第百九十四話 ファントムメナス①

 獣王は酔い潰れて寝てしまった。直前にリバースしやがった所為で店内は大参事、もらい事故ゲロを起こしたソフィリーナのも撒き散らされて、一足先に俺の店に神々の黄昏ラグナロクがやってきた状態だ。

 そして買い出しから戻ってきたA25とマーク2が清掃を終えると、汚物と一緒に獣王をゴミ捨て場へと放り出すのであった。



「なるほど……聖魔大戦ですか……」



 神妙な面持ちで呟くA25。こいつならば何か知っているのではないかと聞いてみたのだが、A25はあまり乗り気ではない様子で説明を始める。


「人も魔族も神々でさえも、全てが滅び去ると言われている戦いです。それは様々な神話や聖書なんかでも語られてきた。とても恐ろしく、悲しい物語」


 そう言って目を伏せるA25。もしかしたら、シンドラントと共に世界が滅亡したと言う戦争も……。


 それ以上はなにも聞く気にはなれなかった。A25とマーク2は家事に戻り、ソフィリーナは奥でガーガーと鼾をかいている。そう言えばルゥルゥはまたいつの間にか姿を消してしまっていた。


 なんだか気分が滅入ってしまうようなことばかりで暗い雰囲気になっちゃったな。こんな日はとっとと店仕舞いにして地上の飲み屋にでも顔を出して、馴染みの冒険者達とバカ騒ぎでもしようと思い、俺は外へ出て片付けを始めるのであった。


 看板やのぼりを店内に入れて、外のゴミ箱の袋を交換しようとすると、背後に誰かの気配を感じる。ぽっぴんが戻ってきたのかと思い俺は振り返った。


「おかえり。今日は早かったじゃないか……。あれ? あ、すんません。人違いでした」


 黒いボロボロの布切れを頭からすっぽりと被った大男が二人。まあ顔が見えないので性別はわからないのだが、体格から言って男だろう。そいつらはなにも言わずに俺の後ろに立ち尽くしている。


「あのぉ。すんませんけど今日は閉店なんでまた明日来て……」


 その時、俺はなにか嫌な予感を感じてその場に伏せた。直後、俺の後方、店の窓ガラスが砕け散る。俺は頭を押さえながら恐る恐る顔を上げると男が拳を突きだしていた。


 拳圧だけでガラスを粉々にしたのか……。なんて厨二臭いことをする奴なんだこいつ。


 いや、ふざけている場合ではない。こいつは敵だっ! なんだかわからないが今俺は、何者かに襲われている。慌てて起き上がると店の中に駆け込もうとするのだが、腹に凄まじい衝撃を受けて俺は数メートル飛ぶと地面を転がった。


「げほっ! げほっ! おぇぇ……」


 痛い、苦しい。呼吸が詰まる。胃液に混じって血の味がする。吐血しているのか? え? やばくね? 口の中を切ったんじゃなくて、腹を蹴られて吐血ってやばくね。


 涙で視界が滲み相手の姿はよく見えないのだが、黒い塊がゆっくりと俺の元へ近づいているのがわかった。


 やばい、マジで死ぬ。殺される。


 男が拳を振り上げた瞬間、俺は死を覚悟……いや……。


「死ねるかああああああっ!」


 渾身の力を振り絞り俺は男の腰目がけてタックルをかました。これが火事場の馬鹿力だとでも言うのだろうか? 自分でも驚くくらいの力で相手をそのまま持ち上げるとコンビニの自動ドア目がけて突っ込む。

 けたたましい破壊音が店内に鳴り響くと、それに気が付いたマーク2が奥のキッチンから飛び出してきた。状況をすぐに察したマーク2は俺と取っ組み合いになっている男の手首を掴みあげると、身体を振り上げて地面に叩きつけた。

 普通の人間であればこの一撃で伸びてしまうはずだが、男は声も上げずにすぐに飛び起きると後方へと飛び退る。


「べんりさん。何者ですか?」

「わ、わかんねえ……げほっ、げほっ……ちっきしょう、腹がいてえ」


 再び咳き込むと口から血が流れる。途端に俺は眩暈がしてその場に膝を突くと、一緒に飛び出して来ていたA25が抱え上げてくれた。そしてすぐにパワビタンを飲ませてくれた。


「べんりさんは下がっていてください。この者達からは生気を感じません。いえ、それどころか、なにか気味の悪い気配を感じます」


 マーク2が緊張した面持ちで男達を見据え顔の前で拳を握る。男達も同様にボクサーのような構えを見せると、お互いの隙を窺うように緊張が走った。かと思ったその時。



「ばっくれっつ♪ ばっくれっつ♪ 撃っちたいな~♪ た~まには城を吹き飛ばした~い♪ って……な、なんじゃこりゃあああああっ!!」



 頭の悪い歌を口ずさみながら帰って来たぽっぴんが、コンビニの惨状を見て外で大声を上げている。

 それに気が付いた男の一人が一瞬の隙をついて外へと飛び出していった。それと同時にもう一人の男も動きだした為マーク2が応戦する。


「まずいっ! ぽっぴんのことを狙うつもりだっ!」


 マーク2はもう一人の男と交戦しているため動けない。仕方がないので俺はA25に頼むことにした。


「頼むA25。すぐに止めるんだっ!」

「わかりましたっ! ぽっぴんさんは私が守りますっ!」

「違うっ! あいつに地下で魔法を撃たせるんじゃねえっ!」


 しかし遅かった。俺がそう叫ぶのと同時、ぽっぴんの怒声が外から聞こえてくる。


「むむっ! なにやつ!? 痴漢ですか? そのボロボロの布切れを剥いで自分自身を解き放つつもりかああああっ死ねやこの女の敵があっ! サンライトっ! コロナバーストぉぉぉぉおおおおっ!」



 ぽっぴんが魔法を放つと大爆発が起こるのであった。



 つづく。

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