第百六十七話 アンドロイドは電気あん摩でナニをするのか?③

 コンビニを飛び出して行ったマーク2であったがその日の内に帰ってきた。

 ロボットである自分が名前を欲しがるなどとおこがましいことであった。そう言って無表情のまま家事を始めると、その後は完全に俺のことを無視。黙々と掃除や洗濯をしている。

 これは完全に拗ねている。しかもめんどくさいやつ。


「マ……マーク2さん?」

「なんでしょうかご主人様。メイドロボであるMM1000マーク2の私になんなりとお命じください。お望みであれば床をお供にしてもかまいません」


 こいつ……マジでめんどくせえな。え? 家政婦ロボってそういう機能も付いてるの?やべえな。それはまあ置いておいて。しょうがない、ここは一つ煽ててやって機嫌を取ることにしてみるか。


「いつも炊事洗濯掃除をしてもらってありがとう。おかげで助かってるよ」

「それが名もない私の存在意義ですから。それ以外に名もない私の存在意義なんてありませんから」

「そ、そそそ、そんなことないぞ? おまえが居てくれるおかげで助かってるのは事実だし、皆感謝してるんだぜ?」

「へー、そうなんですか。体を表す名もない私が、皆様のお役に立っていると」


 ブチっ!


「あああああっ! 名前名前ってしつけえなおめえもっ! だったら今命名してやる。おまえの名前は、しつこい“しつ子”だっ!」

「むぅぅぅぅぅううううっ! しつこいってなんですかあっ! そんな名前嫌ですっ! もっと可愛らしい名前がいいですっ!」


 頬をぷくーっと膨らませながら涙目で言うマーク2。なんでそこまで名前に拘るんだよ。ずっとマーク2って呼ばれてたんだからもうそれが名前でいいじゃねえか。逆に今更違う呼び方されるほうが違和感あるんじゃねえの?


「可愛らしいってなんだよ? じゃあおまえ基準の可愛い名前ってのを言ってみろよ」

「え? わ、私が言うのですか?」

「そうだよ。おまえがそう言うからには、可愛らしいと思っている名前があるんだろ?」


 すると暫く考え込むマーク2。そして何かを思い出したかのように手を、ぽんっと打つと自信満々に答えた。


「ぴんくろーたー」


 はい無理です。おまえの可愛い基準と俺の基準はかけ離れすぎていて無理です。諦めてください。そのセンスで他人に命名する勇気は俺にはない。て言うかあだ名でも無理、一歩間違えればセクハラになりかねないやつじゃんそれ。


 その後もマーク2は「うーんうーん」と悩みながら、ピンクな単語を言い続けるのであった。



 それから1週間、歩くエロ辞典みたいな感じになってしまったマーク2。見た目は可愛いメイドロボが、卑猥な言葉を言いながら店内を練り歩いているのが噂になり、連日店は男達で賑わっている。


「マ、マーク2ちゃん。この豚野郎ぉって言ってブヒィ」

「キモいんだよこの豚野郎」

「ぶ、ぶひぃぃぃぃぃぃいいいいいいいっ!」


 なんか変なのが混じってるな。いい加減こんな状態が続いているのは教育上よろしくない。うちの従業員には未成年もいるし、メームちゃんにはとても見せられない。俺はマーク2目的で店にやってきているキモオタどもを追い出すことにした。


「わ、我々はお客様であるぞっ!」

「うるせえな。そういうことはエッチなことしてくれるお店に行ってやれ。うめえ棒一本買ったごときで性欲を満たそうなんて図々しいんだよ」

「ちっ、こんなサービスの悪い店こっちから願い下げでござるよっ!」


 野獣どもを追い出すと、少し早いが今日は店仕舞いすることにした。

 マーク2と二人、片付けをしながら俺は話しかける。


「おまえも、あんな奴らの言う事をいちいち聞いてやる必要ないんだぞ?」

「私はロボットです。人間の要望を聞くために作られたのだから当然の行動をしているだけです」


 俺の方へは向かずにそう返事をしながら片付けを続けるマーク2。


「そうは言っても、おまえには感情もあるし人間と変わらないだろう? 嫌なことは嫌だって言う権利はおまえにだってある」


 マーク2はなにも答えない。なんだか気まずい空気が流れ出すのだが、ぽつりぽつりとマーク2が話しだした。


「わかっています。私のこの感情がなんなのかもわかっています。べんりさんが約束を守ってくれなかったことに対して、腹を立てていつまでも拗ねているだけなのだと理解しているのです」

「マーク2……」

「本当は名前なんてどうでもいいのかもしれません。ただ私は、私が私であると、MM1000シリーズなどと一括りにされるのではなく。私だけの名前で呼んで貰いたかっただけなんですっ!」


 仕舞いには泣き出してしまうマーク2。その姿は本当にもう人間の女の子としか思えなかった。

 ぽろぽろと大粒の涙を流し、それを手で拭いながら子供の様に泣きじゃくるマーク2は、人間よりも人間らしい、感情豊かな女の子そのものであった。


「マーク2……ごめん。ちゃんと考えるから、おまえの名前ちゃんと考えてみるから、もう少し待ってくれないか?」

「本当ですか? 本当にちゃんと私に名前をくれるのですか?」


 俺はマーク2に近寄ると、頭をわしわしと撫でてやって笑顔で答える。


「おまえにぴったりの、とっておきの愛い名前を考えてやる」



 その言葉にマーク2も涙を流しながら笑った。




 つづく。

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