第百三十九話 止まる命と動き出す狂気②

 この場にいる誰もが黙り込み鎮痛な面持ちをしていた。

 獣王の亡骸を前に、皆の気分も沈み込み重い空気が流れる。


「憎めない奴だったよな……」

「ええ……馬鹿だったけど、乗り物としては使える奴だったわ」


 俺の言葉に頷きながら答えるソフィリーナ、この悲劇的な状況にユカリスティーネは困惑した様子で黙っている。ぽっぴんは、己の出自に少なからず責任を感じ落ち込んでいた。


「いやいやいや、死んでねえから」


 いいから、おまえは黙って死んどけよマジで。そのほうが盛り上がるだろ?


「おいっ! 心の声漏れてるからなっ! マジ不謹慎だからやめるわんっ! いてててて」


 どうやら声に出してしまっていたようだ。そんな俺の心の声に突っ込みを入れると傷が痛むのか顔を歪める獣王。

 腹を剣で貫かれたのにも関わらず、どうやら急所は外れていたらしく獣王は一命は取り留めていたのだ。とは言っても重傷であることには変わりない、このまま放っておいたら危険なことは間違いないので早く治療を施してやりたいところだ。


「犬なんだから地面に溜まってたパワビタン舐めればよかったんじゃないの?」


 ソフィリーナの言葉に、「確かに」と全員が手を打つのだが時既に遅し。俺達は今、別の場所に居るのだ。

 ティアラちゃんがメームちゃんと一緒に消えた直後、迫りくる落石を吹き飛ばす為にぽっぴんが魔法を使うと、その衝撃で丘が崩れた。

 俺達は土砂に巻き込まれながらも、ソフィリーナの能力でなんとか難を逃れる。その際、黒ずくめの女達を引きつける為にローリンは一人戦闘を続け俺達とは離れ離れになってしまった。正直今は犬の事よりローリンの方が心配である。


「ここはおそらく、古代遺跡の地下空間だと思われます」


 ずっと黙り込んでいたぽっぴんが手を翳すと、壁面に刻まれていた無数の記号のようなものが輝きだした。

 どうやら魔力を流し込むと反応する仕掛けになっているらしい。間を置いて大きな音を立てながら石壁が左右に分かれると広い空間が現れた。

 床も天井も壁も、大理石のような真っ白ですべすべの石でできた部屋。その奥へ行くとぽっぴんはまた手を翳す。すると壁からブロックのような石が伸びてきてちょうど大人が一人入れるくらいの空洞があいていた。


「獣王さんをこの中に寝かせてください。これは生命維持装置のような役割を果たしているので、この中で安静にしていれば楽になると思います」

「ずいぶんと詳しいんだな」


 俺が訝しむように聞くと、ぽっぴんは困ったような表情になり笑った。


「当然です。私が使っていた物と同じですから」





 獣王を中に入れてぽっぴんが脇にあるコンソール部分で設定を済ませると、ブロック状のベッドは再び壁の中へ引っ込んで行った。

 少し心配になるも、ぽっぴんが言うのだから大丈夫なのだろう。すべてが終わって迎えに来た時に息絶えていないことだけ祈っておこう。


 とりあえず俺達はほっと息を吐く、その間にぽっぴんが昔のことを色々と話してくれた。

 自分には10年前からの記憶しかないこと、とは言ってもぽっぴんはまだ14歳だ。3~4歳の頃の記憶なんてそんなに残ってはいないだろうと思うのだが、ぽっぴんは付け加える。“この世界”での記憶は10年くらいしかないのだと。

 一番古い記憶はオーウェンさんに手を引かれてマーサさんの家に行った時の思い出。

 そこでマーサさんが淹れてくれた蜂蜜入りの甘い紅茶が美味しくて、とても安心したのだと言う。

 それからはずっとこの村で育ってきたぽっぴん。同年代の子はほとんどおらず、学校もないので勉強などは村長や周りの大人達に教わって来たと言うのだが、時折遺跡の中に入っては壁面に刻まれている文字を読んでいたらしい。そういう時は不思議と心が安らいだと言うのだ。


 そして、いつからかぽっぴんは見知らぬ世界の風景を夢に見るようになったと言う。

 そこでは、この世界ではとても想像もできないような技術の物が街中に溢れかえっており、見たこともないような世界が広がっていると言うのだ。

 見たこともないと言ったが、どこか既視感がある。ぽっぴんは夢から覚めてもその道具の名称や使い方なんかを鮮明に覚えていたらしい。

 夢は単体ではなく、どうも時系列で繋がっていることに気が付く。そして時が進むにつれてそれは悪夢へと変わっていった。


 街中が炎に包まれて周りからは飛び交う人々の怒号と阿鼻叫喚の渦。上空を見上げると巨大な翼を広げた悪魔が死を振り撒いていた。

 そんな中をぽっぴんは自分よりも少し年上の誰かに手を引かれながら必死に、なにかから逃げるように走っていると言うのだ。


「そこから先の夢は見ていません。このところその夢もめっきり見なくなりました。あの夢が一体なにを意味しているのか、それをあのちびっ子ならわかるのでしょうか?」


 ぽっぴんは壁にもたれかかり膝を抱えながら俯いて言った。


 いや……いやいやいや。それ、ティアラちゃんじゃなくてもたぶんわかる。それ、遠い昔の記憶。おまえがたぶんあの石の中でコールドスリープかなんかする前に起こった悲劇の記憶じゃねえの? ティアラちゃんの言っていたことといい、おまえのその夢の中の話といい、そんだけヒントを貰えば誰だって予想できるわ。


 ということは、ティアラちゃんの言っていた家族って……。



―― ピポパポ、プピポプテピピック ――



 なんだかちょっとやばい機械音が突然後方から響き、俺達が驚いて振り向くと。そこにはなんともレトロなSF風のロボット。そう、ゴミ箱にタイヤが付いたみたいな。R2Dもにょもにょ、みたいなのが居るのであった。



「オカエリナサイマセゴシュジンサマ。オフロニシマスカ? ゴハンニシマスカ? ソレトモソフトオンデマンドシマスカ?」




 つづく。

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