第二百四十一話 バッドウェディングトラップ②

「クロノスフィア……おまえが、クロノスフィア・クロスディーンか?」


 三段ほど高くなった祭壇の前に立つ男を睨みつけながら言うと、その男はニヤリと笑い答えた。


「神に対して随分と無礼な口の利き方だな。まあいいさ。あの時、君は気を失っていたから初めましてになるのかな? ベンリー・コン・ビニエンス君」


 そう言うとクロノスフィアは一歩前に踏み出し、俺達のことを見下ろした。その少し後ろでソフィリーナは悲しげな表情で俺のことを見つめている。回りには気味の悪い人形のような奴らが沢山いる。結婚式はどうなったんだ? ソフィリーナもいつも通りの恰好をしているし、一体どうなっているんだこれは?


「ソフィリーナ……なにやってんだよおまえっ! 馬鹿なことやってないでとっとと帰ってきやがれっ! 皆おまえのことを待ってるんだぞっ!」

「べんりくん……。どうして、どうして言う通りにしてくれなかったの?」

「言う通り? このまま何事もなく今まで通りの生活を送れってやつか?」


 俺が問いかけるとソフィリーナは返事をするでも頷くでもなく黙って俯いてしまった。そんな顔するくらいなら最初からそんなこと言わなければいいだろうが、本当に馬鹿な女神だぜこいつは。


「おまえは、俺達のことを騙していたことに引け目を感じて、それで俺達の元を去ったのか?」

「……」

「まただんまりかよ……。じゃあおまえはっ! たった一人でクロノスフィアの野望を阻止する為に俺達の前から姿を消したのかっ!」

「……」

「なんとか言えよっ!」


 俺が怒鳴り声をあげるとクロノスフィアがソフィリーナの前に立ち、俺の前に立ち塞がった。


「私の花嫁を怒鳴りつけるのはやめてくないかな? べんり君」

「てめえにそう言う風に呼ばれるのは虫唾が走る」

「だったらなんて呼べばいいのかな? 底辺バイトとでも呼ぼうか? はっはっはあっ!」


 クロノスフィアは大声で笑いながらソフィリーナの腰に手を回し抱き寄せると、ソフィリーナも抵抗をしなかった。そして、俺達のことを嘲笑うように再び話し始める。


「きみ達がこの神界にやって来ていることは最初から知っていたんだよ。当然だ。私はこの世界を統べる神だからね。女神達は上手くやったつもりだろうけど、私の目を、耳を誤魔化すことなんてできるわけがないんだよ」


 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら言うクロノスフィア。その腕のなかでソフィリーナは眉を顰めながらもなにもしない。


「この結婚式もきみ達を誘き寄せる為のものであったけれど、そうだな……。ソフィリーナを本当に私のものにしたら、君はどうするのかな? ベンリー・コン・ビニエンス」


そう言うとクロノスフィアはソフィリーナの顎に手を当て上を向かせると唇を重ねる。


「いやっ!」


ソフィリーナがクロノスフィアを押し退けると俺は飛びかかっていた。竜力転身による人の能力を遥かに凌駕した超常の力で、一瞬で間合いを詰めるとクロノスフィアに向かって拳を振り下ろす。

 しかし、俺の拳がクロノスフィアの顔面を捉える寸前、なにか目に見えない壁に遮られるように弾かれると、強い衝撃を全身に受けて俺は後方へと吹き飛んだ。


 それが合図であった。周りを取り囲んでいた人形達が一斉に攻撃を仕掛けてくる。ローリンとぽっぴんと獣王はそれに応戦するのであった。


「ふははははははっ! その自律兵器オートマタ達、WK503シリーズは、おまえらの持っているMM1000シリーズとは比べものにならないぞっ!」

「おまえ、A25やマーク2のことを知っているのか?」


 ゆっくりと立ち上がる俺はその言葉にクロノスフィアの、いや、この神界にいるソフィリーナ達女神や、他の神々達の正体をなんとなくだがわかったような気がした。

 そして、次にクロノスフィアが放った言葉でそれを確信する。


「当然だっ! ギアムも、マギナもっ、オートマタもっ! そしてこの世界もっ! 全て我々が生み出したものだっ! シンドラントは魔法と科学の叡智の結晶っ! 世界なんてものはいくら滅びようともっ! 何度でも蘇らせることができるのだあああははははははああっ!」


―― エクスっ! カリボオオオオオオオオオオンっ! ――


 ローリンの一撃がオートマタ達を吹き飛ばす。ローリンは剣の切っ先をクロノスフィアに向けるとその怒りをぶつける。


「ふざけないでくださいっ! いくらでも蘇らせることができる? それはあなたのエゴによって作り出される世界であり、私達の世界ではないっ! 私達が共に過ごし共に生きてきた時間を取り戻せるものではありませんっ!」


 さらにぽっぴんの獄炎魔法がオートマタ達を焼き尽くす。


「バーニングっ! ヘル・フレアアアアアアアアアアアっ! やいやいやい、てめえっ! もしてめえの話が本当だってんなら、私はてめえの先祖だああああっ! だからそんなことは絶対に許さねえっ! 人間が魔法と科学の力によって神になろうなんて、そんな傲慢を許すわけにはいかねえってんでいっ!」


 二人の切った啖呵を余裕の表情で受け止めるクロノスフィアは、目を細めながら笑いを堪えられないといった様子で答えた。


「ふふ……うふっ、ふっは、はははははあああっ! なんだそのギアムは? そんな旧式をカスタムしたところで、私に敵うとでも思ったのか? ふふふ、あははははは」


 嘲るように笑うのだが、直後クロノスフィアは真剣な表情になると重い口調になる。


「エゴだと? 傲慢だとっ!? 違うねえ、これは導きだよ。言ったはずだ、君達には信仰が必要だと、それが信仰わたしと言う存在だっ! そして、魔法と科学と言う福音によって、君達に正しい道を導き示すことが私の身に課せられた義務なのだよっ! わかるかね? 君達のような愚かな存在に、このわたしがあっ! 信仰と言う道標を照らしてやっているのだあああっ!」



 自分を神であると豪語するエゴの塊のようなこの男は、最早話し合いや説得が通じる相手ではないと俺達は知るのであった。



つづく。

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