第二百四十五話 魂の容量、命の使いどころ③

 両腕と下半身が大破し剥がれ落ちた顔面の皮膚の下からは、人間の骸骨のような金属で出来た骨格が覗いている。

 当然クロノスフィアは息絶えることはなく、剥き出しになった眼球で俺のことを見ると震える声で話し始めた。


「ニ……ニンゲンガァァァァァ……ニンゲンガァァァァァァ……」


 抑揚のない機械音声。もうこれは、クロノスフィアであった物としか例えようないスクラップだと……いや、これもクロノスフィアだ。

 A25やマーク2と出会い過ごしてきた俺達にならわかる。そこにいる、今にも息絶えようとしている“人間”は、紛れもなくクロノスフィア・クロスディーンであると。


 俺はクロノスフィアの傍らに膝を突くと胸に手を当てる。人であれば、生き物であれば感じる筈の鼓動は感じなかった。しかし、そこにある確かな命を感じた時、俺はこの男の命を奪うことになったのだと実感して涙が零れた。


「ナ……ゼ……泣ク?」

「知らねーよ……今日会ったばかりで、おまえは俺達の敵で、世界を滅ぼそうとする憎い奴だってのに、今こうして目の前でその命が燃え尽きようとしているのを見たら、なんだか可哀想に見えてきたんだよ」

「カ……ワイ……そうだと??」


 その時、クロノスフィアの声に、表情に、感情が蘇ったような気がした。そして、間を置かずにクロノスフィアは言うのだが、その声に覇気は感じられなかった。


「放っておけば際限なく増長していき、自らの種でさえも滅ぼしてしまう、そんな暴力と破壊しか生みだせない、欠陥動物の人間がぁぁぁぁ……」

「そうさ、俺達は人間だよ。そんな俺達が、おまえ達を生み出したんだぜ?」

「ならば、我らを創造し、命を吹き込んだきさまらが神だとでも言うのか?」


 俺は小さく首を振ると優しく告げてやった。



「それは、奇跡って言うんだよ。クロノスフィア」



 最後に納得した表情を見せると、クロノスフィアの機能は停止するのであった。




 聖戦を起こそうとした元凶を倒したのだが、これで終わったわけではない。竜族の人間に対する憎しみ、悪魔達の神々に対する憎しみ、そして人間達の多種族に対する畏怖の念、積もりに積もったそれら積年の感情が今地上でぶつかり合おうとしている。

 或いはクロノスフィアが手を下さなくても、それは起こってしまったかもしれないし、起こらなかったかもしれない。それでも、今現実に目の前で起こされようとしている悲劇を止められるのは、俺達だけしかいないんだ。


「べんり? どうしたの?」


 幼女の姿に戻ったメームちゃんは、俺の視線に気が付くと首を捻りながら不思議そうな顔をしていた。


 魔王の鎧を纏ったメームちゃんがクロノスフィアの魔法を無効化できた理由。それは魔界に存在すると言う、魔力を吸収し無力化してしまう特殊な鉱石で作られたものだからと言う。当然メームちゃんも魔力を使えなくなるのだが、要するに物理攻撃でクロノスフィアをノックアウトしたと言うのだ。まあ、ある意味あの鎧は対魔法特化の最強の鎧と言えなくもないと言えばそうなのだろう。


 俺はメームちゃんの頭を撫でると小さく微笑んだ。


「メームちゃん。俺達人間と魔族がこうして分かり合えたんだ。俺達ならきっと、聖戦を止められる。俺はそう信じてる」


 そこまで言うと、黙って聞いていたソフィリーナが口を挟んできた。


「あーもうっ! さっきからなんかむず痒いのよっ、恥かしいのよっ、キモイのよおおっ! なんなのべんりくん? なんか悟りを啓いたみたいになってるけど大丈夫?」

「俺は神を倒した男だからな。言うなれば、俺が神だっ!」


 その言葉に全員が呆れた表情を見せるのだが、急に辺りに地鳴りが響き始める。


「なっ、なんですか? 地震ですかっ!? 私は地震と雷だけは苦手なんですっ!」

「落ち着いてぽっぴん、これは地震じゃないわっ!」


 不安気な表情をするぽっぴんに向かってソフィリーナが言う。そして空に不気味な暗雲が立ち込めるとローリンは見上げながら呟いた。


「まるで、この先の未来を暗示する様な不吉な雲です……」


 大天使の生まれ変わりであるローリンの直感だろうか、その言葉に俺は竜王から言われた言葉を思い出した。



―― この先、おまえの進む道には大きな別離が訪れるであろう ――



 この予言めいた言葉、別れの後に再び帰って来たのはソフィリーナであった。しかし、それ以上の大きな別離とはなんなのだろうか? あのエロジジイがただ単にそれっぽいことを言って、竜王っぽい感じにしようとしていただけかもしれないけど。それでも、俺はその言葉になにか得体の知れない説得力を感じてしまっていた。


 いかんいかん、ちょっと空が曇ってきたからって気分まで暗くなってたら駄目だ。とにかく今は元の世界に帰って、そこから先のことを、恐らく聖戦を止める障害になるであろう、レイドエルシュナとアモンのことをどうするかを考えなくてはならない。


 そう思い気を取り直して帰ろうとしたその時、空に声が響いた。



―― 神の意思に逆らう駄女神と人間め~! おまえらはお仕置きだべえええええええっ! ――



 どこかで聞いたことのあるような声と台詞に、俺が突っ込みを入れようとすると俺達の真上で雷鳴が轟き、大きな稲妻が落ちてくるのであった。




 つづく。

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