第百九十七話 ファントムメナス④

 震える身体を押さえつけるように俺は声を絞り出す。


「ろ、ローリン? おまえ、なにやってんだよ?」


 俺の問い掛けにローリンは何も答えない。ただ一点を見つめ俺達に向かって剣を突きつける。それがローリンの答えだ。シータさんと一緒、語る言葉は持たない、全てはこの剣で語ると、ローリンはそう言いたいのだ。


「ふざけろよ……。ローリンっ! シータさんっ! リリアルミールさんの首を獲るって、一体どういう意味だよ? 俺は知ってんだぞ? それは全部演技なんだろ? 今こうしている間も、どこかでおまえらのことを見張っている奴らがいるのか? 真実を話せない状態にあるんだろ? わかってるよっ! だったら俺が、俺が代わりに行ってやるっ! そいつらぶっ飛ばして、皆を助けてやる」


 俺が震える足で前に踏み出したその時、服の胸元が斜めに切り裂かれる。そしてその下の皮膚も。薄皮を斬られた胸に薄っすらと血が滲むと、ローリンは鋭い眼光で俺のことを睨み付けてようやく口を開いた。


「べんりくん、動かないでください。私は彼女達のように甘くはありませんよ。今度はその首を落とします」

「本気かよ?」


 俺はローリンの目を真正面から見つめるのだが、ローリンも俺の目をじっと見つめ返し引かなかった。


「そうはさせませんっ! ヴァージンエッセンシャルオイルっ!」


 そこへリサが、ローリンに向かって攻撃を仕掛ける。先ほど魔闘神の三人を吹き飛ばした一撃だが、ローリンがエクスカリボーンを一振りするとリサの技を押し返した。更に威力は衰えずリサを吹き飛ばす。空へと舞ったリサは頭から地面に落ちると悔しさを滲ませた。


「くっ……つ、強い。聖騎士ローリン、噂に違わぬ強さです。ですが、ここで諦めるわけにはいきません。私は魔王十二宮の第一宮を守護する魔闘神ですっ! 一番手を任されながら、敵を一人も倒せずにオメオメと後塵を拝するなどと、そんなわけには参りませんっ!」


 震える足で立ち上がると再び構えるリサ。それを睨みつけながらローリンはシータさん達に指示を出す。


「早く行ってくださいっ! こうしている間にも時間は刻一刻と迫っているのです!」


 シータさん達は頷くとリリアルミールさんの居る、魔王十二宮の最奥へ向かい走り出すのであった。


「べんりさん……」

「なんだよリサ?」

「べんりさん達には申し訳ありませんが、私は全力でローリンさんと戦います。それは命を奪ってしまうことになるかもしれません」


 リサはこれまで見せたことのないような、殺意を籠めた目でローリンのことを見据えている。同じようにローリンも殺気の籠った気配を放ち剣を構えた。


 くそ……二人ともどうかしてる。どうしてそんな相手の命を奪うような。そんな簡単に割り切ることができるんだよ? 俺達が今まで一緒に過ごしてきた時間は全てなかったことなのか? アイドルプロジェクトの時にあんなに一生懸命、一緒に練習して、汗を流して、涙を流して、笑いあったことは、あれは全部嘘だったのかよ。


 俺は悔しくて、情けなくて、ギリギリと歯を食い縛った。拳を力いっぱい握りしめ、このやるせない思いを、怒りを、どこにぶつければいいのかわからなかった。


 すると、リサの前にソフィリーナとぽっぴんが出てくる。そしてローリンの前に立ちはだかるように手を広げた。


「あなた達はあいつらを追いなさい」

「ソ、ソフィリーナ? それはどういう意味……」

「ローリンとはわたしとぽっぴんが戦うから。だから、あなた達はあいつらのしようとしていることを止めなさいっ!」


 俺達の方へは振り返らずにソフィリーナは語気を強めながら言う。ぽっぴんも同様にローリンのことを見据えながら杖を構えている。


「前から一度試してみたかったのよね。エクスカリボーンの一撃とわたしの防御魔法。どちらの方が上なのか」

「ふふふ……ソフィリーナさんもですか? 実は私もです。私の最大にして最強の攻撃魔法と、伝説の聖剣の一撃、どちらの方がより強力なのか。こんな機会でなければ試せません」


 不敵な笑みを浮かべながら言う二人。正気かこいつら? ローリンを相手に、本気で戦うつもりなのか?


「お、おい? やめろよ二人とも? そんな、ちょっと怪我するくらいじゃ済まないかもしれないんだぞ? おいっ! ソフィリーナ、てめえ聞いてるのかよっ!? ぽっぴんもローリンもっ! おめえら全員武器を下ろして俺の話を聞きやがれえええええええっ!」


 怒声を上げるのだが全員が呆れた声でハモった。



「「「「戦場いくさばでなにを悠長なことを」」」」



 なんなんだよこいつら? なんでそこだけ息ピッタリなんだよ? シ○フォギアかよっ!


「べんりくん。どんな理由があるのかはわからないけれど、ローリンが剣で語ると言うのであれば、わたしはそれを全身全霊で受け止めるわ。その上で、彼女を止めるのか、協力するのか、それとも傍観するのか決めるっ! それがわたしのやり方よっ!」

「右に同じくですっ! 話し合いだけで解決しようなんて、お花畑全開なパッパラパーな頭になっちゃったんですかべんりさんっ!? 相手が物理言語で来ると言うのなら、それを力で捻じ伏せてから話し合えばいいんですっ!」


 啖呵を切る二人の顔は、どこか笑っているようにも見えた。そしてローリンもそれにつられるように……。


 くそったれがぁ。どいつもこいつも、どうしてうちの女子達はこう、好戦的で脳筋なやつらばかりなんだ。


 俺はリサの手を取ると三人に向かって言う。



「やりすぎんなよおまえらっ! 喧嘩して大怪我しましたなんて、労災きかねえからなあっ!」



 後方から必殺技のぶつかり合う音が聞こえてくる。俺は振り返らずリサの手を強く引くと、シータさん達の後を追うのであった。




 つづく。

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