第百十八話 超古代からの使者? 時空を超えた侵略者の巻④
午前七時。目覚まし時計を止めると俺は眠い目を擦りながら布団を畳みバックヤードへと持って行く。相変わらずソフィリーナはまだ寝ているのだが、まあまだ開店まで余裕もあるし寝かしといてやろう。最近はぽっぴんが物質転移装置の開発にかかりきりってこともあり、店の手伝いも前よりはしてくれるようになったしな。
あれから三日間、ぽっぴんはコンビニの栄養ドリンクを駆使して、体力の回復をしながら寝ずの番を続けていた。俺の部屋を再現する時もそうであったが、ぽっぴんは何か物作りに集中しだすと周りが見えなくなるらしい、それほどまでなにかに没頭できるというのも才能の一つなんだろうな、と俺が感心していると。
「べんりさん……」
「うみょおふっ! なんだ? ぽっぴんかよ」
突然背後から耳元で話しかけられたので変な声あげちゃったよ。
振り返るとゲッソリとやせ細ったぽっぴんがふらふらと俺の背後に立っていた。
「だ、大丈夫かよおまえ?」
「ぷ……プリンを頂いても……よろしいでしょうか?」
こいつ……またプリン断ちしてたのか。
俺がプリンを持って来てやると、目の色を変えて貪り食うぽっぴん。中身がなくなっても容器をベロベロと舐め回している。
「べんりさん、ついに」
「ついに完成したんだな?」
ぽっぴんが告げるよりも先に、俺はその言葉を口にした。一瞬呆けたような表情になるぽっぴんであったが、口元にニヤリと笑みを浮かべると俺の目を見つめながら頷く、そしてすぐに皆を集めるように俺に言うと、ぽっぴんは二個目のプリンを手にするのであった。
さっきのは俺の奢りだけど、それは有料だからな。
「なんなのよもーこんな朝っぱらからぁ」
ぐずぐずと文句を言いながら出てくるソフィリーナ。こいつを起こすのに三十分も時間を無駄にしてしまった。その間にローリンとメームちゃん、そして獣王も店にやってきていた。
「ぽっぴんちゃん。完成したんですね、お疲れ様」
「はいローリンさん。なんとか、形にすることはできました」
コンビニの外にはまるで蛹のような三つのポッドが置かれていて、地面には様々なケーブルが這い、敷き詰められていた。
皆がそれを興味津々に見ているのだが、なんだかちょっと不気味な外見に誰も近づいてはいかない。かく言う俺も、やはり気味が悪いので触れてみようとも思わないのだが。
「皆さん。大変長らくお待たせいたしました。それではこれから、この物質転移装置『あっちこっちすていしょん』を使った初実験を行いたいと思います」
「は? そのネーミングはともかく、初実験って? まだ実際に使ったことないのかよ?」
俺の問い掛けにぽっぴんはこくんと頷くと、「さあ、それではー」と言いながら準備を始めるのだが。
「おいおいおいおい。ちょっと待ていっ! 大丈夫なのかよ? 完成したって言うからてっきりもう何度も成功してんのかと思ったのに」
「そう何度も使えるほど燃料がないのでしょうがないじゃないですか。大丈夫です。理論上は問題ないので安心してください」
安心できるかあああああっ! こんな危険なもん、そんなほぼぶっつけ本番みたいな状態で使うつもりなのかよこいつ、頭いいけどこいつ馬鹿だろマジでっ!
「いいから早くやってみせてよ。ここからあっちに移動できるんでしょ? そう言えばべんりくん。ぽっぴんがあんなに頑張ってるんだからな、人体実験の第一号は俺が身体を張るぜ……。とか言ってたわよね? ほら、出番よっ! がんばってね」
「え? いやちょっと待って、実際にやってみるとなったらなんかちょっとまだ心の準備が、ちょっとソフィリーナさんやめて押さないでええええええっ!」
俺がビビッて涙目になり装置の中に押し込まれそうになるのを抵抗していると、ぽっぴんがそれを止めた。
「いいえ、最初は私自身の身体で確かめたいと思います」
「いやいや、そんなのやっぱり危険だよ。一度はなにか食べ物とか生き物以外で試した方がいいって」
俺は慎重になるように促すのだが、ぽっぴんは小さく首を横に振ると大真面目な目で俺達のことを見据える。
「これは科学者であれば誰もが持っている矜持のようなものです。自分の理論を信じているからこそ、絶対に失敗はありえないと。だからこそ、最初の体験者は自分でありたいのですっ!」
もう自分の生体データはインプットされているからと、そう言い残してぽっぴんはポッドの中に入り覗き窓からスイッチを押すようにジェスチャーをした。
俺はそのぽっぴんの決意を無駄にすることはできないと躊躇いながらもスイッチを押すのだが、直後ぽっぴんが足元を見て固まっている。そして急にダラダラと汗を流し始めて慌てだす。
なんだ? なにがあったんだ? なにか異常事態か?
事態を把握できずに全員が固唾を飲んで見守っているのだが、ぽっぴんが屈んで身体を起こすとその手には、一匹の子猫が抱えられていた。
「ば……ばかやろおおおおおおおおおっ! おいっ! 停止ボタンは? 緊急停止ボタンはどこだっ!? だから言わんこっちゃないんだ。このままだと猫と人間のハイブリッド生物が誕生しちまうぞおおおおおっ!」
ポッドの中で涙を流しながら何かを叫んでいるぽっぴん。全員が慌てて装置を止めようとするのだが止め方がわからない。
「い、いっそのことこのケーブルを切断するとか、或いは装置自体を壊してしまうと言うのはどうでしょうか?」
「いやローリン。それは余りにも危険すぎる、なにが起こるかわからないっ!」
そうこうしている内にゴォンゴォンと装置が唸りを上げて覗き窓から眩い閃光が発せられると、ぽっぴんが入っていなかった方のもう一つのポッドから落雷のような音が響き渡った。
全員が動きを止めてそのポッドを凝視している。暫くすると、プシューと言う音を立てて自動的に扉が開いた。
中から霧の様な蒸気が出てくると、ゆらりと蠢く影。
移動したのか? 本当にこっちからあっちへ、ぽっぴんは移動したのか? 猫と一緒に。
ゴクリと喉がなる。
ええい、鬼が出ようが蛇が出ようがこっちには最強のローリンとメームちゃんがいるんだっ!
俺は覚悟を決めるとポッドの中を覗き込むのだが、そこには予想もしない姿の者が居た。
「ぽ、ぽっぴん?」
「え? べ、べんりさん? もしかして成功したのかにゃ?」
にゃ?
確かにそこに居たのはぽっぴんであるのだが、それはこれまでのぽっぴんではなかった。
頭から猫耳が生えて、お尻からは尻尾が生えている。
今ここに、猫耳美少女賢者が誕生したのであった。
つづく。
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