第二百三十七話 ラブコメは突然に②

 口では反省していると言ってはいるものの、なんだか不貞腐れた態度の二人を前に俺は説教を続ける。


「いいですか? いくらなんでも生身の人間相手に刃物と魔法はいけません。もし俺が竜力転身を使えなかったらパワビタンのない今、確実に死んでましたよ?」


 まあ、女湯に侵入しようとした俺が言えたことではないが、こいつらの常識のなさは異常だ。竜の力で回復力を上げていなければ、俺はソフィリーナを迎えに行く前にこの世を去っていたことだろう。

 ちなみに獣王は木に吊るされて、女神達にサンドバックにされたままの状態で気を失っている。今こそ体内に溜めこんでいた魔力を解放して回復しないと、死んじゃうんじゃねあれ?

 そんなこんなで、説教はここまでで切り上げて今日は就寝することにした。



 次の日。



 目を覚まし伸びをしてベッドから抜け出すと、俺は眠い目を擦りながら洗面所へと向かった。なんだかもう何日も寝ていないような気がするけど、魔界に行ってから1日半くらいしか経ってないんだよね。


 歯を磨いてから顔を洗い、大広間に向かおうとした時、廊下の向こうから大声を出して何かが飛んでくる。


「たああああいへんですうううううっ! 女神さまあああああああっ!」


 あれは妖精のクツベラじゃないか。俺は飛んできたクツベラを手でキャッチすると、顔の前に持って来てなにが大変なのか質問した。


「なにが大変なんだよ?」

「ひっ! ひぃぃぃぃいいいいっ! まだ居たの人間っ!? 食べないでええええええっ!」


 だから食べねえって。そこへ、大騒ぎに気が付いた女神達が出てくると、クツベラは大声で叫ぶのであった。


「女神様っ! ソフィリーナ様がっ、ソフィリーナ様とクロノスフィア・クロスディーンが挙式をあげるって大騒ぎになってますううっ!」




 皆が広間に集まる間にクツベラは水を飲み一息吐く。そして全員揃ったところで詳しい内容の説明を始めるのであった。


「三日後の正午、クロノスフィアとソフィリーナ様は全能神様の前で夫婦になる誓いの儀式をあげると、これは確かな情報です。クロノスフィアの庭に住んでる従妹から聞いた話だから間違いありません」

「もちろん信用してるわよクツベラ。急いで報せに来てくれてありがとう」


 どうしましょうどうしましょうと慌てた様子のクツベラ。この妖精もなんだかんだ言いつつソフィリーナのことを心配していたんだな。

 クツベラの話を聞いた女神達は、これはもう強硬手段に出るしかないと、俺の肩にポンと手を置くと親指を立てて「ファイト」と言うのであった。


 三日後に行われる挙式の最中にソフィリーナを略奪しろと女神達はいっている。馬鹿だろこいつら。そんな、映画「卒業」、のような真似が出来るかと拒否するのだが、女神達はなにを今更怖気づいているのだと怒り出す。


「大体、人間がこの神界に来ていること自体がもう大問題なんだからねっ! 全能神様に知れたらそれこそ、世界を滅ぼされるくらいの神罰を受ける可能性があるのよっ!」

「だったらますますやばいんじゃないの? その全能神様の前で結婚式をあげるんだろ?」

「だからこそよっ! もう、ひっちゃかめっちゃかにしちゃって、花嫁を奪われるおまえが悪い。って言わせるくらいしか方法がないのよっ!」


 なんじゃそりゃ。行き当たりばったりにも程があるじゃねえかよ。人間に恥をかかされたって余計に怒るんじゃないのそれ?


「もうなんだったら目の前でプロポーズしちゃいなさいべんりくんっ!」

「はあ? 誰に?」

「ソフィに決まってんでしょうがあっ! チューしちゃいなさいチューっ!」

「いやいやいや、なに言ってんの? あんたらもソフィリーナに負けじ劣らず馬鹿なんじゃないの?」


 その瞬間、俺は女神の一人にはっ倒される。胸倉を掴まれて、人間風情が嘗めんじゃねえぞ? とメンチを切られて俺は震えあがるのであった。


「まったく。大体べんりくんあなた。もう既に一回ソフィリーナとキスしてんでしょ? 今更恥ずかしがる必要ないじゃない」

「は? 俺がいつソフィリーナとキスなんて……あ」


 そう言えばエスポワール号の中で、寝ているソフィリーナにパワビタンを飲ませる為に口移しで……。


 その時、俺は背後から物凄い殺気を感じた。恐る恐る振り返ると、絶望的な表情になり、ハイライトのない死んだ目で俺のことを見つめているローリンが、なにやら小さな声でブツブツと呟いていた。


「ソフィリーナさんともしたんですかソフィリーナさんともしたんですかソフィリーナさんともしたんですかソフィリーナさんともしたんですかソフィリーナさんともしたんですか……」


 怖いっ! やめろローリン、マジでなんか呪われそうだからやめろおおっ!


 ぽっぴんは我関せずと言った様子でその場から去ろうとするのだが、ローリンに手首をがっしりと掴まれて動けないのであった。


「お、おおお、落ち着けローリンっ! まずはエクスカリボーンから手を放せっ、な?」

「ワタシハオチツイテマスヨベンリサン」

「完全に動揺しているじゃないか! とにかくあれはキスなんて呼べるもんじゃない。緊急避難的なもので仕方なかったんだ」

「シタンデスネ? キス」

「だからしてねえって!」


 まずい、このままではローリンが発狂してしまう。なんとか落ち着かせなくてはと思うのだが、一人の女神の一言で全てが水の泡と化すのであった。


「ソフィったら、顔を真っ赤にして照れながら嬉しそうに話すもんだから。なんだかこっちまで恥ずかしくなっちゃったわよ」


 この、駄女神―ズがああああああああっ!




 つづく。

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