第七十三話 そして、地獄の夏合宿が始まるのです

 燦々と照り付ける日差しがジリジリと肌を焼く。水平線に浮かぶ巨大な入道雲は異世界であっても変わらない夏の景色だ。


 オルデリミーナの計らいで用意された離島のプライベートビーチへ降り立つと、当初の目的も忘れ皆はしゃいで駆け出すのであった。


「まったく皆おこちゃまだな。メームちゃんはちゃんとサンダルを履こうね、足の裏を火傷しちゃうからね」

「うん。わかった。べんりやさしい」


 当然だ。メームちゃんのかわいらしい足が火傷なんてしようものなら大変だからな。

 熱せられた砂浜は超危険だと言う事をあいつらは知らないのだろうか、飛び出してすぐに皆ビーチで地団太を踏み悲鳴を上げながら海の中へと飛び込んでいた。

 そんな姿を笑いながら見ていると背後からどんよりと重い空気が流れてくる。その陰鬱な気配に俺が振り返るとそこにはソフィリーナが立っていた。


「う、うぅぅぅぅ……妬ましい、妬ましいわぁぁぁぁ。私も海ではしゃぎたいのに、足がこんなじゃなければぁぁぁ、うぁぁぁん」


 松葉杖を突き泣きながらぽっぴんに支えられて、ヨロヨロと歩くソフィリーナの右足首には包帯が巻かれていた。


「いい加減諦めろよ、自業自得だろ。酔っぱらってバク転なんかするからそういうことになるんだよ」


 昨夜、豪華客船の中で親睦会が開かれた際に調子にのったソフィリーナは、ベロンベロンに酔った状態で宴会場のステージの上からバク宙で飛び降りて見事着地に失敗、右足首を捻って重傷、たぶんあれ折れてると思うよ。変な方向に足首曲がってたし。


「うぅぅぅ、せめて波打ち際まで連れてってぇぇぇ」


 涙を流しながらぽっぴんと一緒に砂浜に下りて行くのだが、ソフィリーナはなにかに足を取られてズッコケる。


 いや……俺は見ていたぞ、確かに見た。ぽっぴんが、ソフィリーナの松葉杖に足をかけるのを……。


「いたたた。ちょっとぽっぴん気をつけてよっ! スーパーエースであるこの私の怪我が長引いたらどうするのよっ! もうほんとにグズね、早く手を貸しなさいっ!」


 そう言ってぽっぴんを顎で使うソフィリーナであるが、それを無視するぽっぴん。


「ぽ、ぽっぴん?」

「ふふ……なんですか? 聞こえませんね姐さ……いえ、ソフィリ~ナぁ?」

「な? ぽっぴんあんた……私に刃向うのっ!? いいから早く起こしなさいよっ!」

「無様ですねソフィリーナ。これまでは歌もダンスも並み以上にこなす存在で目の上のタンコブでしたけど、足がそうなってしまっては翼を捥がれた白鳥も同然。これからはダンスでは一枚上手だった私の天下ですっ! あんたはそうやって地面を這いつくばっているのがお似合いなのよおおおおっ! ふはははははああああっ!」


 そう言うと猛ダッシュで砂浜に駆け出すぽっぴんであった。

 ソフィリーナは一人では立ち上がることもできずに地面を這いながら恨み言を叫んでいた。


 て言うか……パワビタン飲めばいいだろ……。


「あれは、なんなんですか?」


 それを呆れ顔で見ていたローリンが俺に尋ねてくる。


「あぁ、あれはあいつらなりのアイドル像だと思う。よく見とけよローリン、悪ふざけに見えるだろうがあいつらのあれは全力の悪ふざけだ。あいつらの演技力に高得点を付けたのはそれに所以するところもある」

「な……なるほど。つまり、姫殿下やエミールさんに対する陰湿な陰口なんかもその延長線上だと?」

「ま……まあな……」


 いや、たぶんあれは本心だと思うけどそういうことにしておこう。


 するとソフィリーナの元に近づいて行く人影が、それはエミールであった。

 エミールはオズオズと手を差し出すとソフィリーナに向かって微笑む。


「大丈夫ですか? ソフィリーナさん」

「あ……あんた……なによ? どうせあんたもこんな私を笑いにきたんでしょ。今までの仕返しに来たんでしょっ!?」


 ソフィリーナは顔を背けてエミールの手を取ろうとはしない。しかし、エミールはソフィリーナの元へ膝を突くと真剣な眼差しを向けて言う。


「そうですね……確かに私はあなたのしてきたこれまでの仕打ちを許せません……でも、あなたの歌や踊りに対する姿勢は認めています。私にはできないことを簡単にやってのけてしまうあなたのことを私は尊敬しているんです。だから……」

「だからなによ? 同情なんてごめんよっ! 余計惨めになるだけだわっ!」

「違いますっ! だからそんな姿は見せないでくださいっ! あなたはいつでも傲慢であって、それでいて誰をも魅了する憧れアイドルでいてほしいんですっ! 立てっ! ソフィリーナっ! 私を失望させるなあっ!」

「エ……エミール……あんた……」


 ソフィリーナが顔を伏せると小さな滴が零れたような気がした。

 そしてソフィリーナはスカートの中から小瓶を取り出すとそれを飲み干す。みるみる内に怪我は回復して立ち上がると膝を突くエミールを見下ろしながら言い放った。


「ふんっ、あんたに言われるまでもないわよっ! いい? 私はスーパーエースなのよ。だからあんたはそんな私の背中を一番近くで追い続けなさい! ついてこれなかったら許さないからねっ!」

「は……はいっ! ソフィリーナさんっ!」


 そう言って二人砂浜へと駆け出すのであった。




「はいはーい、じゃあ茶番はそこまでー」


 俺はパンパンと手を叩きながら皆の注目を集める。


「えー、茶番ってなによー。今ので感動しないとかあんたマジで不感症なんじゃないの?」


 おまえじゃなければもっと感動したと思うよ。と言うツッコミは置いといて。

 俺達はここにバカンスをしにきたわけではないのだ。ちゃんと締める所は締めないと無駄な時間だけを過ごしてこの合宿は終わってしまう。


「とにかく、ちゃんと自由時間とかバーベキューとか花火とかは用意してあるから、この三日間、店を閉めてきた分はきっちり練習するようにっ!」


 そういうのは先に言わないでサプライズとして出せよっ! と皆に突っ込まれるのだが、おまえらの性格的に目の前に人参をぶら下げておかないとちゃんとやらないと思った俺なりの作戦だからな。



 と言うわけで、強化合宿の一日目が始まるのであった。



 つづく。

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