第七十四話 嵐の前の打ち上げパーティー
どうしてこうなった?
外は荒れ狂う嵐……いや、外だけではない。この別荘も床上浸水で一階部分は完全に水没し上昇した海水が二階まで迫ろうとしていた。
天井を叩く水の音は雨ではない、高波が建物にまで届き屋根を揺らしているのだ。
「おいおいおいおいっ! オルデリミーナぁ、迎えは? て言うか助けは来ないのかあああっ!?」
「馬鹿かきさまはっ! この嵐の中、船を出せるわけがあるまいっ! 仮に救助が向かっていたとしてもここに辿り着く前に海の藻屑だ!」
仰る通りでございます。ございますけれども、この調子じゃあこの別荘もいつ高波に飲まれて、或いは暴風雨で倒壊するかもわからない。
台風列島日本で育った俺でもこんな暴風雨に見舞われた経験はないのでマジで結構怖いんですけどおおお!
「とにかく、今は祈ろう」
「は? 祈ってなんとかなるわけないでしょう?」
「ほんとうにきさまは学がないなっ! いいか? 雷神様と風神様のお怒りがこの嵐を巻き起こしているのだ。さあ、皆で天に向かってお祈りするのだっ! 神よ鎮まりたまへええええっ!」
オルデリミーナの一声で、俺とソフィリーナとローリン以外の全員が、床に膝を突き手を突き天に向かって懇願し始める。怒りを治めて嵐を静めてくれと。
あぁぁぁぁぁぁ……駄目だぁ。この人達ものすごく非科学的だぁ。この嵐も、神や精霊が巻き起こしていると思ってやがる。
祈祷を続ける連中を見ながら俺はげんなりするのであった。
時は前日の夕方へと遡る。
合宿最終日。スケジュールの全てを終えると俺達はビーチで打ち上げパーティーを行った。
「はいそれでは皆様、厳しい特訓お疲れ様でした」
俺の挨拶に、『おつかれさまでしたー』と皆が声を揃えて返事をする。
この地獄の夏合宿を共に乗り越えてきたメンバー達の間には明らかにこれまでとは違う、友情の様なものが芽生え始めていた。
実力が伴わず肩身の狭い思いをしていた騎士団組、やはり人間達とは距離を置いていた魔族組、やりたい放題のコンビニ組と本当にこいつらを纏め上げるのは苦労したが、それでも今となってはとてもやりがいのあったプロジェクトだったと思う。
いや、まだ終わっていない。舞歌祭、その本番のステージを迎えるまで、まだまだやることは沢山ある。このエンパイアーアイドルプロジェクトはまだ走り出したばかりなんだ。
とまあ、そんな風に気を張り続けていても息が詰まってしまうので、合宿最終日の夜くらいは羽目を外して遊ぼうではないか。
「はいっ! と言うわけで、これからバーベキュー大会と花火大会を行いたいと思います。今回は全部俺の驕りなので、感謝しながら食するようにっ!」
その言葉に「ひょーっ! 流石プロデューサーっ!」「べんりP最高―っ!」と浮かれ気分で大騒ぎを始めるメンバー達であった。
そして、乾杯をすると皆思い思いに宴を楽しみ始める。
「どうしたのエミール急にあらたまって?」
「いえ、その……今回は本当にありがとうございましたっ! 私、ソフィリーナさんには今回の合宿で色んなことを教わりました。ソフィリーナさんのおかげで私は人並みに成長できたと思います」
「私はなにもしてないわよ。もしあなたが今回の合宿で成長できたと思うのであれば、それはあなた自身が努力したからに他ならないわ。だからその努力を誇りなさいエミール、あなたはもう立派なアイドルマスターよ」
「ソフィリーナさん……う……うえぇぇぇん」
ソフィリーナの言葉に感動し涙を流すエミール。
騙されるなよ、そいつもう既に出来上がってるからな。乾杯の前に一人で始めてたから酒と自分に酔いまくってる状態だからな。
「べ、べべべ、べんり! どうだ? ちゃんと飲んでいるか?」
オルデリミーナがビール瓶を持ってやってくると俺にお酌しようとする。
「あ、すいませんねなんか。皇女殿下にお酌してもらえるなんて光栄です」
「オ……」
「お?」
「オルデリミーナでいい」
「え? なにが?」
「だからっ! 皇女殿下では呼び辛いだろうからっ! オルデリミーナでいいと言っているのだっ! それとその言葉使いも、皆に接するように……その、私にも接してほしい」
いやぁ、それもじゅうぶん呼び辛いんだけどなぁ。と思いつつも、まあ本人がそう呼べと言うのだから仕方ない。
「わかったよオルデリミーナ。ありがとう」
そう言うとオルデリミーナは真っ赤になりその場で恥ずかしそうに縮こまるのであった。
次にやってきたのはメームちゃん。俺の元に駆け寄ってくると例のあれをせがんでくる。
「べんり。はなびやりたいっ! はやくっ!」
「おおっ! そうだな。やるかっ、花火っ!」
大量に発注しておいた花火を広げると皆が寄ってきて、それぞれ気に入った手持ち花火に火を点けると、ビーチは色とりどりの光に照らされた。
俺が打ち上げ花火を上げると大空に咲く大輪の華、それを見たローリンが叫ぶ。
「たーまやーっ!」
「む!? それはなんですかローリンさん?」
「うふふ、私が前に居た国では花火が上がるとこうやって大きな声で言うんですよ」
「それは随分と奇怪な風習ですね」
ぽっぴんが怪訝顔をするとまた花火が上がる。
「かーぎや~っ!」
「むむっ!? さっきと違うではないですかっ!」
「えー、そうですか?」
笑顔でとぼけるローリンにますます怪訝顔をするぽっぴんであったが、自分も花火を打ち上げてやろうと魔法をぶっ放そうとしたのでとりあえず頭を引っぱたいて止めてやった。
そしてちょっと離れた所で子供たちがはしゃぐのを見ているリリアルミールさんとシータさん、俺は二人の元に飲み物を持って近づいて行く。
「もぉ~、シータちゃんはそんなだからいつまで経ってもお嫁にいけないのよ」
「そ、そうは仰られてもリリアルミール様、私はその……」
「シータちゃんはかわいいんだからもっと殿方に対して積極的にならないと、例えばこんな風に」
リリアルミールさんが隣で聞き耳を立てていた俺に抱きついてきて、その豊満なバストを体に押し付けてきた。
「ちょっ! ちょちょちょっ! 急になんですかっ!?」
「あら? フィアンセに急に抱きついたら駄目ですか?」
悪戯な口調で問いかけるリリアルミールさん。するとなにを張り合っているのかシータさんまでもが俺に抱きついてくる。
「シ、シータさん? どうしたんですか急に?」
「べんりさんは……本当は誰の事が好きなのですか?」
真顔で変なことを聞いてくるシータさんに返事をできないでいると、リリアルミールさんがますます体を押し付けてくる。
「もちろん、わたしですよね? べんりさん」
「い、いや……それは」
「べんりさん? やっぱり、女の子じゃないと駄目ですか?」
「いや、ダメではないですけど、二人とも酔っぱらってるんですかっ?」
美女二人に挟まれて童貞の俺には刺激が強すぎると思っていると、背後からとてつもない殺気を感じた。
「べええええええんんんんんりいいいいいいいいいいっ!」
その声に振り返ると鬼の形相で大人メームちゃんがエネルギー弾を精製していた。
あ、死ぬわこれ。俺達三人はそのエネルギー弾に飲み込まれるのであった。
そんなこんなで今回の合宿は大団円を迎えるのであった。ん? リサ? 知らねえな、なんかずっとハァハァ言いながらメームちゃんを追い回してたよ。
その夜、嵐が別荘を襲った。
つづく。
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