第二百五十六話 虚偽の代償と真実の報酬③

「どうして……」


 力なく声を漏らす俺のことを、醒めた目で見下ろしながら偽べんりは答えた。


「そういう未来もありうるという話だ」

「そんな未来なんて俺は望んでいない」

「望む望まないの問題じゃないんだよ。俺の選択が招くかもしれなかった。そんな可能性の話だ」

「冗談じゃない……それで、なんで皆が消えちまうんだよ……」


 俺のだと? 偽物の癖に俺の姿で、俺の声で、俺のことを語るんじゃねえ。俺は絶対にそんな未来は許さない。例えどんなことがあったって、俺の命が尽きたとしても、俺は……。


 偽べんりは眼の前に膝を突くと俺の頬に両手を伸ばし顔を上げさせる。そして、無表情のまま俺に問いかけてきた。


「嘘を吐いていたのは、本当にソフィリーナだけなのか?」


 意味が分からなかった。なにが言いたいんだこいつは。それではまるで俺も嘘を吐いていたみたいな。そんな言い草ではないか。俺は……俺が嘘を吐く理由がどこにある。何の為に、どんな嘘を吐いたというのか。


 偽べんりの手を払いのけ突き飛ばすと俺は立ち上がり怒声を上げた。


「俺がなんの嘘を吐いたって言うんだよっ!」

「おいおい、それは君が一番よくわかっているんじゃないのか?」


 聞き覚えのあるこの口調とこの声。俺はその忌むべき男が立ち上がるのを戦慄しながら見届ける。


「クロ……ノスフィア……」


 声にならない声でそう漏らすと、先程まで俺の姿で語っていた男は大仰に両手を広げて笑い声をあげた。


「はあああはっはっははあっ! そうだよ。君は私だよ。ベンリー・コン・ビニエンスっ!」

「なにを馬鹿げたことをっ! からかってやがるのかっ!」


 そうか、そう言う事か。回りくどいことしやがって。全能神はソフィリーナにトラウマを見せていたのではない。あれも、俺に対する攻撃であったのだ。全能神はずっと、俺の心の奥にあるトラウマを抉り出して、心が折れるのを狙っている。直接的な攻撃をしてこないのにどんな理由があるのかはわからないが、とにかく精神攻撃で俺のことを潰そうとしているのだ。


 クロノスフィアは俺のことを指差すと口の端を吊り上げてにんまりと笑った。


「君は、私のことを否定するかもしれないが、紛れもなく君の中には私と同じものが存在する」

「は? 同じものだと? 何言ってんだおまえ?」

「気づかない振りはもうやめたまえ。ならばはっきりと言ってやろうか? 君の中にも私と同じエゴが存在しているではないか? 君は私となにも変わりはしない。神殺しを行った今、君が私に成り代わり神となっただけ。根本的にはその考えも行いもなにも変わりはしないのさっ!」

「ふざんけんじゃねえ。俺は世界を自分の思い通りにする為に、全ての命あるものを滅ぼそうなんて考えたりしねえっ! 俺はおまえじゃねえし、おまえは俺じゃねえっ!」


 するとクロノスフィアはくつくつと笑い、何もわかっていないと呆れ気味に俺のことを嘲笑する。


「本当に君は愚かな男だ。では、世界とはなんだ? 命とはなんだ?」

「せ、世界は世界だろ。人間や魔族や竜族、モンスター達なんかが暮らす異世界のことだっ!」

「違うねぇ。世界とは、個人を認識、形成することにより生まれる存在のことだよ」


 またわけのわかんねえことを。哲学者揃いなのかこれの登場人物達は? もうそういうのはいいよ。そういう厨二臭いのはお腹いっぱいなんだよ。


「君は多くの嘘を吐いて、多くの世界を傷つけ壊してきた」

「わかったわかった。あとは家に帰ってチラシの裏にでも書いてろよ」


 すっかり興も醒めたので俺は手を払ってクロノスフィアにご退場願うのだが、クロノスフィアは意にも介さず続けた。


「君は、君の仲間達の、君に対する好意に気付きながら知らない振りを続けてきた」


 その言葉に俺の動きは止まる。クロノスフィアの言っていることの意味すること。仲間達とはつまり……。


「ジェイ・ケイ・ローリン。ぽっぴんぷりん。メイムノーム・リゲリア・フォン・デュ・ユーフィリア。君は、彼女達の本当の気持ちに気付いていた筈だ。だが、ずっとその思いに真摯に向き合おうとはしなかった。その度に、彼女達は傷つき心の中で涙を流していたのだ」


 なんだなんだなんなんだ? え? なに? 気持ち悪いんだけど? こいつなにが言いたいの? え? そう言うキャラだったっけ? やめてええええええっ! なんか聞いているこっちが恥ずかしくなってきたからやめてえええええっ!


 たぶん俺は今、物凄く赤面しているに違いない。だって顔が熱いからな。おまえ、モテモテ王国じゃんっ! とか真顔で言われてるんだぜ? めっちゃ恥ずかしいわっ!


 そんな俺の心中を知ってか知らずか、その羞恥責めを尚も続けるクロノスフィア。


「世界が個人のことを現すのであれば。君はその世界に対し、偽り、騙し、拒んだ、自分本位なエゴの塊の様な存在ではないか」

「はんっ、そういう締め括りですか。まあ色々と御託を並べてみたのはいいけれど、ちょっと弱かったな。そんなスイーツ脳的な口撃じゃあ、この俺のメンタルを折ることはできないぜっ!」


 俺は辟易しながら答えるのだが直後、クロノスフィアは思いもよらない言葉を口にするのであった。



「君は、本当にソフィリーナのことを許していたのかね?」




 つづく。

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