第九十一話 バック・トゥ・ザ・コンビニバイトPART2⑤

 今はとにかく、アルオデリオの奴から聞き出した五つの煙袋、これの回収が先だ。手下達が戻ってきていたことを考えると恐らくは自動で発火する仕組み。だとすれば狙うのは客席が埋まり場内が暗くなってからだ。開演まであと十五分、急ぐしかない。

 他の奴らに手伝って貰おうかとも考えたがそれはやめておいた。余計なパニックを起こさないようにってのもあるけれど、これでもし中止なんてことになってしまったら、あいつらのこの一ヶ月の努力が無駄になっちまう。観客のことを考えれば全部話して避難して貰った方がいいのはわかっている。

 それでも……それでも俺はあいつらにステージに立って欲しい。だから、これは俺の我儘だっ! 俺の我儘に皆を巻き込んじまうけれど、絶対に解決してみせるっ!


 その前にちょっと保険は打っておこう。




 楽屋に転がり込むと全員が茫然として俺を見つめていた。


「ど……どうしたのだべんり? さっき出て行ったのに、なにをそんな慌てて……」


 オルデリミーナの問い掛けには答えずに、俺はソフィリーナに駆け寄ると肩を掴んで迫った。


「ソフィリーナっ! おまえに頼みがあるっ!」



 こんなものを何に使うのかとソフィリーナに問い詰められたが、時間がないからと説得する、俺の必死の形相にソフィリーナは渋々了承してくれた。それを他の全員はぽかーんとしながら見ていた。


「後で説明するからっ! とにかく、皆はステージに集中してくれっ!」


 そう言い残すと俺は楽屋を飛び出すのであった。



 残りはあと十分、まずは煙袋を回収だ。俺はアルオデリオから聞き出した場所を駆け回る。

 男子トイレの用具入れ、ステージ下の目につかない階段裏、屋根裏部屋に、女子更衣室、俺は回収した四つの煙袋を防火水槽に放り込んだ。そして最後は観客席の下だっ!


 て……どこだよぼけえええええっ!


 迂闊だった。観客席とは言ってもこのホールは約五百人近く入る。まずいぞ、一つ一つ椅子の下を探している暇なんかない、それにもう観客達が入り始めている。


 おお! 結構埋まってるじゃねえか、魔族だけじゃなくて人間も入ってるようだし。こんな嬉しい光景はねえぜ、っと感動している場合じゃなかった。くっそがぁ、どうする、どうすればいい。


 迷っていると場内にアナウンスが流れ始める。ちなみに当然スピーカーやマイクなんてもんはないけど、拡声の魔法を応用したものでスピーカーから流れているみたいに大音量で聞こえるぞ。


『本日は、アイドルグループ、まぁぶるちょこっと。の公演に足をお運びいただき誠にありがとうございます』


 アナウンスが流れ始めるとザワザワとしていた観客達は黙り込み聞き入っているのだが、なんだか落ち着きなくソワソワしている様子。皆きっとこのステージを楽しみにしてくれていたのだろう。



『リリアルミールです』

『めーむ』

『リ、リリアルミール殿、それでは誰だかわからないのでは?』

『あら? ごめんなさい、オルデリミーナさん』

『めーむから、かいえんまえのおねがい』

『メ、メーム殿も勝手に進めないでくれえっ!』



 うむ、よくできているぞ三人とも。アニメ系イベントでありがちな、演者による開演前アナウンスがよく再現できているではないか。と、また感心している場合ではない。すっかり俺も観客気分で聞き入ってしまったではないか、なんなんだろうな、このライブ開始前のワクワク感って、マジでドキドキが止まらないですよねっ!


 そうこうしている内に照明が落ちて、遂にライブが始まってしまった。


 しまったあああああああ! やばいやばいやばい、始まっちゃったよおおお!


 くそお、どうする、どうすればいい。考えろ、考えろ俺ええええ。どこだ? どこに置くのが一番効果的だ? 真ん中の席か? そうだ、きっとそうだ、真ん中に置いた方がまんべんなく会場に煙が広がりそうだもんな!


 色鮮やかな照明がステージ上で煌めき始めると、(ちなみにこれも発光の魔法を応用したもので電気による照明ではない)ズンズンと音楽が流れ始める。それに合わせて客達も、ペンライト……ではなく発光石で作った光る棒を振って「オイっ! オイっ!」とか声を揃えて盛り上がり始めた。


 そして、爆発音と共にステージの後方から真っ白な光が照射されると浮かび上がる九つの影っ!


 その瞬間、観客席のボルテージはMAXとなった。そこら中から飛び交う声援、自分の推しのメンバーの名前を叫びながら奇声を上げる輩達。


 うわぁ……豚小屋とはよく言ったもんだなぁ……。客観的に見てるとこれは痛いわぁ。


 冷静に客席を眺めていると最前列の端の方、一人だけなにも持たずに静かに座っている奴がいる。ライブの楽しみ方なんて人それぞれではあるが、頭から足の先まで全身を覆うようにスッポリと黒いローブを被っていて見るからに怪しい。


 まさかあいつ!?


 そう思った直後、その怪しい客は立ち上がりステージ上になにかを投げ込んだ。その瞬間、投げ込まれた物が小さく発光するのが見えた。



 俺は先ほどソフィリーナから受け取ったスターサンドの砂時計を、ズボンのポケットから取り出し蓋を開けると、その蓋の裏に付いている針に親指を刺して血を垂らした。そして砂時計をひっくり返した瞬間、その場に居る俺以外の時間が全て停止する。


 一分間、砂時計の砂が落ち切るまでの一分間があれば十分だ。



 そして……。



 駆け付けたアニキと獣王の手によってアルオデリオを捕えると、ライブは無事終わり、大成功を収めるのであった。




 つづく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る