第百五十六話 一人ぼっちはさみしいものだから②

 未来を見て生きる。


 自分の出自を知らないぽっぴんにとっては、わかりようのない過去の事にとらわれず、今と言う時間を生きて積み重ねた未来を見据えて生きて行こうという意思の表れなのかもしれない。


 ティアラちゃんは徐に立ち上がると歩き出し遠くを見つめて呟いた。


「だからとて……今更そんな生き方は私にはできない」

「なにを言うのですか、どんなことにも遅すぎることなんてないのです。思い立ったが吉日、いつやるの? 今でしょ!」


 相変わらず本気なのかふざけているのかよくわからないぽっぴんの説得に、ティアラちゃんは口元に笑みを浮かべると困ったような表情で非情な事実を俺達に告げた。


「それでもやはり遅すぎた。もう少し早くおまえ達に会っていれば、おまえの言う私の未来も少しはマシなものになっていたのかもしれないな」

「どういうことですか?」


 するとティアラちゃんはローブの右腕の部分を捲り俺達に見せてくる。皮膚が爛れ赤黒く変色していた。そこから表面には罅が入り所々崩れている部分もある。おそらくこの仮の肉体の限界がきているのだろう。


「ティアラちゃん、早く下にあった身体のスペアに」

「もう無駄だよ。肉体のスペアはいくらでも作り出すことはできるが、魂自体はそうはいかない。元々、復讐を遂げると決めた私には未来などなかったのだ。復讐の果てにあるものは魂の消滅……もう、パパの顔もママの名前も思い出せない……私は……私はこの世界でたった一人、何者かもわからないまま、ただ消え」

「一人ではありません。私達がいます。プリヌピアプリム、私達があなたのことを知っています」


 虚ろな目をしたまま話し続けるティアラちゃんであったが、ぽっぴんがゆっくりと抱きしめた。



「あぁ。アリアパルプリム、お姉ちゃんは間違っていたのね。……ごめんなさい」



 そう言いぽっぴんの事を抱きしめると、力なく腕が垂れた。そしてそのままティアラちゃんの魂が長い旅路を終えると一陣の風が吹く、それはまるで遠い過去から迎えに来たかのように、崩れ去り灰となった身体が空を舞い、ティアラちゃんの魂を天へと連れて行くのであった。


「う……ひっ……ひっく……べんりさん……魔法や科学とはなんなのでしょうか? 私は科学的な思考を行えば、復讐なんていう馬鹿げた道を選ぶなんてことは絶対にありえないと思っていました。しかし、彼女にとっては魔法や科学が復讐を成し遂げる手段となりました。あれでは……あれではまるで呪いと一緒です」


 肩を震わせ泣きながら言うぽっぴん。悲しんでいるのか怒っているのか、その両方か、どちらにしろぽっぴんにとっては辛い出来事だったと思う。それでも、魔法や科学が呪いかと言われたらそれは違うと思う。


「それは、使う人次第だよぽっぴん。ティアラちゃんは使い道を間違ってしまったかもしれないけれど、別の道を歩んでいればもっと違った人生があったかもしれない」

「そんなの……そんなのは悲しすぎます。だったら私は魔法や科学は万能であるべきだと思います。たとえ自然の摂理を曲げることになったとしても、そうあるべきだと思いますっ!」

「そうだな。そうなればいいよな。でもさ、ティアラちゃんは最後に笑ってたよ。おまえの腕の中で最期を迎えることができて、ようやく解放されたのかもしれないな」


 頭を撫でながら笑いかけてやると、ぽっぴんは俺の胸の中に飛び込み大声を上げて泣くのであった。




 ティアラちゃんが消滅するとメームちゃんの拘束も解かれた。まだ気を失っているようなのだが、すーすーと寝息を立てているので大丈夫そうだ。メームちゃんをおんぶしてやると、俺はすぐに次にやらなくてはならないことに取り掛かる。


「時の歯車を探さないと、ぽっぴんはここで休んでいるか?」


 ぽっぴんは俺の服の裾を掴みながらぷるぷると顔を横に振る。なにを甘えているのかまったく、いつまでもしょげているようであれば温厚な俺ちゃんでもさすがに怒っちゃうよ?


「もう平気なのか?」

「大丈夫です。私も行きます」

「だったらいつまでも鼻水垂らしてないでシャキっとしろよ」

「なぁうっ!? 垂らしてませんよっ! なにを言ってるんですかっ、むぅぅぅ」


 言いながら袖で鼻を拭くぽっぴん。後でそこカリカリになるぞ。


 さて、と言うわけだから、まずは下に降りてソフィリーナ達と合流しないとな。獣王は無事だろうか? 今回あいつが一番酷い目に合っているようなきもするけれどそれも日頃の行いの所為だろう、俺だって足を怪我しているわけだし……足を、そういや足痛い。


「いったああああああいっ! 痛いっ、足痛い、足いてええええええっ!」


 なんだか落ち着いて来たら急にまた足が痛み始めた。よくよく考えれば魔法で肉を抉られたんだぞ、こんなの超痛いに決まってんじゃん。無理、絶対にもう無理歩けない、これから時の歯車を探して回るのなんて無理だよぉ。


「ぽっぴん、俺はもう歩けません。足が痛くて無理なので今日は一回家に帰って、予備のパワビタン飲んでからまた明日来ませんか?」

「なに甘えたこと言ってるんですかっ! あんな危険な物、早く回収しないと駄目ですよっ!」

「えぇぇぇぇぇ、だって俺大怪我してんだよ? ちょっとは労わってよぉ」

「あぁぁぁもうっ! べんりさんかっこ悪いですっ! どうしていつも最後はしまらないのですかあっ!」




―― ブーブーブー ――


 突如要塞内に鳴り響くサイレン。


―― エクスティンクション。エクスティンクション。絶滅要塞は再起動しました。これよりデストロイモードに移行します。全てを破壊し絶滅させるまでもう止まらないので、皆諦めてね ――



 つづく。

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