いた。


 微熱のせいだろうか。

 いま、自分がどこにいるか、はっきりとしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る