第二百五十七話 虚偽の代償と真実の報酬④
ソフィリーナのことを許していたのか?
クロノスフィアの言葉が俺の胸を深く射抜いたようなそんな気がした。
「な、なにが言いたい?」
「それが答えだよ。ベンリー・コン・ビニエンス。君は否定できない。ソフィリーナのことを完全に許したとは言い難いということだよ」
鼻で笑いながらクロノスフィアは言う。
俺は……違う。そんなわけがない。そりゃあ最初は腹も立ったしムカついた。全てを知っていたのに、それを俺達に黙っていたことが許せないと思った。でもそれは、一時の事で、あいつにも色々事情があったのだろうし、なによりそんなことで俺達の信頼関係が揺らぐことなんて絶対にない。
「あいつは謝ったんだ……。あいつ自身もいっぱい辛い思いをして、いっぱい泣いたんだ。だからもう、それで十分だ。俺達はソフィリーナのことをっ!」
「違うよおっ! ベンリー・コン・ビニエンスっ! 君は勘違いをしている。私が言っているのは、君達のことを騙していたことを許せるのかということではない」
「だったら何が許せないってんだよっ!」
クロノスフィアは大きくかぶりを振りながら言うのだが、俺の問い掛けに待ってましたとばかりに顔を上げると答えた。
「君をこの異世界に連れて来たことをだよ」
なんだそんなことか。それならばもうとっくに答えはでているんだ。俺は、ソフィリーナ達、駄女神ーズの所為であの異世界に飛ばされたことを、恨むどころか感謝すらしているんだ。俺はそのおかげで、コンビニと家の往復だけで毎日を死んだように生きてきた俺が、この異世界に来たことで本当に生きていると実感できたんだ。
「残念だったな。俺はソフィリーナがこの異世界に連れてきてくれたことに感謝して」
「それは嘘だね」
「嘘じゃない」
「いや、偽りだよ」
「嘘じゃないって言ってんだろっ!」
なんだか落ち着かない気持ちになり、いつの間にか俺の語気は強まっていた。クロノスフィアは憐れむような目で俺のことをみると優しく語りかけてくる。
「もう、我慢することはないよ。ベンリー・コン・ビニエンス……。帰りたいのだろう? 元の世界に」
「そんな……こと」
「君にとってあの世界は、あまりにも優しくて、温かくて、とても居た堪れなかったのだろう?」
どうして? どうしてこんな奴の言葉が、こんな奴が俺のことを、俺の本当の気持ちを……。
理解できるんだ。
俺はいつの間にかボロボロと涙を零し、身体は震え、歯はガタガタと鳴っていた。滲む視界の先に居る。自らを神だと名乗った男は、最も許せない存在であったこの男が、俺の一番の理解者であるかのように感じられて、悔しくて悔しくて涙が止まらなかった。
「俺は……本当は怖かったんだ。俺は違う、そんな奴じゃない、いい奴なんかじゃない、すごい奴なんかじゃない、普通、いやっ、普通以下だ。自分自身にとことん甘くて、辛いことからは逃げてばかりの人生だった。だから、毎日がつまらなくて、つまらないことが嫌で、それでも変えられなくて」
いつしか俺は、心の内を吐露していた。クロノスフィアはそれを黙って聞いている。真剣な眼差しで俺のことを見据えて、じっと耳を傾けている。
「あの世界は、皆が俺みたいな奴にも優しかったんだ。こんな俺でも温かく受け入れてくれて。そしてこんな俺のことを好きになってくれる人が居て……。ふざけんじゃねえっ! 俺は嫌いなんだよっ! 大嫌いなんだよっ! 自分自身のことが大嫌いだったんだよおっ! あぁぁぁぁぁぁ……」
声をあげて泣きじゃくる俺に近づいてくると、クロノスフィアは俺のことを抱きしめる。
「君はずっと、自分は世界に拒絶されていると思って生きてきたのだな」
そうだ。だから俺は、誰かに愛されることが怖くて、あの異世界にいることがずっと怖くて。きっとそれは俺がその無償の愛に応えることができなくて、いつしか壊れてしまう世界だと思ったからだ。
「うぁぁぁぁ、ソフィリーナぁぁ。ごめん、ソフィリーナ。俺はおまえを憎んでる。俺をこんな世界に連れて来たことを恨んでる。こんな世界に来なければ俺は、こんなに自分のことを嫌いになることなんてなかった。俺は、俺のことが嫌いだ、自分のことが死ぬほど憎いんだぁぁぁ」
俺の懺悔を聞きながらクロノスフィアは力強く、そして優しく俺のことをギュッと抱きしめると耳元で囁いた。
「ああ、わかっているさ。もういいんだ。君はもう、目覚めの時が来たのだから。だからもう、楽になるんだ。きっと目覚めた時には、そこが君の
ベンリー・コン……ビニ……エ……。
ピッ。シュゴー。ピッ。シュゴー。ピッ。シュゴー。
なんだ? 何の音だ? 体が動かない、俺は一体なにをして……。目が濡れて、俺は泣いていたのか? 目を開けて……。くそ。開かない……。いや……。
瞼がぷるぷると震える。なぜだか久しぶりに眼を開けるようなそんな気がするのだが、それはあながち間違ってもいないのかもしれなかった。
薄目を開けただけなのに酷く眩しい。光がすごく痛くて、すぐにきつく目を閉じてしまった。
すると、足元から誰かの声が響いた。聞き覚えのある声だった。
「お……兄……ちゃん……」
目が開けられないので姿は見えないがその声の主は酷く驚いた様子で、パタパタと足音が響くと扉の開く音が聞こえる。部屋の外は広い廊下のような場所なのだろうか。
看護師を呼ぶ妹の声がよく響いたと思うと。おそらく俺は今、病院のベッドの上に居るのだろうなと、なんとなくだが理解できたのであった。
つづく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます