第百三十六話 ロストギアムとロストマギナ②
黒髪の少女は妖艶な笑みを浮かべると振り返り両手を広げる。そして眼下に広がる景色とそこに紛れる古代遺跡群を愛でるように手を揺らす。
「ここが、私とあなたの故郷よポッピヌプリム。懐かしいでしょ?」
「馬鹿馬鹿しい。一千万年も昔の建造物が、今もこんな姿で残っているわけがないじゃないですか」
「その通りよポッピヌプリム。一千万年経っても朽ち果てずその美しさを残したまま、シンドラントの技術だからこそ成しえたものよ」
表情は見えないがティアラちゃんの声色からは狂気が滲み出ている。そんな風に、ここに居る誰もが感じただろう。
それを見て、横に居たユカリスティーネが小声で俺に話しかけてきた。
「べんりさん。まさかあの女の子が?」
「そうだ。あの子が時の歯車を持ち去って、時間操作を繰り返している犯人だ」
俺の答えに「あんな子が……」と呟くユカリスティーネはそのまま黙り、事の成り行きを見守る様子であった。
一体ティアラちゃんの目的はなんなのか? 俺はそれを問い質そうとするのだが、先に口を開いたのはぽっぴんであった。
「ちびっこ。おまえの目的は一体なんなのですか? なぜ私にここへ来るようにと言ったのですか?」
その問いにティアラちゃんは振り返ると、俺達はその表情に呆気にとられた。
「おかえりポッピヌプリム。お腹すいたでしょ? 今日はお友達も一緒なの?」
屈託のないその笑顔に俺達はわけがわからず固まってしまった。
にこにこと笑いながら「お夕飯の準備が大変だわ。ママの分まで私がしっかりしないと」と、意味不明なことを言いながらふらふらと歩き出そうとするティアラちゃんを、黒ずくめの女が肩を掴んで止めると、抑揚のない声で「マスター」とだけ言った。
するとまるでティアラちゃんは憑き物が取れたかのように動かなくなり、無表情のまま固まるのだが俺達の方へゆっくりと向き直ると再び喋りだす。
「船上でのおもてなしは楽しんで頂けたかしら?」
そう言うと、先ほどの少女の笑みとは違い、毒を含んだ花のような赤い笑みを口元に浮かべるティアラちゃん。もう支離滅裂である。
「なんなのあの子? 気持ち悪いわね」
ソフィリーナがそう零すのは無理もない。はっきり言って異常である。誰の目から見てもティアラちゃんは正常な状態で話をしているようには見えなかった。
答えは聞かずに話を続けるティアラちゃん。
「まああれはあなた達の旅にちょっとしたスパイスをと思ってね。あの程度で簡単にやられるような相手とも思っていなかったし」
「そうかな? あんな逃げ場のない船上で仕掛けてきたのだ。他に目的があったと我は考えるのだがな」
こちらも挑発する様な笑みを浮かべて言い放つメームちゃん。他に目的があった? どういうことだろう?
しかしティアラちゃんはメームちゃんの問い掛けには答えない。
「聖騎士ローリン。あなたが手にしているその剣、レギンス皇家に代々伝わると言う伝説の聖剣エクスカリボーン。なぜそれを、皇族でもないあなたが扱えるのかしら?」
「また唐突に話を振ってきましたね……それは私にも姫殿下にもわからないことです。それがなにか?」
「ん~ん、いいのよいいのよ。だってそれはシンドラントが作り出した
またも告げられる衝撃の告白。ローリンは信じられないと言う表情をして驚いているが、俺はティアラちゃんの言葉が腑に落ちてしまっていた。
エクスカリボーンがシンドラントの魔法科学技術で作られた武器だと言うのなら、あの無茶苦茶な威力も説明がつくのではないかと、そう思ってしまっている。
「そして、魔王の娘メイムノーム。おまえの使うその魔法と、他の追随を許さない強大な魔力。その源はなんだと思う?」
「ほぉ? 我もシンドラントと関係があると言うのか?」
「薄々はわかっていたのでしょう? なぜ魔族が他の種族よりも魔法を扱うのに優れ、自然の摂理を無視するかの様に長命なのか? 考えたことはない? 私達はそれを、
「それ以上言うんじゃねえっ!」
気が付くと俺はティアラちゃんの言葉を遮るように叫んでいた。なんだかメームちゃんのことを侮辱されるているような、そんな気持ちになりこれ以上は我慢ができなかった。
獣王も項垂れて黙り込んでいる。魔族が、魔族の皆がそんな、信じられるわけがなかった。
俺の怒声にティアラちゃんはぽかーんとした後に困った様な表情になる。
「おにいちゃんだぁれ?」
まただ。からかっているのか? それとも俺達のことを翻弄してなにかしようとしているのか?
しかしティアラちゃんのその反応のおかしさに、いち早く気が付いたのはユカリスティーネであった。
「記憶の混濁……おそらく時間操作を繰り返した影響で精神に異常をきたしているように見受けられます。となればこれ以上、あの子との会話にはなんの意味もありませんよ」
険しい顔をして言うユカリスティーネ。時の歯車を使った時間旅行が危険だと言うのはどうやら本当らしい。そうまでして時間操作を繰り返して、ティアラちゃんは一体なにをしようとしているのか?
視点の定まらない目をしながら、へらへらと気味の悪い笑みを浮かべるティアラちゃんが黒ずくめの女に指示を出すと、女は背負っていた大振りのバスターソードを手にして構えた。
それを見てローリンとメームちゃんも応戦態勢に入る。
「ロストギアムとロストマギナ、二つのオリジナルデータを元にこのMM1000はチューンナップを施してあるわ。そしておまえらとの戦いで目的成就まで更に近づくっ! さあっ、抗って見せろ異物達よっ!」
異物達。ティアラちゃんは確かにそう言った。その言葉の意味することはただ一つ。
ティアラちゃんは、俺達が異世界からやってきたことを知っていたのだ。
つづく。
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