第百九十三話 神話の時代より続く聖戦の序曲④

「俺には、よく目をかけてやっていた後輩がいたわん」


 ワンカップの日本酒を煽りながら涙目で獣王は話し始める。それに付き合ってやっているのはソフィリーナであった。こいつは獣王の金でタダ酒を飲みたいだけだろうが。


「うんうん。それでそれで?」

「この間おまえら、ドラゴンと戦ったんだろう?」


 獣王は恨めし気な目で俺の方を見てくる。なんで俺のことを睨むんだよ。なにも知らせずに置いてけぼりにしたのはビゲイニアだろうが、まったくもって逆恨みもいいところだぜ。俺は憤慨するのだが、ソフィリーナは困った表情を浮かべながらも犬の愚痴を聞いてやっている。


「戦ったけど、それがどうしたの?」

「また、俺だけが何も知らされていなかったわん。メイムノーム様までそんな危険な場所にいたのに、俺は……心底情けないわんっ!」

「獣王……。悲しいけれどそれが現実よ。ビゲイニア達は、あなたがあの戦いにはついてこられないと考えたの。それは、あなたのことを気遣ってだけではないわ。足手纏いのあなたが居ることによって、他の皆が危険に晒されてしまうかもしれない。そう思って下した決断なのよ」


 厳しい物言いかもしれないが仕方がない。それでも、これまでの戦いでメームちゃんの一番傍に居て、その身を挺して守って来た獣王としてはやはりプライドを傷つけられたのかもしれない。

 ソフィリーナは涙を流す獣王の背中を優しく擦ってやると、空いた瓶に焼酎を注いでやる。


「でもね獣王……。それがなんだって言うのよ。だったら見返してやればいいじゃないっ! あなたのことを侮ってる奴らにあなたの力をっ! 実力を見せつけてやりなさいよっ! これから幾らでもそんなチャンスはあるわっ!」


 珍しくちゃんと励ましてやっているソフィリーナ。獣王と共に涙を流しながら、おつまみのイカをくっちゃっくっちゃと食っている。

 しかし、そんなソフィリーナの励ましにも獣王は俯き、覇気のない声を漏らす。


「……その後輩は、知っていたんだわん」

「え? なにが?」


 そういや最初に目をかけてやっていた後輩がどうとか言ってたな? それって……まさか?


「その後輩は魔闘神達が全員、十二宮を空にしてまで地下に降り、ドラゴンと戦いに行ったことを知っていたんだわん……」


 絞り出すような声で言う獣王のことを、俺は最早直視することはできなかった。ソフィリーナも目を逸らし缶ビールに口をつける。


「へ、へぇ~。まあそいつも、ウェアウルフであるあなたの後輩だったから、その……重要な情報を知らされて……」

「そいつは……スライムだわん」


 その言葉に俺達は絶句する。もう聞いていられなかった。仮にも魔界四貴死の一人である獣王・ウェアウルフのワールフでさえ知らされていなかった情報を、おそらくモンスターの中でも最弱に分類されるであろうスライムにすら知らされていたのに。


「だ、だだだ、だからそれは、貴重な戦力である獣王の力をこんなところで失いたくないと言う」


 もうやめろソフィリーナ、それ以上は傷口を広げるだけだ。やめてやれぇぇぇぇ。


 獣王は注がれた焼酎をいっき飲みすると遠い目をしながら言う。


「昨日、あいつと飲みに行った時のあの、俺のことを見下すような目が忘れられないわん。あいつ俺になんて言ったと思う?」



『あれぇ~? ワールフさん知らなかったんすかぁ? ちょーヤバかったんすよマジでぇ。魔闘神さん達全員出張っちゃうしぃ? その間の12宮の防衛? スライム達に無茶振りされてぇ? マジテンパったっすよぉ。あ、お姉さん、生追加ねっ!』



 うわああああああああああああああああっ! やべえ、マジでやばいやつだそれえっ! そいつ、その後輩スライム、絶対にもうお前のことを先輩だなんて思ってねえ。ていうか完全に下に見てるぞそれええっ!


 どうもニュアンス的に、獣王以外のダンジョンに居たモンスター全員に知らされていたっぽい感じがする。獣王こいつはマジで除け者にされているのだろう。マジで可哀そうになってきた。


「この不思議ダンジョンに太古の神竜が現れたことと、北から侵攻してきている軍隊。これらがなんの関係もないことだとでも思っているのかわん?」


 唐突に真面目なトーンで話し始める獣王。1週間前に現れたドラゴンと、北方の山を越えてきている人間と魔族とモンスターの混成軍隊。この二つに何か関係があると言っている。一体どういうことだ?


「人と魔族が手を組み、モンスターを率いてやってくるなんてありえないと思わないかわん?」

「どういうことだよ獣王? なにか知ってるのか?」


 嫌な予感がして俺もいつしか話しに混じっていた。それっきり黙り込んでしまう獣王であったが、切り出したのはソフィリーナであった。


「まさか……。聖……戦……?」


 その単語を口にするとソフィリーナは固まってしまう。ついさっきまでいい感じに酔ってきて上気していた頬は色を失い。完全に酔いも醒め、顔面蒼白になっていた。

 そんなソフィリーナを見つめながら獣王は傾けていたグラスの手を止める。そしてゆっくり口を離すと俺達の目をじっと見つめながら口を開くのであった。



「魔族と人間、そして竜族と神族を巻き込んだ。神話の時代より語り継がれる、大聖魔大戦が始まってしまうかもしれないんだわん」




 つづく。

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